207:溝口星架の対話(後編)

 <星架サイド>



「ハッキリ言わせてもらうけどね。アタシも康生っていうパートナーを得て分かったけどさ……好きな人には素直なのが一番だよ。いじらしく想い続けてたら、それを隠しててもいつか気付いて迎えに来てくれる。それは甘すぎる考え方だよ」


「……」


「けどその甘えを許容してくれる人も居る……康生はアタシが暴走した時、迎えに来てくれた。ママも知っての通り、あの5月の日の事ね。そして今、ママも。パパが迎えに来てくれようとしてる。でもね。康生もパパも何の苦悩もなく来てくれるワケじゃない。あっちだって拒絶されて傷つくかも、恥をかくかも、そんな恐怖を乗り越えて来てくれるの」


 当然だと思っちゃいけない。康生は付き合ってもない時にこれをしてくれたんだ。その有難みを正しく認識してなきゃいけない。そして勿論、パパだって。夫だから絶対に迎えに行かなきゃいけない、なんて法律はないんだから。


「……」


「そこまでして追いかけてきてくれる人に、アタシは最初、居留守を使ってしまった。でも最後の最後、本当にこれで縁が切れてしまうって分かった時に、ようやく素直に縋れた。辛うじて赤点回避……いや、康生の度量あっての温情採点かな」


 少し自虐的に笑う。ママは下唇を軽く噛んだまま、ピクリとも表情を緩めなかったけど。


「ママはどうする? また隠してしまう? 本当は大好きなのに、その気持ちを隠してしまう?」


「私は別にそんな……」


 アタシはもう本当にキレそうだった。というかキレた。


「もうそういうの良いから!! なんでパパの大好物のハンバーグの材料買ってきたの!? 万が一にもウチで食べて行くかもって思って、急いで買い物して帰って来たんでしょ!?」


「……っ」


「なんで隠してしまうの!? なんで認められないの!?」


「私は! アンタと康生クンみたいにいかないの! 既に一度壊してしまったの! 私のせいで壊れてしまったの!」


 ママがバンとテーブルを両手で叩いた。箸が転がり落ち、床の上でコンコンと軽い音を立てた。


「壊れたんなら……直せば良いじゃん」


「え?」


「壊れて、それで終わりじゃないじゃん」


「あのね……康生クンがフィギュアを直すのとはワケが違うの」


 先日、以前から言っていた思い出のクルルちゃんフィギュアの修復を康生が実行してくれた。その見違えた様をママも目の当たりにし、すごく感心してたのを覚えてる。


「人と人の関係を、物を修復するみたいに簡単に」


「違うよ。簡単なんかじゃない」


 気付けば反論していた。ほとんど反射的に出ていた言葉だった。


「康生がその技術を身に着けるのに、どれだけの研鑽があったか。あの子の手、見たことある? もうマメやらタコやら固まって、皮がメッチャ厚いんだよ。だいぶ熱いもの持っても鈍感なくらい」


 そのクセ、猫舌なのが笑えるところなんだけど。


「……簡単と言ったのは取り消す。けどね、それでも物を直すのと、人と人の繋がりを直すのでは」


「案外ね、それも違わないと思う」


 再び静かに反論していた。これもまた反射だった。でも更に言うと紛れもない本心でもあった。

 

「ありえない仮定ではあるけど、もし康生にフィギュアを直す技術がなかったとして、あの子は諦めるかな? ううん、どんなにかかっても直すんだっていう情熱と努力で、成し得てしまうと思う。結局はその想い。それは人にかけるのと、そう大差はないと思う。ただ大切に、丁寧に、諦めずに、向き合うこと」


 ママは全く頭になかった事を言われたようで、口を少し開けた状態で固まっている。反論の言葉が浮かばないみたいだ。


「モノはさ、標(しるべ)になり得るんだよ。人や想いをつなぐ標(しるべ)。磨けば光るし、細部まで凝れば神が宿る。手入れを怠らなければ何年も何十年も在り続けてくれる。逆にテキトーに作れば誰からも愛されないし、ぞんざいに扱われてしまう。そのまま時間が過ぎればあっという間に朽ちる」


 それってさ。


「人間同士の関係だって同じじゃない?」


「……」


「大切なモノならさ。認めてよ。捨てないでよ。磨いてよ。壊れたって直してよ。ママ……」


 泣くまいと決めていたのに、堪えきれずに涙が頬を伝う。滲む視界でママも両手で顔を覆っているのが見えた。


 そしてくぐもった涙声で、


「……出来るかなぁ……私にも」


 そんなことを言うものだから、その体があまりに小さく見えた。アタシは矢も楯もたまらず、椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がり、ママを抱き締めた。


「出来るよ! やろう! パパの方が来てくれるんだよ! ママはただ素直になれば良いの! それで想いを伝えれば良いの! 宝物を直すように、丁寧に大切に伝えれば、それだけできっと……」


 ママはアタシの胸の中で何度も頷いていた。たぶん、アタシに言われるまでもなく、どうすれば良いかは分かってたんだ。素直になる以外の方法なんてないって分かってたんだ。


「ママ」


「……星架」


 ありがとうね。頑張るわね。言外にそんな気概が伝わってくる。

 アタシたちはそうしてしばらくの間、親子で抱き合っていた。こんなにママとスキンシップするのは久しぶりで、落ち着いてくると少しだけくすぐったかった。

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