51:陰キャが学校を休んだ

 <星架サイド>



 朝、康生からのメッセージを改めて読み直す。正直、様子を見に行きたいけど、行っても出来ることがない。むしろ忙しい朝の時間に病院へ連れて行く段取りをしている所へ、来客の応対までさせることになるから、迷惑になる。


「それじゃあ、ママはお見舞い買っておくから」


 今日はシフト休みのママにも、康生の風邪の件を話したら、そういうことになった。前にウチに来た時はお土産まで貰ってしまったのを気にしてたし、ただでさえ娘が大恩を感じている相手ということで、ママも機会があればお返ししたかったらしい。


 アタシは「よろしくね」と返して、家を出た。昨日買ったばっかりの自転車を出動させ、漕ぎ出す。あの古いチャリより少ない力で漕いでるのに、段違いのスピードで進む。やっぱ性能だよなあ。昨日これ選んでる時は康生も元気だったんだけどな。今日、学校来ないのかな。


 グングン進んで、やがて沓澤製作所へと続く曲がり角まで来てしまった。つい止まって、車が出てこないか待ってしまう。いやいや。康生のお父さんの車がどんなのかすら知らないのに。ていうか、仮に一瞬すれ違えても、それでどうなるワケでもないでしょ。


 後ろ髪を引かれながらも、再び自転車を漕ぎ出すと、すぐに学校に着いた。メッチャ味気ないなあ。康生成分が足りなさすぎるわ。あーあ、つまんな。


 教室に入ると、宮坂と一瞬目が合ったけど、すぐに逸らされた。まあ一昨日ので完全に国交断絶って感じよね。うん、全然いいんだけどね。むしろ助かる。


 千佳と莉亜に挨拶して、自分の席に座ったけど……つい窓際の後ろ、康生の席をチラ見してしまう。来てるワケないのに。


 それからも登校してくるクラスメイトが教室に入ってくるたび、チラっと確認してしまう。千佳や莉亜と話しながらも、多分どっか心ここに在らず状態だったと思う。

 

 結局、康生が登校してくることはなく、朝のホームルームで太田先生が彼の欠席をサラっと告げる。


 そして二限の後の休み時間、スマホを確認すると通知ランプが光ってた。それを見ただけで期待で胸が高鳴る。即座に開くとレインの新着メッセ。康生からだった。


『病院から帰ってきました。やっぱり普通の風邪でした。今日は安静です』


 はあ、マジで良かった。フウと長い息を吐き出す。


『退屈です。さみしい』


 メッチャ可愛いんだけど。ってか今もしかしたら一人なんか。春さんは大学、お父さんも仕事に戻っただろうし、お母さんもショップの店番って感じか。これは、マジで放課後になったら爆速でお見舞いに行かないと。だって康生がアタシに寂しいって。寂しいって。ああ、可愛い。


『放課後、ソッコーでお見舞い行くから!』


 つか、5、6限は古典と日本史だろ。どっちも得意教科だし、昼でバックレたい、もはや。だけどそこでママとパパの顔がチラつく。やっぱ二人が頑張って働いて行かせてくれてる学校を、いくら康生の為とはいえ、サボれんよね。てか康生もアタシがサボって早く見舞いに来たって言っても喜ばん気がする。むしろ自分のせいでアタシにサボらせたって気に病む。そういうヤツだ。そういうヤツだから好きになったんだし。


 アタシは早退の誘惑をグッと我慢する。そうだ、むしろ綺麗にノートを取っておいて、元気になった康生に貸してあげるくらいのつもりで頑張ろう。


 結局、キチンと授業を受けきって、放課後のチャイムを聞いた。途端に猛ダッシュ。階段を駆けおりて、自転車置き場に飛び込んで、最初から立ち漕ぎマックスでウチのマンションへ。エントランスで待っててくれたママからお見舞い品が入った紙袋を受け取ると、そのままUターン。


 沓澤製作所まで10分で来てやったぜ。新車の性能をフル活用したった。

 手鏡を取り出して髪を直す。マジでグチャグチャだわ。ついでにメイクも確認して……よし! んじゃ行くか、と勢いよくチャイムを押した。あ、でも今もしかしたら康生しか家に居ないんか? という心配は杞憂に終わった。すぐにインターフォンが繋がって、春さんの声で「はい」と返って来たから。


「春さん、アタシです。溝口星架」


「ああ、星架さん。お見舞いに来てくれたの? 待っててね、今開けるから」


 そして10秒くらいして、玄関ドアが開く。


「春さん、帰って来てたんすね」


「うん。大学は昼からバックレたんだよ」


 ええ……ズルくね?

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