ギャルの自転車を直したら懐かれた【8月25日・第1巻発売予定】
生姜寧也
1:ギャルがコケそうになってた
ガタンと大きな音がして、続いて、「うおお!」と女性の焦った声が聞こえた。
振り返って見てみると、自転車に跨った女性が、その自転車ごと横転しそうになっている。斜めから歩道に乗り上げようとした所を、バランスを崩したのか、前輪が滑ったのか、兎に角のっぴきならない状態に陥ったようだ。
危ない、と思った時には体がひとりでに動いていて、僕は普段からは考えられないようなスピードで自転車に駆け寄り、前カゴを抱え込むようにして引っ張り、何とか歩道側へ傾けた。女性の足も歩道側についたみたいで、自転車は水平に安定した。
「だ、大丈夫ですか?」
「ありがとう、マジ助かったわ!
テンションの高い声に、僕はようやっと前を向いて(今まで引っ張っていた自転車しか見てなかった)自転車の持ち主を確認した。少しキツイ印象はあるけど切れ長で形の良い目を一層際立たせる、ラメの入ったアイメイク。高く整った鼻梁に、口元は派手過ぎないピンクのリップ。耳に3つブッ刺さった銀のバーベル型ピアスが攻撃的な印象を与える。
こんなに近くで顔を見たのは初めてだけど、多分、同じクラスの、ギャルグループの一人。名前は確か……
「
「はあ?」
途端にギャルの人が片眉を上げて威嚇してくる。怖い。
「アタシ、
「あ、そうなんですね。ご、ごめんなさい。申し訳ないです」
あばばば。名前を間違えてしまった。こういう小さなことからイジメに発展することも間々あると、テレビやネットで喧伝されている。高校に上がったばかりで、友達も全然いない状態で、クラスのカーストトップに君臨するギャルグループを敵に回すような事があれば、もう僕のスクールライフは一巻の終わりだ。
「で、アンタは……」
「父さん、母さん。先立つ不孝をお許しください」
「ほえ!? 死ぬの?」
溝口さんの素っ頓狂な声に、僕もビックリする。よくよく見れば、イジメをやる人間特有の、あのねっとりとした湿度のある視線はしていない。
「何か分かんないけど、面白いねアンタ……じゃなくて、アタシ名乗ったんだからさ、一応自己紹介してくんない? アタシだけバカみたいじゃん?」
意外に礼儀とか気にするタイプなんだろうか。まあ確かに、名前まで間違えて覚えていた上に、自己紹介してもらって、僕だけ黙って立ち去ったら酷い話だ。
「えっと、僕は
「こう……せい」
「ああ、漢字は
時々、ヤスオと読まれたりするが、僕自身はこの名前は結構気に入っている。彼女が名乗ったセイカという下の名前も、漢字が少し気になったけど、僕みたいなエリート陰キャが聞くと気持ち悪がられるかも知れない。
『うわー。ちょっとコケそうになったの助けただけで、もう下の名前で呼ぶ気かよ。キッショ! こいつイジメようぜ』
みたいな事になったら……
「父さん、母さん、先立つ不孝をお許しください」
「なんでさっきから、ちょいちょい死のうとしてんの?」
溝口さんが少し呆れた声を出すが、まさかアナタにイジメられる被害妄想が爆発したとは言えない。
と言うか、もうこれ以上話す意味はお互いに無い。悪い印象を与えないうちに退散するのが最善だろう。それこそ彼女の下の名前なんて、一生呼ぶことはないのだし。
「あの、それじゃあ、僕はこの辺で」
「あ、うん。助けてくれてあんがとね」
やっぱり溝口さんは、話せばそう怖い人ではないのかも知れない。けど、まあどっちでも良い。流石にもう関わることはないだろう……
ガチン!
異音に振り返ると、溝口さんが自転車を動かそうとしていた。だが自転車はその場に縫い付けられたように動かない。
「うわクソ最悪。チェーン外れてるっぽい!」
あー、うん。早速前言撤回。まだ関わることになりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます