135:陰キャと名残を惜しんだ
<星架サイド>
結構ゆっくり歩いたつもりだったけど、ものの5分でマンションに着いてしまった。
話し足りない。これからの事、これまでの事。
聞き足りない。大好きって言葉。
伝え足りない。愛してるって気持ち。
自分でも呆れる。あんなに伝え合ったのに。しつこいくらい聞いたし、言ったのに。まだまだ胸の内に熱がくすぶって冷めない。このまま帰ったら、絶対ベッドの上で変な虫みたいに
「それじゃあ……」
その先が言えない。自分からバイバイを言いたくない。
「星架さん」
「ん?」
「さっきの話の続き」
「え?」
時間があまりないハズだけど、康生はまだ何か話したいみたいだ。
「僕に気負い過ぎるなって言ってましたけど、星架さんも、そうですよ? 卓球の時みたいに、すっぴんでもジャージでも全然構いませんからね?」
「あ……」
そんなこと考えてくれてたんだな。
「もちろん星架さんが、カノジョが綺麗なのは凄く嬉しいですけど、でも仮にそうじゃなくたって僕は星架さんのこと好きになってましたから。それは絶対」
「康生……」
確かにさっきの告白の時、アタシの容姿に言及する場面は殆どなかった。最初にジオラマをくれた時くらいか。その後は、全部アタシの内面や、今までの行動、努力を汲み取ってくれる内容だった。
「もし星架さんが合戦に巻き込まれて、顔に傷を負ったとしても、僕は変わらずに……」
「ちょちょちょ。合戦はねえよ。21世紀だぞ」
思わずツッコむけど、康生は薄く笑っていた。流石にジョークだったみたいだ。
「ふふ。とにかく、星架さんも気負い過ぎないで下さいね。少々のことでは幻滅なんてしませんから。ポイントカードもどんどん溜めて下さい」
「あはは、あったなそんな話も」
「……」
「……」
そこで沈黙が降りた。無人のエントランスホール。さっき一人、帰宅してきたサラリーマンが足早に横切っていっただけ。
「……大好きです。どんな星架さんでも」
「アタシも。可愛いところ、健気なところ、面白いところ、優しいところ、誠実なところ、カッコイイところ、面白いところ。全部、全部。逆に一人で抱え込んじゃうところも、引っ込み思案なところも」
長所は大好きで、短所は愛おしい。
「僕も星架さんにどんな短所があったって、嫌いになったりしません。だけど……」
康生はそこで向かい合って立つアタシの肩に手を置いた。
「だけど一つだけ……お願い。裏切らないで。僕、星架さんに裏切られたら、もう立ち直れないから」
声が震えてる。敬語をやめたのは、きっと心の一番奥深くをさらけ出してくれてるから。
とっくに固まっていた覚悟が、更に強固になる。
「うん。何があっても裏切らない。誤解も生まないようにさ、何かする時は必ず二人で話し合おう?」
「はい」
「あとは、アタシからすると絶対ありえないんだけど、浮気とか、かな? それも不安だったら、いつでもアタシのスマホ見ていいよ」
「え!? 良いんですか?」
「うん。てか男友達なんて居ないし、これからも作らんけど」
必要性を全く感じない。むしろ居てもデメリットしか浮かばない。
「でもなんか、それって信頼してないみたいで」
見ないのが信頼の証。チェックするのは疑ってるから。まあ色々な考え方があるし、感じ方は人それぞれで、正解なんてないんだろうけど……
「アタシはそういうの気にしない派みたい」
「じゃ、じゃあ、僕のもいつでもどうぞ! 僕こそ全然友達いないですから何もないですけど」
ふふふ、言質とった。
アタシとしては康生の浮気を疑うことは多分ないんだろうけど、でもスマホをいつでも見れるってのは嬉しい。会えない時に何してたかとかチェックできるからな。康生観察日記つけるのもアリかも。
「まあそもそも、多分、大概は一緒にいることになりそうですけどね」
「それな」
今だって時間ないってのに、こんな話し込んじゃってるし。離れがたいし、泣く泣く離れたってすぐ会いたくなるんだろうし。
どう考えても、夏休み中は毎日コースになるだろ、これ。会えないの、一日でも耐えられる気がしない。
と、そこで康生のズボンポケットの中、スマホがレインの通知音を鳴らす。少し渋い顔をした康生。アタシも自分のスマホで時刻を確認すると9時15分。いよいよダメだね。温情で頂いたアディショナルタイムも底を尽きる。
「……それじゃあ僕は」
「うん……あ、待って」
「え?」
驚いた顔の康生に向かって、アタシは背伸びして、そっとその唇にキスする。軽く触れるだけ。それでも康生物質で満たされるのを感じる。これで明日まで耐えられる、ハズ。
「おやすみ。またレインする」
「……う、うん。待ってます」
まだ不意打ちから立ち直りきらない康生を置き去りに、アタシはエレベーターへと向かうのだった。
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