159:陰キャとドブの底を覗く

 <星架サイド>



 それを聞いた莉亜の機転は恐ろしいものだった。高速でメッセを打ち、送信。なんて送ったのか聞いたら、


「何か分かんないけど、もっと屈辱を与えられそうな雰囲気あったから」


 と前置いて。


「諸事情あって集合場所がちょっと変わる。パパとその友人が行くと思うから、指示に従ってついて行ってって」


「ええ……」


 流石にキツくないか。どう考えても唐突過ぎる。集合場所の変更も警戒されるだろうし。美人局つつもたせか何かかなって。


「大丈夫でしょ」


 何の根拠があって、と反論しかけたところで、連中に動き。嘘だろ、おい。素直について行っちゃったよ。仮にもお前ら進学校の生徒だろ。


「おっぱいを前にした童貞高校生なんてIQ20くらいしかないから」


 という莉亜の分析はどこまで当たってるのか。多分だけど、集団心理みたいなのも作用したんだと思うわ。ビビってんのかと互いに煽り合って、取り返しのつかない犯罪をしてしまう若者の心理の解説をいつだったか読んだことがある。狭いコミュニティ内で臆病者のレッテルを貼られることへの恐怖も混じるのだとか。加えて今回は女の子に会いに行くワケだから、もし何もなくて本当に場所変更だった時、ビビりまくってた男として、早々にレースから脱落してしまう、という状況も声をあげにくくした要因か。


「いやそれにしたって」


 とは思うけど、とにかく状況は既に動き出してる。さっきからスマホで調べ物をしていた康生がパッと顔を上げた。


「そうか。テカリンピックのU30の試合があるんですよ」


「いや、知らない知らない。さも盲点だったみたいな顔されても、まずウチは鼻の頭テカリンピックとか言う単語に圧倒されてる状態だから」


 千佳の気持ち、分かるわ。アタシも結局今の今まで聞けずじまいで来てしまったからな。


「多分だけど、人が集まらなかったんです。参加するだけで人生の汚点になるから、若い人はやりたがらないんですよ」


「人生の汚点……」


「なので人集めのために、ビッグネームの力を借りたってところでしょうね」


 ビッグネームっつっても、一般人の認知度、間違いなく1%切ってるだろ。


「とにかく、僕らも追いかけましょう」


 開催されている場所は分かってるが、急がないと試合が始まってしまうとのこと。

 アタシは千佳と顔を見合わせる。考えは一致していることを悟った。絶対下らないけど面白そうだから行ってみよう、と。













 駅から南に下っていくと、すぐに公民館のような施設があった。ただかなり大きい。外観も立派だ。


「ウチの区のちっちゃなヤツじゃなくて、スポーツの催し専門で使ってる施設ですね」


「さすが都会」


 スポーツも文化系も別なく募集しても、催しの予定がガラガラの我らが沢見川市東区とは大違いだ。


「ね、ねえ。ここまでついてきちゃったけど、結局、鼻の頭テカリンピックって何なの?」


 莉亜の素朴な疑問。アタシらも当然気にはなってるけど、最早ここまで来たら、直接見た方が早そうな。


「観て楽しいものでも、やって面白いものでもないですよ」


「じゃあなんで存続してんだよ!?」


 千佳の尤もなツッコミに康生は曖昧に笑った。


「人に勇気を与える……と一口で言っても方法は様々、ということでしょうか」


 ちょっと要領を得ない。アタシたちの困惑顔を見て、康生は笑みを深くして、


「まあ会場に入りましょう。すぐ分かります」


 といざなう。

 

 入り口で受付を済ませ、入場料500円(金欠中なので地味に痛い)を支払って中へ。2階に上がる。通路はコンコースと呼べるほど広く、席もかなりの数が用意されてる。思ってた以上にデカイ。


「やべえ。鼻の頭テカリンピック、こんなハコ借りれるのかよ」


「ハーフコートですけどね。反対側はバドミントンやってるみたいです」


 バドの選手も大変だな。テカリンピックと相席とか。


 アタシたちは座席に並んで腰かける。館内は冷房も効いていて、快適に観戦できそうだ。観戦という言葉が適切なのかどうかも分かんないけど。


「しかし、アイツら来るんかね? 流石に途中でおかしいと思って、逃げてるんじゃ?」


 千佳が椅子の上に膝立ちになって、周囲を見回す。割と客入りはある。というかバドミントンのコートより明らかに多い。マジかよ。


「大丈夫だと思いますよ。あの銀メダリストの人、以前も強引な勧誘で警察に捕まったことある人ですから。メッチャ怖いんで、今更やめたいなんて言えないと思います」


「何も大丈夫じゃなさそうだけど?」


 て言うかそれ聞いて、アタシの集団心理論だとか、莉亜のメッセージ誘導だとか、関係なかったんじゃないか説が浮上してるわ。つまり単純に怖くて断れなくてついてきたっていう。


「あ、ホラ、出てきましたよ?」


 レスリング用のユニフォームのような、競泳水着のような中途半端な丈のボディスーツを着用した、先程の4人組の姿が見えた。とても恥ずかしそうに、身を縮こまらせている。そのスーツの背中側には大きな鼻のマークが入っていた。


「人生の汚点」


 さっき康生の言っていた言葉の意味を理解した。

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