70:陰キャの肖像権を守った

 <星架サイド>



 ズーンと胸の奥に雨雲が停滞してるみたいな気持ちを感じながら、康生と横倉さんの楽しそうな横顔から目を逸らす。見てらんなかった。


 そして逸らした先、脇のどけられた机の上に封筒を見つける。その中から原稿らしき紙が半分近くハミ出していた。アタシは近づいていく。何となくだけど、横倉さんのエリアっぽいんだよね。彼女のカバンもその付近に置いてあるし。他の二人は別の机の半分ずつ使ってる雰囲気。


「どれどれ」


 チラっと覗くだけだから。敵の情報が欲しいんだ。どういうモン描いてんのか。康生をモチーフにした、例えば創作をする主人公とかだったら確定な気がする。確定、させて良いのか、って怖さもあるけど。それでも敵を知り己を知れば、ってヤツだ。ふうと小さく息を吐いて、いざ。


「え!? な、なにこれ!?」


 康生と思しきガタイの良い裸の男性が、更にムキムキの男性を後ろから羽交い絞めにしてる絵。腕を完全に拘束してて……うわ! これって! セリフを読むと『キャプテン……こっちのボールでタッチアウトされたいんでしょ?』と。荒々しい字体と、嗜虐的しぎゃくてきな康生の顔が妙にマッチしてる。


「ダメー!! それダメです!! ダメですから!!」


 弾かれたように飛び込んでくる横倉さん。うわ、すごい顔! アタシは驚いて、場所を明け渡すけど、勢いを殺しきれない横倉さんは、封筒に飛びつこうとして、それを弾いてしまった。パーンと床に落ちる音がして、その口から中に入っていた原稿を吐き出す。数枚、あられもない裸体が描かれたページが散乱。康生の足元にまで滑って行った一枚を、彼も目の当たりにする。


『特濃三塁打 *二人はホームでクロスプレー*』


 そんなタイトルが踊る表紙を見た康生は、


「う、うわああああああああああああああ!!!!」


 と絶叫した。彼のこんな大きな声は聞いたことがない。アタシも部員三人もビックリして固まってしまう。


「な、なんなのコレ!? 僕と堀田先輩が!!」


「康生、落ち着いて!」


 取り敢えず、アタシは康生の傍に行って背中や腕を撫でてあげる。


「星架さん、あんなものが……あんなものが……この世に存在するなんて!」


 少し落ち着いたかと思うと、泣きそうな顔でアタシを見てくる。庇護欲ひごよくを掻きたてられて、つい軽くハグしてしまったら、康生の方もしがみつくように腰を抱いてくる。うわわ。まさかこんな積極的に来られるとは思ってなくて、逆にアタシの方がテンパりそうになる。けどショックを受けてる康生を宥めたいという一心で、動転を抑えつけた。


「ああ……私の秘密が」


 一方の横倉さんもショックを受けてるみたいで、魂の抜けた顔でブツブツと言っている。残りの二人は床に這いつくばるようにして原稿を搔き集めていた。


 地獄か。














 混乱の収拾まで10分近くかかった。康生と横倉さんの二人も何とか落ち着いたけど、


「燃やす」


「やめて。それだけは」


「燃やし尽くす」


「お願い、どこにも出さないから」


「延暦寺よりも速く、本能寺よりも激しく燃やす」


 と、今度はこんな調子で押し問答が続いてる。他の部員二人はオロオロとするばかり。

 ……しゃーないか。部外者ではあるけど、目付け役のつもりで来たしな。


「横倉さん」


 アタシが静かに声を掛けると、康生も黙った。何を言うのか、場の全員がアタシに注目する。


「アタシは詳しくないんだけど、ナマモノっていうんだっけ? そういうのは本人に見つかったら、もう終わりって宿命さだめだよ。まあアタシが見つけてしまった手前、アレなんだけどさ」


 ていうか見つからなかったら良いって話でもないんだけどね。


「ちょっと反対の立場で考えてみ。アタシらがエロいことされる漫画を男子が描いてたら、キモすぎて鳥肌立つし、燃やせって思うでしょ?」


 横倉さんが俯く。


「アタシも前、康生を勝手に撮っちゃったことあって、コラとか悪質な使い方しないって条件で許してもらってるんだよね。千佳……友達に言われちゃった。男女反対だったら捕まってるぞって」


 女って損だなとか思う事もあるんだけど、こういう所は完全に甘やかしてもらってると思うわ、社会に。


「アタシは腐女子だからって別にキモいとか思わんし、個人で楽しむ分には全然良いと思う。けどさ、やっぱ他人、しかも自分らの資料の為に文字通り一肌脱いでくれた人を傷つけて、自分だけ楽しむってのは道理に合わねえんじぇねえの?」

 

「ひっ」


 ABが揃って怯えた声を出す。いかんいかん、つい康生を想いすぎてドスが利いてしまった。

 俯いていた横倉さんは、けどアタシの言葉に理を認めてくれたみたいで、やがて観念して、


「……分かりました。沓澤クンもごめんね」


 と原稿の譲渡に応じたのだった。

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