185:ギャルの事情を打ち明けた

 家に帰って、ゆっくりとシャワーを浴びる。星架さんから移り香でもらったフレグランスの匂いも消えて行く。今日は参った。あれだけ露出のある服で、あんなにくっつかれたら、いかに草食系の僕でも、本能が呼び起こされてしまうのも無理からぬこと。流石に明日以降は落ち着いてくれる……よね?

 

 そして僕と彼女の進展の他にも、もう一つ懸案事項が増えた。誠秀さんと麗華さん。

 正直、娘のカレシっていう立場でどこまで踏み込んで良いのか、踏み込むべきなのか……判断がつかない。


 言い方は悪いけど、所詮は他人。そう思われてる可能性もある。麗華さんの方は日頃の付き合いもあるし、今回の件で更に信頼を得たという感触はある。勿論そんな下心あっての行動ではなかったけど。

 だけど誠秀さんの方は、一度顔を合わせたのみ。しかもあの時はまだ僕と星架さんは交際してもいなかった。


「ふう」


 洗い終えた髪をグシャグシャとタオルで拭いて、風呂場の鏡を見た。冴えない顔をしてる。まあ元々キリっとしてる事の方が少ないんだけどさ。


 星架さんの出した、結婚記念日に沢見川のマンションに誠秀さんを呼ぶという案。勿論そこに反対はない。だけど、誘って「は~い」と簡単に来てくれるなら、多分まず別居状態になってないと思うんだ。


 でも同時に、確かに星架さんの言うように、芽はある。本当にどうでも良い相手だったら、わざわざ電話までしないハズだから。


 脱衣所に出て、体も拭き終わると、シャツとスウェット半ズボンを着る。

 ……病院にもこの格好で行ったから、途中から恥ずかしくて仕方なかったんだよね。髪についてた寝癖は、待ってる間に星架さんが櫛で梳かしてくれたけど。


 リビングに入ると、父さんと母さんが隣り合って座り、テレビを見ていた。僕と星架さんみたいに、ベッタリくっつき合ってるワケじゃないんだけど、絶妙な距離感でいる。近くに相手の体温があるのが当たり前、というか。腿の外側同士はくっついてるのかな、くらいの。


「あ、もう出たの? お父さん、先入る?」


 そう言いながら、もう夫の背中を押し始める母さん。9時からサスペンスが始まるから、それまでに放り込んでおきたいんだろう。そんなぞんざいな扱いなのに、二人の信頼や愛情は全く揺らがない。何かあれば身を挺してでも互いを守るんだろう、と子供の僕から見てもそう信じられる。


「ん? 康生?」


 僕がぼんやり二人を見ているのに気付いた母さんが、どうした? と目で訊ねてくる。

 どう……しよう。現在進行形で上手くいっている夫婦のモデルケースみたいな二人。きっと、いや、間違いなく聞けば有益なアドバイスをくれる。


 けど、いくらカレシだからって、勝手によその家庭の事情(しかも凄くデリケートだ)をペラペラ喋るのは……

 あ、そっか。勝手じゃなければ良いんだよね。何かする時は二人で話し合うようにしようって、付き合う時にも言われてたじゃんか。


 僕は、不思議そうな顔をする両親を残し、自室に戻って星架さんに電話。考えを話すと、


「それアリだね。こんなに近くに模範があったんだから、むしろもっと早く気付くべきだったわ」


 と言ってくれた。一瞬、洞口さんや重井さんのご両親はどうなんだろう、と疑問に思ったけど。いやそれこそ、他人の僕が詮索すべきことじゃないなと思い直す。


「話してみますね」


「うん。アタシにも後で聞かせてね」


「はい、勿論です」


 短いけど、それで通話を終えて。すぐさま1階に取って返す。父さんはお風呂に行ったらしく、リビングには母さん一人だけだった。


「どうしたの? お茶?」


「ううん、ちょっと相談したいことがあって」


 チラッとテレビに視線をやると、ちょうどサスペンスが始まる所だった。開幕、おっさんが背後から刺されてる……


「ああ、これ? 明日、見逃し配信で観るから良いよ」


 母さんは言葉通り、テレビを消してしまった。僕の相談が割と深刻なことをすぐに見抜いたみたい。そんなに顔に出てたかな、と自分で頬を触ってしまう。


「ふふ。分かるよ、そりゃ。親だもの」


 見抜かれて不思議に思ってることまで、更に見抜かれたらしい。本当に敵わないな。


「…………実はさ、星架さんのご両親、上手くいってないんだ」


 そうして、僕は若干の後ろめたさを感じながらも、恋人のご家庭事情を話した。もちろん、僕自身が又聞きなんだから、仔細は分からないから要点だけ、って感じだけど。


 母さんはその間、ずっと口を挟まずに聞いてくれていた。

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