94:ギャル夏カレー

 カレールーのコク深い味わい。牛すじ肉はよく煮込まれてるようで、トロトロ。野菜は不揃いだけど、味には問題なし。総合して……


「メチャ美味しいですよ! 星架さん!」


 隣に顔を向けると、不安げな顔が、パアッと花開くように笑顔へと変わる瞬間だった。その後は、テストで100点取った子供のような喜びよう。


 可愛くて、思わず僕は彼女の頭を撫でてしまう。嫌がる素振りすらないので、続行。少しだけ汗でシットリした髪を優しく梳くように撫でていく。


「ん」


 気持ち良さそうに目を細めるのも、子犬みたいで可愛い。没頭しそうになって……

 ハッと気付き、前を見ると、向かいの洞口さんがニヤニヤ笑いでこっちを見てた。

 ついでに、斜め向かいで食べてる麗華さんもニヤニヤ。ああ、しまった。


「ん~、星架、これホントに美味しいよ~」


 幸い(?)重井さんはカレーに夢中で、ニヤニヤ軍には加わってないけど……もう半分以上、皿の底が見えてる。今度は「妖怪カレーパクパク」かな?


「喉ごしがね、良いんだよ~」


 喉ごし!?


 結局、僕は二杯いただいて、ご馳走さまをした。星架さんたちは普通に一杯だけ。残りがどこに消えたかは……まあ敢えて言及する必要もないか。














 食後。

 少し休んでから、重井さんを送っていく。なんでも、今日はお母さんとケーキを作る約束があるとかで、元々そんなに長い時間は遊べなかったのだそう。


「ケーキ食べるなら、あんなにカレー食べない方が良かったんじゃ?」


「ん? どうして?」


 こんなやり取りを経て、僕は色々と諦めた。星架さんと洞口さんが黙って首を横に振る様子を見て、「ああ、みんな通る道なんだな」と納得した。


 ということで、可愛い妖怪さんを自宅に送り届けてから、僕らはモール内のでっかい100円ショップへ向かう。


「来週だっけか? そのメイク教室ってヤツ」


 自転車の後ろから、洞口さんが訊ねてくる。


「はい。東区の公民館で。洞口さんも来てくれるんですよね?」


「どうすっかなあ。ロハじゃなあ」


 なんて口では言ってるけど、教える側の人手が足りないと星架さんに泣きつかれてる以上、友達想いの彼女が来ないハズないんだけどね。


「まあ、暇だし、しゃーないわな。定期もあるし」


「ありがとうございます」


 当日は何か僕の方で差し入れを作っておこうかな。言い出しっぺなのに、実際問題、当日は無力だろうし、せめて軽食くらいね。


 モールについて、三階へ。全国チェーンの100均のテナントに入って、僕はカゴ持ち。二人がメイク用品の棚にかぶりつく。


 黒とピンクの髪色の洞口さん。グレーとエメラルドグリーンの星架さん。改めて後ろから二人の並びを見ると凄いよなあ。まさにギャルJKって感じ。


 こんな二人が今から僕の家に来ることになってるんだから、人生わかんないものだ。15年以上、ギャルとなんて無縁の生活を送ってきたのに、この数ヶ月でギャルとしか縁のない生活に一変したんだもんな。


 あと話す人と言えば……横倉さん。いや、もう何も知らなかった日々には戻れない。彼女の内に鬼が棲むと知った以上は。

 ……人と人との繋がりは儚く脆い。三塁打のたった一本で、粉砕されてしまう程に。


「康生! 康生ってば! なに黄昏てんの?」


 あ、ずっと呼ばれてたらしい。


「あ、いや、ちょっと」


「まあ、いいや。んでさ、どんくらい用意しといた方が良いかなって」


 一応、今日までが参加希望の締め切りだったけど、既に一昨日の段階で「定員の20名に達したのでクローズした」と電話で連絡を貰っている。つまり来場者20名は確定となる。


 何人かは道具はあるけど上手く出来ないという子も居るそうで。うーん、難しいラインだ。参加申し込みの時に、もう少し個人個人の状況を聞けたら良かったんだけどな。


「まあファンデは良いの使うとして、ペンシルとアイシャドウと……」


「ウチ、100均のアイシャドウ使ったことねえわ」


「あ、マジ? 意外とイケるよ」


 つ、ついていけない。

 小・中学生でも手軽に出来るメイク術ってことで、ほぼ100均縛りなんだけど……正直、ここのコスメコーナーをナメてたよね。こんなに種類が豊富で、品質もシッカリしてるとは。本当にこれで採算とれてんのか? って逆に客が不安になってくるレベル。


 取り敢えず、言い出しっぺのクセに申し訳ないけど……


「二人にお任せします……」


 当日どころか現在進行形で僕は無力だった。

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