90:陰キャが講師だった

 偶然の再会から、思わぬ方向へ事態が転がっていった。

 ただ僕は少し安心していた。星架さん、なんかフッとモデル辞めたりしないかなって、心配だったから。昨日の公園で大笑いできてたから、少し楽になったのかなとも思ってたけど。逆に吹っ切れて、アタシ辞めるわとか言い出しそうでもあった。


 別に星架さんが心から納得して、後から後悔しないんだったら、もちろん辞めても良いと思う。けど一時、感傷的になってその衝動のままに辞めてしまったら、きっと後から傷ついてしまうと思うから。


「ね。康生の家の工場とか貸してもらえない?」


 今は話が進んで、教えるための場所を選定中みたいだ。孤児院は確か結構狭いハズだし、チビちゃんたちが絶対邪魔するだろうしな。星架さんの家も広くはない。その点、僕の家の工場なら広いし、多少汚れても怒られないし、確かにアリなんだけど……


「僕の家でやるより……星架さんさえ良かったら、教室を開いてみませんか?」


「え?」


「この子たち以外にも、メイクをしたくても一歩踏み出せないとか、自信がないとか、そういう子は居ると思うんですよ」


 一種の賭けだけど、こういった純朴な熱意に多く触れることで、星架さん自身にも何か良い影響がないかなって、そんな風に思うんだ。


「僕、ここ借りられないか会長と掛け合ってみます。準備とかも全面的に協力します。やって……みませんか?」


「え? え?」


「セイさんのメイク教室! 素敵です!」


「講師がセイさんだったら、ウチのクラスの女子たくさん来てくれますよ!」


「アタシが講師!?」


 星架さんは驚きっぱなしだ。それだけ意外な提案だったんだろうな。


「でもさ、卓球とかならまだしも、メイクなんて」


「え? 大丈夫ですよ。文化教室も普通に開いてますから。折り紙教室とか」


 ボブカットの子が援護射撃。


「僕も父さんと一緒に、木彫りの講師やったことありますし」


「え!? 康生も」


 今回みたいにお年寄りばっかりだったけど、割と盛況だった。


「例の毛利元就のヤツを彫ると、みんな静かに見入ってくれましたね」


「それ言葉を失ってただけなんじゃ……」


 確かに。結構な完成度だったし、言葉が出てこなかったって線はあるかも。ふふ、僕も一端いっぱしの技術者だからね。


「まあでも、康生もやったことあるんなら、ノウハウとか先輩として教えてもらえるだろうし、安心かな」


 お? やる気になってくれたのかな。ちょっと強引に誘っちゃったかなって不安になりかけてたけど。


「失敗したり、人集まんなかったり、変なことになってもさ……康生は味方だよね?」


「当たり前です。星架さんは僕の、し、親友なんですから」


 口に出すと、こっ恥ずかしいけど。紛れもない事実だし、それで星架さんが安心してくれるなら、なんということもない。


「ダメだった時は僕んちで逆ギレ反省会しましょう。ふわふわオムライスで」


「情報が渋滞しすぎだろ。逆ギレと反省は両立せんぞ。オムライスは……作り方教えてもらおうかな」


 星架さんは呆れたように笑ってくれた。














 <星架サイド>


 

 あの後、会長さんにこの公民館を使えないか打診したところ、ほぼ二つ返事で了承された。「アナタみたいな若い子が地域の為に……!」とか言って感動されてたのは心苦しかったけど。まあ康生いわく、実情は、ロハで講師を受けてくれる人が少ないから、割とスケジュールがスカスカなんだとか。実際、すぐさま来週にねじ込んでくれたしな。


 しかし教室かあ。講師かあ。思い切ったことしたかな、とも思うんだけど。

 康生があんなこと言い出したのって絶対アタシの為だよね。モデル業で思う所ばかりのアタシに新しい視点を与えたいのかなって。


 本当によく考えてくれてる。その優しさと誠実さが、アタシの背中を押してくれた。

 ……あと、あのケツをイジメられてる毛利さんを作っても、康生が出禁になってないって事実もアタシに勇気をくれたよね。少々やらかしても大丈夫らしいぞ、と。


 マジで何なんだろうな、アイツは。面白くて可愛くて、優しくて気弱で、変な所で押しが強くて、誠実で面白すぎる。


「あ、あの。セイさんとあの武将の人、えっと沓澤さんって、メチャクチャ仲良いですよね? 友達だって言ってましたけど、もしかして……」


 女子トイレの隣の洗面台から、ポニテちゃんが聞いてくる。メイクに続いて恋愛にも興味持ち始める年頃かな。ちょっとからかっちゃおうか。


「……そ。実は彼氏」


「え!? 本当ですか!?」


「ウソ。アイツも言ってたけど友達ね」


 今はまだ。


 カバンから日焼け止めクリームを出して、鏡を見ながら肌に塗り込む。あとは日傘を出して、準備完了。


「じゃ。また来週ね」


「はい! 今日はありがとうございました!」


 二人に手を振って、アタシは先に出て待ってるであろう親友の下へ走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る