188:ギャルに吉報が届いた

 翌日。


 薄着の星架さんを自室で抱き締めながら、またも男の生理と戦っていた。胸元が少し開いたシャツから覗く谷間が非常に扇情的だ。それが僕の胸に押し付けられてるんだから、理性がゴリゴリ削られていく。


 こんな時なのに、なんで男という生き物は。そんなことを思いながら、でも彼女の体を抱き締める力は緩めなかった。もちろん欲望ゆえじゃなくて、彼女をねぎらいたくて。


 結局、星架さんは昨夜は踏ん切りがつかなかったみたいで、今朝ウチにやってきて僕と一緒に文面を考え、二人でメッセージを送信した。そしてさっきお昼を食べて部屋に戻ってきたら、彼女の携帯に返信が来ていた。確認すると、僕も含めて会う事を了承した内容。日取りに関しては、予定が決まり次第、追って連絡するとのこと。


「褒めて褒めて。康生」


「うん。えらいえらい」


 背中に回した手をポンポンしてあげる。


「頭は?」


「はいはい」


 もう片方の手で頭を優しく撫でる。少しずつ情欲の火は消えて行って、小さな子供を慈しむような、穏やかな温もりが胸中を満たす。


「……アタシ、やっぱヘタレかな?」


「ん?」


「まだ本題にも入ってない、ただ会う約束を取り付けるだけの段階で、こんな、一人でレインも送れないなんてさ」


 意外なことを言われて、僕は一瞬だけ固まってしまう。だけどすぐに、以前の彼女の言葉を思い起こした。


「……星架さん、僕が中学の時のこと話した時、弱いかどうかなんて、他人の目を気にする必要ない。その人の真剣度合い次第だって言ってくれたじゃないですか」


 星架さんが僕の肩から顔を上げる。


「星架さんにとって、家族のことはそれだけ大事ってことです。行動を起こしたいけど、万に一つも悪い方向へ行って欲しくない」


「……うん」


「希望と恐れが同時にあって、前にも後ろにも進みづらい。そんな風になるなんて、凄く凄く真剣だからですよ。それは弱さじゃなくて優しさです」


 彼女の頬に頬を重ねる。スリスリされる。本当、ここ数日は仔犬モードだね。

 ちなみにそのことについては「アンタが惚れ直させるから悪い」とのこと。麗華さんの貧血騒動で、僕は自分で思っている以上に株を上げたみたいだ。


「そっか。アタシ、自分で考えてたこと忘れちゃってたか。自分のことになると、客観視できないモンだね」


「ははは。まあそんなもんですよね」


 でも別にそれで良い。僕が卑下してしまった時は星架さんが。逆の場合は僕が。それぞれ相手のことを見てあげておいて、自分を責めすぎって時は手綱を引いてあげればいいんだから。


 どちらからともなく唇を重ねる。優しいグルーミングのようなキスだった。













 夕方。そろそろ星架さんをマンションへ送ろうかという時に、彼女のスマホが震えた。少し操作した後、


「パパからだ」


 驚いたような声音でそう言った。誠秀さん、多忙な人だし、今日中に連絡があるとは思わなかったんだろう。実際、僕も予想してなかった。

 星架さんは、レインのトーク画面を開いたまま、スマホを作業机の上に置いた。彼女の唾液で濡れた口端|(バイバイのキスのせい)を拭って、僕も膝立ちで近寄る。


『今月の23日から25日まで、盆の代休にした』


 簡素なお返事。

 僕は芸能界のことは全く詳しくないけど……そう言えばテレビのアナウンサーなんかが「遅めの○○休み」みたいなこと言って世間とはズレた時期に長期休みを取ってたりするよね。上の方の人もそういう慣例があるんだろうか。いや、まあそんな事はどうでもいいんだ。


「7日から5日前……」


 結婚記念日から逆算するとそうなる。最後の25日に会うとしたら、5日しかない。30日……もう予定が詰まってたとしたら、そんなきわでキャンセルしてもらえるだろうか。

 星架さんもその可能性に思い至って、唇を軽く噛んでいた。


「返事は」


 どうしましょう、と訊ねる前に、誠秀さんのメッセが続けて飛んできた。


『24日にキャンプに連れて行ってあげよう。行きたがっていると聞いた』


 ん?


「これって」


「うん。ママから聞いたってことだと思う」


「じゃあ、倒れた日、意外と長く喋った?」


「そう……だろうね」


 希望の灯が煌々と。その灯は星架さんの瞳にも宿り、思わず見惚れてしまいそうなほど。


「これ、ありますね」


「うん、あるよ、ある!」


 芽は青々としている。


 星架さんのキレイな瞳が潤いを帯び、やがて少しだけ雫が溢れた。僕は抱き締める。愛おしくて、また頭が沸騰しそうになる。

 誠秀さんも麗華さんも見ていないのが少し悔しかった。お二人の娘さんは、こんなにも、希望の灯だけで涙してしまうくらいにアナタたちを愛してるんですよ。答えてあげなきゃ嘘ですよ。


 まだ届かないと知りながらも……さめざめ泣く星架さんを胸に抱いたまま、窓の外、はるか横中の方を見て、そんなことを思った。

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