187:ギャルの期待に沿えなかった

「ご夫婦に関しては、結局どれだけ互いに想いが残っているか。それに尽きるだろう」


 父さんが静かに言った。

 僕が子供だとか経験が乏しいとか、もしかするとそういう事じゃなくて、そもそも誰も正確なアドバイスや変節を促すような事は言えないのかも知れない。真逆の話にはなるけど、例えば僕がいま誰かに、星架さんと別れた方が良いって言われたって、絶対に別れないからね。その相手が超恋愛上級者のモテ男(女)だろうが、僕より小さな子供だろうが、関係ない。そういうことなのか。


「……康生。オマエは、どうなっても星架さんを守りなさい。仮にご夫婦が彼女の意に沿わない選択をしたとしても、オマエだけは彼女の味方であり続けるんだ。慈しみ続けるんだ。最悪は、お二人の分までオマエが愛情を注ぐくらいの、それくらいの覚悟を持っていなさい」


 普段はそこまで口数の多くない父さんが、ここまで言ってくれている。見てないようで、見てくれてるんだろうな。僕がもう結婚まで真剣に考えるほどに星架さんを想ってることを察してて、間接的に、いよいよとなればオマエが家族になれと。そこまでの重たいアドバイスをしてくれてるんだ。

 

「一番大切なものを見誤っちゃいけない」


 そう締め括った父さん。多分それは、ある種の冷たさだ。ダメだと思ったら誠秀さんや麗華さんをするかのような。それをしてでも一番大切な彼女の心を守る。

 ドライだ。けど同時にそれは仕方がない事だとも思う。親がそういう選択をするという時点で、子供の気持ちより自分たちの気持ちを優先させたということなんだから。先にドライだったのは親の方だ。


 そうは思うけど、もちろん僕は誠秀さんたちにはそうなって欲しくない。本当に最悪の場合の話だ。そんな事態が来ない事を祈ってるし、お二人には互いにまだ情が有ると思っているから、そうはならないんじゃないかと心のどこかでポジティブに考えてもいる。


「父さん……母さん……ありがとう。すごく色んな事に気付けた。また一人でジックリ考えてみるね」


 恥ずかしがったりせずに、二人に相談して本当に良かった。心の傷を凍り付かせたままの僕だったら、きっと出来なかったこと。また一つ星架さんに感謝を抱きつつ、僕は自室へと戻るのだった。















 レインで電話をかけると、星架さんはワンコールで出た。速い。ただ残念ながら、復縁に関しての画期的なアイデアとかは授けてもらえなかったので(というかそんな都合の良いモノあるワケないと教えられただけ)、心苦しいけど、僕はありのまま話した。


「はあ、まあやっぱそうだよねえ。仮にさ、芳樹さんたちが上手くいってるコツみたいなのを教えてもらっても、それをママたちが素直に実践できるなら、最初からここまで面倒なことになってないんだよな」


「まあ、そうですね。父さんたちみたいな仲の良さが前提にあって、それを持続する為のコツは恐らくあるんでしょうけど……」


「それはウチの両親には役に立たないよねえ」


 創作で例えるなら、もう既に上手く完成した物をキレイに磨き続けて質を落とさない方法と、割れてしまった物の復元方法が一緒なワケない、みたいな。それが分かってるからウチの両親も、具体的な方策が浮かばなかったんだろうな。ヒビ入った事すらないオシドリ夫婦だもんね。


 ただ勿論、これは星架さんには言えないけど、最悪の場合の覚悟を諭されたという意味では、僕としては収穫が大きかった。


「とにかく、パパの真意というか、実際、芳樹さんの言う気持ちが残ってるかどうか、そういうところ見極めたい」


「それは賛成ですね。僕としてもキチンとしたご挨拶がまだですし」


 一応、星架さんから僕と交際スタートしたという報告は入れてるそうだけど。改めて対面でご挨拶しなくちゃいけない案件だ。

 カレシという前提、立場が明確じゃないままでは、いざという時、介入しようにも難しいだろうし。


「パパ、遅めの盆休みをどっかで取るハズだから、そこで一回会おうかなって。後でレイン送ってみるつもり」


 星架さんの声が少しだけ震えた。電話じゃなければな。手を繋いだり抱き締めたり出来るのに。


「……あはは、アタシも久しぶりだから少し緊張する」


 星架さんも最後に会ったのは、例の竹屋の前で会ったあの夜、つまり僕と誠秀さんが初めて会ったあの日だと言う。

 そして……どうしても考えてしまうんだろう。自分が事態を動かすことで、もしかすると悪い方向へ転んでしまったら、と。


「明日……また甘えん坊していい?」


「うん、勿論です」


 僕の理性がまた試されることになりそうだけど、是非もなかった。

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