183:ギャルに誘惑された

 翌日。僕は星架さん、というより麗華さんに招かれるような形で、溝口家を訪ねた。

 いたく感謝されているみたいで面映ゆい。あの時は正直、無我夢中と言うか、火事場のクソ力と言うか、自分がやるしかないという状況が、実際以上の力を引き出しただけであって。平素ならもっとオドオドしてたと思う。


 まあとは言え、まさか断るワケにもいかないので、こうして馳せ参じたんだけど……って。なんでか知らないけど、707号室の前の廊下に既に星架さんが出ている。僕を見つけるとダダダと駆けてくる。え? ええ?


「康生~!」


 昨日の午前以来だから丸一日ぶりくらいになるけど、それにしたって待ち焦がれすぎでは。とかツッコミを考えている間にも星架さんの姿はグングン近づいて来て、やがてすぐ目の前。そして僕の胸に飛び込んできた。


「わっとと。どうしたんですか」


 数歩たたらを踏んで、恋人を受け止める。


「ん~、なんかね。なんか」


 なんかじゃ分かんないよ。


「康生、キス、キスしよ」


「ちょっと、まだ廊下ですから」


 703号室の前あたりだ。僕は星架さんの体を軽く抱いたまま、少しずつ押していく。相撲みたいだ。


「や~」


「やなの?」


 今日の彼女はキャラ崩壊レベルの幼児退行甘えん坊モードみたいだ。いつ以来かな。確か、あの初めて彼女の家に迎えに行った日と、その翌日あたりか。


 キスをねだってピョンピョン跳ねる星架さん。バランスを崩しそうなので、つい跳ねた彼女のお尻の下に手を入れて、抱え上げるようにしてしまう。


「あ」


 そのまま、小さな子を抱っこするように、体同士が密着する。ただ勿論、星架さんは子供じゃなくて。

 ショートパンツから伸びた内腿のお肉、その素肌に直接腕が触れていた。掌はお尻そのものを掴んでしまってる。生地越しのお尻と、直接感じる内腿。どちらも理性が溶けるような柔らかさだ。


「康生~」


 星架さんはそのまま体を更に押し付けてきて……マズイと判断した僕は、忍者走りの要領で足をあまり上げずに廊下を駆け抜ける。


 勝手知ったる707号室。鍵は掛けてなかったみたいで、ノブを捻ると簡単に開いた。標準体重の星架さんでも流石に片手で抱えてるのは重い。必死になって、でも彼女を扉にぶつけないように、背中でドアを押しながら、玄関に滑り込んだ。


「頭打たないようにしてくれた。優しい。好き」


 そんなことを言われて、すぐに唇を塞がれる。だ、ダメだ。脳が沸騰しそう。手には腿とお尻の感触。下腹には星架さんの股間が押し当てられていて、その上、彼女の柔らかい唇まで感じてしまったら……


「星架~、康生くん来たの~?」


 救いの声。僕はこれ幸いと、星架さんを三和土(たたき)に下ろす。不満げな顔をされた。

 その頭を優しく撫でて、


「こんにちは~、お邪魔しま~す」


 とリビングの麗華さんへ挨拶を返した。


 正直……危なかった。僕の、その、あの部分が完全に硬化してるから。星架さんは男のあれそれに疎いところがあるし、多分バレてはないと思う。思いたいけど。


「…………」


 と思ったら、メッチャ見てる!? 完全に視線が下がってて、しかも一切ブレない。ガン見ってヤツだ。

 そっと内腿に挟むようにして、目立たなくさせる。すると星架さんも顔を上げた。はにかんだ笑みを浮かべながらも、上目で僕を見る。園田さんを思わせる色気があった。


「い、行きましょう。麗華さんが待ってます」


 強引に話題を変えて、彼女の背中を押す。その背中さえ華奢で、女性を色濃く感じさせるものだから、余計に前屈みになってしまう。


 はあ、しくじったなあ。今まで星架さんの前でこういった欲は見せずに来れてたんだけどな。あ、いや、あのロリコン疑惑の日に普通に胸に触ってしまったか。

 そう考えると、徐々に僕の抑えが効かなくなってるってことか。


 星架さんへの愛おしさが我慢できなくなったら、僕の方から欲しいと言う。そんな風に宣言したけども、正直、ただ純粋な欲望に負けそうだ。


 僕も男なんだなあ、と実感させられる。星架さんと関わるうち何度も思ったことだけど、今回のは今までの比じゃなかった。控え目に言って、今まさに飛びかかってしまいたい欲求すらある。


 けど、ダメだ。やっぱり二人とも一生記憶に残るような事なんだから、キチンと大切に大切に扱ってあげないと。またロマンチストと笑われるかもだけど、ばっちり良い雰囲気を作って、素敵な思い出になるような初体験にしたい。


 だから、まだ時期尚早だ。いきなり迫って傷つけるようなのは絶対ダメだし。今日みたいな激しいスキンシップの日は、必死に耐えるんだ。


 僕は鉄の意思で、内なる狼を抑えつけながら、そんな事を考えていた。

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