205:陰キャに休息を与えた
<星架サイド>
楽しかったキャンプもお終い。すっかり空になったクーラーボックスをトランクに載せ、みんなで管理人さんご夫婦に挨拶をした。また是非と言う優しい笑顔に、こちらこそまたの機会があったら、と返した。
車が発進してしばらくは、みんなで川や空や魚のことを話していたけど、いつの間にかアタシとパパ以外は眠ってしまった。千佳は前日から楽しみ過ぎて寝不足だと元から言ってたし。雛は食べ過ぎで車に乗る前からコテージで舟を漕いでたし。康生は……なんでだろうな。あんまり寝坊助のイメージもないけど。
「精神的に疲れたんだろうな」
とパパは言うけど、はて、そんなに疲れることあったかな。パパへの交際報告くらいか。けどそれもすぐ受け入れられてたしなあ。そこまでか? と思ってしまうけど。まあいいや。とにかく疲れてるんなら寝かせておいてあげるのが良いか。
逆に考えて、今はパパとの時間を楽しもう。
「30日さ、アタシ、ケーキ焼くよ。康生と雛に教えてもらう約束したんだよね」
サプライズも考えたけど、パパが一歩踏み出してくれたことが嬉しくて、嬉しすぎて、我慢できなかった。それにサプライズなら指輪の件が残ってるしね。
「そうか、康生クンは料理も得意なのか」
「……」
ん? パパって康生のこと、名前で呼んでたっけ? いや、朝の段階では沓澤クンだったハズ。お昼のバーベキューでもそうだったハズだし……んん?
「ねえパパ」
「彼は、本当に誠実な子だな」
被った。ちょっと疑問は残るけど、それよりもパパにも康生の良さが伝わっているのが嬉しくて、思わず顔がニヤケてしまう。
「そうだよ。最高のカレシなんだから」
「ああ、オマエはどういうタイプを選ぶのかと思っていたが、男親としては一番安心できるタイプを選んでくれたよ」
「ええ? なにそれ?」
半笑いのまま、パパの横顔を覗う。茶化されたかと思ったんだけど、すごく真剣な表情をしていた。つられてアタシも笑みを引っ込める。西日に照らされ、ハンドルを握るパパの左手の薬指、結婚指輪がキラリと光った。あ、と思う。別居してからは着けずにネックレスにしていることが多かった、その指輪が今は所定の位置にあった。そのことが更にアタシの心を跳ね躍らせる。
「俺も、どこか……彼に救われた気持ちがするんだ」
「え?」
「人の心を動かすのは、いつだって誠意や愛情であって欲しいと、そんな青臭いことを…………いや、ナシだ。忘れてくれ」
「ええ!? 何なの、マジで?」
めっさ気になるんだけど? いきなりポエミーなこと言い出したかと思えば、康生に何か影響された感じのことも匂わすし。
て言うか。
「二人で何か話した?」
よくよく考えれば、康生の明菜さんへの電話があんなに長いワケないし。そもそも坂を下る必要なんてないし。つまりあれは坂の先、釣り堀の方へ行ってたんじゃないか。今になってそんな推測が立った。
「……少しな」
「なに話したの?」
「彼がいかにオマエのことを大切にしているか、思い知らされただけだよ」
「いや、マジでなんなん?」
そんなん言われたら、是が非でも聞きたくなるんだけど。
なおも食い下がろうとするけど、
「眩しいな」
そんなことを言われた。知らんがな。
「サンバイザー下げなよ」
遮っていた山々が途切れ、夕陽がダイレクトに車内に差し込んでいる。アタシも眩しくて、さっき下ろしたばかりだ。
「夕陽のことじゃない」
「ん?」
「いや……俺ももう少し足掻いてみても良い、そう思えてな。ダサくても、怒らせてしまっても、泣いてしまっても」
「あ、それって……」
康生が言ってたフレーズだ。
やっぱり本格的にアタシの知らないところで、男同士、何らか話し合ったっぽいな。いや、語り合ったという感じか、もはや。
追及したい気はあるけど、それは野暮なんだろうか。女同士でしか話せない事があるように、男にもそういう事柄があるのかも知れない。
「星架。絶対に裏切ってはダメな子だよ、康生くんは」
「うん、それは勿論。言われるまでもないよ」
「そうか。そうだな。俺なんかより、よっぽど分かっているか」
アタシはシートから少し身を乗り出して、後ろの座席を振り返った。2列目を一人で占拠する雛乃が寝ながら口をモゴモゴさせている。夢の中でも何か食べてるんだろうな。
その後ろ、千佳に肩を貸しながら眠る(地味に嫉妬案件)康生の気持ち良さそうな寝顔を見た。口が半開きになって、マヌケすぎる。可愛すぎて今すぐキスしたくなった。
「うん。康生もだけど、今ここにいる全員、アタシの大切な人たちだから」
誰一人、生涯にわたって裏切りたくないし、裏切られたくないなあ。そしてそれは勿論、パパだってそうだ。だから、
「アタシと康生の結婚式、大好きな人、ガチで全員呼ぶんだから、パパもタキシード用意しといてよ?」
少し生意気に上から目線で挑発してやる。10年早いと怒られる予想をしてたのに。
パパは虚をつかれたような顔をして、そしてすぐに、本当に可笑しそうに笑った。爆笑の域だ。
「え? そんなウケるところだった!?」
「ん~、うるひゃい」
パパじゃなくて雛乃に怒られてしまって、アタシも思わず噴き出した。
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