204:ギャルに秘密を作った

 そして誠秀さんはニヒルに笑って。


「やれやれ。芸能界の古狸どもの二枚舌なら慣れたものなんだが……誠意や情熱の一本槍だけで、小細工も下心もない相手は打つ手がなくて困る」


 椅子から立つと、僕の目を真っすぐに見た。


「私が迷っていたこと、星架には内緒にしておいてくれないか? 傷つけてしまうかも知れない」


 一瞬、星架さんとはなるべく隠し事はナシという約束をしたことが脳裏をチラつく。だけど今更か。黙って抜け出して自分だけで誠秀さんと対峙してしまった。そんなことをしたのは勿論、彼が言うように、父親の躊躇を見て星架さんが傷つくのではないかと考えたから。つまりこの点において、僕と誠秀さんの思惑は一致している。


 ごめんね、星架さん。内心で謝りながら、僕は首を縦に振った。そして、


「こちらも、勝手に麗華さんのこと話してしまったの……知らないていでお願いしたいです」


 そんな取引めいたことを言った。


「……」


「……」


 少しの沈黙が流れ、


「ふふ」

「ふっ」


 ほとんど同時に鼻から息を漏らした。

 不思議な連帯感というか、男同士の密約めいた高揚感が僕の胸に去来した。この釣り堀に来る前より、誠秀さんとの距離がかなり縮まったような気がする。


「30日、よろしくお願いします」


「ああ。ここで踏ん張らないと、娘とキミの式に呼んでもらえなくなるかも知れないしな」


 式というのが一瞬、何のことか分からなかったけど、誠秀さんの悪戯っぽい笑みを見て、すぐに思い当たった。気が早い……と言いかけて。


「……はい。きっと星架さんと僕が大好きな人たちは余さず呼びます。だから……その中に入っていて下さい」


 生意気な上から目線でやり返した。誠秀さんは意表を突かれたようにキョトンとして、それから「ハハハ」と声を上げて笑うのだった。















 少し一人にしてあげた方が良いかと思って、僕は彼を残して釣り堀を去った。

 コテージまでの道を歩く間、不思議と気持ちは凪いでいた。やりきったという充実感すらある。以前までの僕なら、あんな独断専行、出来なかっただろうし、やれたとしてもウジウジと後から悔やんでいたと思うんだ。でも今それが全くないことに自分でも少し驚いていた。


 晴れ渡る田舎の空を遠くまで望む。星架さんと沢見川の坂の上から見た、あのマリンブルーにも負けない美しい青。僕の心境とシンクロするかのような、どこまでも澄んだその景色を少しの間、立ち止まって鑑賞する。


「……ただ星架さんの為に」


 正直に言うと、ズルいやり方なのかも知れない。

 別に誠秀さんは星架さんと仲違いして別居しているワケじゃない。本当の問題は彼と麗華さんの間にこそ横たわっている。だけどそれを無視して、ひたすら親心に訴えかけ、それだけで押し通してしまった。彼の言葉を借りるなら誠意や情熱の一本槍、か。


 誠秀さんにとっては、麗華さんとの同居が再び自身を苛むことになるかも知れない。仕事は多忙で、家庭内に不和もある。それが苦しくて別居の道を選んだのに、またそこへ戻る方向へ一歩進んでくれと言っているようなもの。


 だけどそれを再び苦痛の日々にするか、改善するかは二人次第。そこを変えようというのは確かに僕には荷が重すぎる。ああ、なるほど。まさしく母さんたちの言う通りだ。ストンと実感として降りてきた。

 となると、僕が星架さんへの想い一本で立ち向かったのも正解だったんだろう。多分だけど、僕が分不相応に麗華さんとの関係改善案みたいなのをベラベラ喋っていたら、彼の反感を買うばかりだったような気がする。


「だからこれが最良なんだろうな」


 アプローチも結果も。まあ多少は言い方が失礼だったり生意気だったりしたかもだけど。でもそれも、目の前で星架さんが悩み苦しんでいる姿を見て、無力感を味わってきた身としては、少しくらいの意趣返しは許されるとも思ってしまう。

 ちょっと図太くなれたよね、僕も。


 ……戻ろう。星架さんが心配する。

 と、ちょうど坂を下りてくる幼馴染3人娘の姿が見えた。「あ、居たよ!」「もう~」「何してんだアレ」といった非難轟轟の声が、まだ距離があるのに聞こえてくる。これは怒られるなあ。


「こら~! ボケ康生~! なにをそんな所で黄昏てんじゃー!」


 ほら、もう怒られた。

 だと言うのに、僕は頬が緩みっぱなしなのを自覚している。心配して怒ってくれる人がいる幸せ。そういうものを噛み締めながら。恋人と友人たちのブーイングを甘んじて受け止めるのだった。

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