95:ギャルのお膳立てをした
週が明け、いよいよ星架さんのメイク教室、その当日となった。
僕の方ではノブエルを仕上げ(エントリーもウェブで済ませた)、今日の差し入れのために、マドレーヌを60個ほど焼いてきた。業者か? って量だけど、なにせ飛び入りで重井さんが来てくれることになったからね。
……60で足りるかな。
自転車で二往復して、クーラーボックスを運び入れる。開始の50分前には搬入の方は終わったんだけど、今度は机と椅子の配置。長机と、椅子を20個。倉庫から館内に運び入れて行く。もちろん、この作業、星架さんたちも手伝おうかと言ってくれたけど、僕の方で断った。なにせ言い出しっぺのクセに、僕が出来るのはマドレーヌの差し入れと、こういった力仕事だけだから。
教える段取りとか、幼馴染三人で打ち合わせもあるだろうし、開始時刻に間に合うように来てもらえれば設営は完了させておく、と請け合ったんだ。
まあ、教えてもらう側の子たちは開始20分前くらいに来て、汗だくで作業する僕を見て目を丸くしてたけど。
そしていよいよ、開始時刻。
卓球の時と同じく、会長が開会の挨拶をしてくれる。今回、講師が未成年者だし、監督としてオブザーブしてくれることになっていた。まあ……暇なんだろうね。
「はい。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。ワタクシでは、今のお若い方のお化粧は分かりませんので、もうここは同じくお若い講師の方々にマルっとお願いする形で」
両手で丸を作って、星架さんたちの方に投げるジェスチャーをする会長。お歳だけど仕草が可愛らしい。
「何か緊急時などはワタクシに。それ以外は全て講師の方々にね。それでは。後はお任せします」
そう言って本当に一歩、二歩下がって、壁際の椅子にチョコンと腰掛けた。
後を受けた洞口さんが、手をパンパンと叩いて注目を集め、参加者に着席の指示を出す。そして座った全員の前に、僕は100均で買い揃えたメイク道具一式を置いていく。
「クッツー、それ終わったら退場な」
「ええ!?」
「当たり前だろ。女の子がメイクするところ覗こうとか、警察呼ぶぞ」
「ひえ!」
僕と洞口さんのやり取りに、参加者たちの間に笑いが巻き起こる。そうして僕は肩を落としながら本当に館を出て行った。その様子にまたクスクス笑いが起こる。
細かい部分はアドリブだったけど、この流れは予定通りだったりする。小・中学生くらいの子たちが殆どの場、緊張してる子も居るだろうということで、僕が道化を演じて、それをほぐしてあげたい、と。
星架さんのハレの舞台。少しでも笑顔が増えるなら、これくらい何ということもないからね。
<星架サイド>
康生の後姿を見送って、アタシは密かに唾を飲み込んだ。緊張、というより気負いだな。あの子が朝早くからマドレーヌまで焼いて、汗だくになりながら力仕事も全部こなしてくれて、今はネタ役まで買って出てくれて。全部アタシのため。アタシだけのため。あ、いや勿論、子供たちのことも考えてはいるだろうけどね。
でも基本的にはアタシありき。モデル業で少しモヤモヤしただけで、ここまでしてくれるとか。大事にするにも程があるんだよな。お姫様かよ。ジーンとくるほど嬉しいけど、同時に気負いも生まれてる。失敗して台無しにしたくない。
「おい、チャリエル」
パシンと背中を叩かれた。千佳だ。
「チャリエルやめろし」
「柄にもなく緊張してるからだろ。ほら、行くぞ。みんな待ってんじゃねえか」
「う、うん」
そこで叩かれた部分にフニョンと柔らかい感触。背中から雛乃が抱き着いていた。相変わらず、なんだこのボディーは。柔らかくて、あったかくて、ホッとする。
「星架、気負い過ぎなくても大丈夫だよ~。三人でやるんだから~」
そうだった。そうだよな。ここまでお膳立てしてくれた親友……以外にもアタシには親友が居るんだ。それも二人も。
「つか、アンタの得意分野だろうが。プロなんだから」
「そうそう。普通に毎日やってることを子供に教えるだけ~。な~んも難しいことなんかないよ~」
「千佳。雛乃」
嘘みたいにスッと心が軽くなった。アタシは本当に幸せ者だな。
「よし!」
と気合いを入れて。
「みんな、こんにちは! 今日の担当講師、読者モデルのセイです!」
康生が用意してくれたハレ舞台。両脇を最高の親友たちに固めてもらって……アタシは大きな声で教室の始まりを告げた。
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