158:陰キャが酔いしれた

 <星架サイド>



 それからすぐに千佳と莉亜もトレーを持ってやって来た。アタシの逆隣に莉亜、康生の逆隣に千佳が座る。既にウキウキで元クラスメイトたちの写真を撮っている康生に、千佳は横からドン引きした目を向けていた。


「うわあ、恥ずかしいなあ。共感性羞恥が凄い」


「く、クッツー?」


「また髪の毛弄ってる……誰も来ないのに。ふふ」


 自分で言って自分でウケてるし。


「まあ鬱屈してた物を吐き出してるんでしょう。人生にはそういう日も必要だよ」


 莉亜は相変わらずドライだし。つか自分もそういう日があったかのような言い草だな。


「復讐がこんなに楽しいものだなんて、知らなかったなあ。深淵しんえんゼミで何度も言われてたけど、おろそかにしてたや」


「それは絶対違う復習のことだろ。つか、深淵ゼミやってたんだ? 千佳もやってたよな、中学の頃」


 ちょっと強引だけど話題転換させてもらう。康生が復讐に酔いしれて、遠くへ行っちゃう前に。


「ああ、やってたな。けど担当の青ペン先生がナンパしてくるようになったから、キモすぎて辞めたんだよな」


「え? それは良くないですね。探し出して復讐できないんですか?」


 ダメだ、完全に復讐中毒に陥ってる。とっくに遠くの住人だわ。


 アタシが匙を投げかけた時、莉亜の携帯が通知音を鳴らす。


「お、痺れを切らしたか?」


 待ち合わせは13時だけど、もう5分以上オーバーしてる。


「ぽいね。まあ任せて」


 それだけ言って、莉亜は物凄いスピードでメッセを打って送ったようだ。もちろんツイスタのDM機能を使ったやり取りで、彼女は自分の個人情報を一切渡してない。


「ほい。これであと30分くらいは待ちぼうけさせられるでしょ」


「ど、どうやったん?」


「今日の合コンメンバーが一人、急な体調不良で行けなくなったから、代わりの子を見繕った。その子、横中東は初めてだから迎えに行く。少し遅れるけど待っててほしい。というメッセと一緒に、その新しい子の画像も送る。ちなみにネットで拾った可愛い子の画像をアプリで修正したものだね。少しだけ鼻を低くして目を小さくして、胸かなり盛っておいた」


 悪魔かな? 


「顔は悪い方向に変えたん? 美人にするんじゃなくて?」


 千佳の疑問。


「手の届くラインの容姿+巨乳。こっちのが俄然やる気になるもんなんだよね。射程圏内だとか勘違いするんだ」


 女のアタシからはピンと来ないけど、莉亜が言うなら間違いないんだろう。

 事実、向こうにもDMが飛んで行ったんだろう、携帯を全員で覗いて、嬉しそうに笑い合ってる。うち一人なんか、露骨に自分の胸の辺りに両手で山を作って見せている。うわ、キモ。


「あと30分! 太陽、いけ! 焼き殺せ! できるできる! もっと暑くなれ!」


 どっかのテニスおじさんみたいになってる。アタシの可愛い康生はいつ戻ってくるの?













 それから20分ほど。まあ……飽きたよね。康生もようやく落ち着いてきて、お代わりのアイスティーを啜っている。憑き物が落ちたような顔というのは、こういうのを言うんだろうな。


「今年一番で笑ったかも知れません」


「だろうね」


 しかし本当に表情が明るくなった。

 たぶん来るまでは、まだまだ不安も大きかったと思うんだけどね。顔を隠すことまで考えてたくらいだし。でも実際に始まってしまうと、そんな憂いも吹き飛んで、ただただ憎い相手の痴態に胸が空く思いだったんだろう。


 人によっては不健全と言うかもしれない。けどアタシとしては莉亜と同意見。澱(おり)のように溜まった悪感情を吐き出せるなら、それは寧ろ健康的じゃないかとすら思う。しかも吐き出す相手は、その感情を抱かせた相手なんだから。他の誰かに迷惑かけるワケでもない。


「星架さん、洞口さん、付き添ってくれてありがとうございました」


 アタシたちに順にお礼を言ってくれる康生。最後に莉亜に向き直る。


「園田さんには特にお世話になりました。ありがとうございました。おかげでまた一歩、進めた気がします」


「うん。でも気にしないで。こっちも貰うもの貰ってるからさ。あ、当然、守秘義務も絶対守るからね」


 そもそも莉亜が康生の過去を言いふらして得することは特に無い。ドライな分、利益にならないことは、わざわざしないタイプだ。


 ふう、と康生は息を吐いた。今日はこれでお開きかな。帰ったらまた甘えん坊させてあげようかな。


 アタシは最後に連中の間抜けヅラを拝んでやろうと、窓を振り向いた。と、そこにあった光景に思考が固まる。

 ……筋骨隆々の男たちが4人に絡んでいた。え、なに?


「どうしたんですか?」


 固まるアタシの視線を追って、康生も窓を見た。


「あ!?」


「ねえ、アレって」


 カツアゲ? と推測を言おうとしたアタシを遮って、康生が、


「あの人たち! 去年の鼻の頭テカリンピック金メダリストと銀メダリストですよ!」


 そんなことを言った。

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