184:陰キャがVIP待遇だった

 <星架サイド>



 ソファーに座ってママの料理の完成を待つ。アタシだって今回の件、本当に康生には感謝してるし、お礼の料理を手伝いたかったのに。ママが一人でやると言って聞かないもんだからさ。


「もうすぐだから、待っててね」


「あ、はい。ありがとうございます」


 座ったままペコリと頭を下げる康生。アタシはチラッとその足の間に視線を投げてしまう。


 もうおさまってる。男の子の生理には詳しくないけど、割とすぐに小さくなってしまうモンなんだね。


 さっきは気持ちが爆発してしまって、また子供みたいな甘え方しちゃったけど、その途中で気付いてしまったんだ。康生の、その、あれが勃っちゃってるって。


 そしたら怖さとか尻込みとか全くなくて、むしろ押せ押せになっちゃった。もうあれは本能かな。大好きな男の子と結ばれる為に、羞恥心(つまり理性)を抑えつけてしまう。生殖本能って凄いんだね。


 ただ、その波が鎮まると、途端に理性の揺り戻しが起こるみたいで。つまりどういうことかと言うと。


「……」


「……」


 死ぬほど恥ずかしい。そして気まずい。

 多分だけど、康生もアタシが冷静になったのに気付いてる。けどそこに触れるのも憚られるから、黙ってしまうんだ。


 もうこれさ、康生が悪いよ。とっくに落としてる女を更にメロメロにさせといて、手を出してこないんだもん。てか最悪、なんでアタシが幼児退行するレベルまで骨抜きになってたかすら、分かってないんじゃねえか、これ。


 僕は出来ることをしただけですから、とか思ってそう。ほんで、エッチについては、またムードとかタイミングとか考えすぎてそう。いや、それは嬉しいけどさ。アタシの方が待てなくなって襲い掛かりそうなんだよな。


「よし、出来た。星架、持って行ってちょうだい」


 と、気まずい空気を払拭するママの明るい声。アタシが立ち上がると、康生も一緒に腰を上げた。


「ダメダメ、康生くんは座ってて」


「え? でも悪いですよ」


 ああ、やっぱこの子、わかってないな。自分がどれだけママとアタシに感謝されてるか。

 アタシは康生の前に回って、そっと肩を押して座り直させる。


 そしてそのままキッチンへ。出来上がった料理を乗せた皿を順繰りにテキパキ運んでいく。康生も流石に諦めたらしく、大人しくソファーに座ったまま、運ばれてくる料理を見ていた。


「す、すごい豪勢ですね」


 さっきの気まずい雰囲気を少し引きずりながらも、話しかけてくる。アタシは、うん、と頷いて、


「アタシもママもメッチャ感謝してるんだから」


 このVIP待遇は当然なんだぞ、と釘を刺す。


「そうよ~、あんな時間にすぐ来てくれて、病院からタクシーから全部手配してくれて」


 最後の大皿を運んできたママが、それをテーブル中央にデンと置いて、アタシの隣に座った。


「あはは、でも少し大袈裟にしちゃったかも、とか」


「なに言ってんの。そんなん結果論じゃん」


 アタシは少しムッとする。自分がしたことを過小評価しすぎ。どころか結果から遡って考えてやがる。


「てか、それ言ったら、ただの貧血に、朝の6時から呼び出してるアタシの方が大袈裟じゃんか」


「そうそう。康生くん、終わってみれば大袈裟だったって言えるのは凄く幸せなことなの。その為に払った労力やお金なんてね、健康の前には些細なものなのよ」


 康生の美徳であり、悪い点だよね。自分の功績を誇らない謙虚さは、けど行きすぎると周囲に寂しさを与えてしまう。

 今回みたいなのは、堂々と構えて感謝を受け取って欲しいんだよな。


「てかママ、最初は病院イヤがってたのに、康生が来てくれてから素直になったんだし」


「ちょっと、星架!」


 軽い仕返しもしとく。アタシの時は取り合わなかったのに、康生の言うことは素直に聞いたの、地味にイラっとしてたし。

 あはは、と康生が口を開けて笑う。アタシたちも釣られて笑う。


 ご馳走を皆で平らげて、15分。食休みを終えたママが、お皿を洗い始める。水を流す音に紛れて、小さな鼻歌が聞こえてくる。


「なんか、麗華さん、ご機嫌ですね?」


 康生が声を潜めて聞いてくる。アタシが彼のアレに気付いてしまった後の微妙に気まずい空気は、団欒の間に霧散し、今はいつも通りに戻ってる。惜しいような、安心したような。


「実はさ」


 昨日、ママに何と伝えて良いか分からなくなった後、もう面倒だからパパから直接ママに言葉をかけて欲しいってダメ元でレインの返信に書いたんだよね。そしたら、まさかまさか、本当にママに電話が掛かってきたみたいで。

 そういう説明をすると、康生は切なげに笑って、


「麗華さん……やっぱり好きなんですね」


 と洗い物をするママの背中を見つめた。


「うん……倒れた時も真っ先に誠秀さんって言ってたし」


「そう、ですか」


 それにパパも電話をしたってことは、やっぱりまだママのこと……

 捨てられちゃうかもなんて思ってたのはアタシの杞憂だった。まだ芽はある。絶対に。


「だから、今度の結婚記念日、パパもここに呼べないかなって」


 康生がこっちを向いた。気力が漲っているような、力強い目をしていた。また頼りにしちゃうし、また惚れちゃうな、なんて思ったけど、もちろん望むところだった。

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