152:ギャルと復讐のススメ
4階に上がると、店長さんがすぐに僕たちに気付いてくれた。片手を上げて気さくな挨拶。こちらも会釈を返す。彼はそのままカウンター奥へ消えた。僕へ渡すものを取りに行ってくれたんだろう。
手持ち無沙汰な僕らはザっと店内を見回す。とっくにコンクール作品の展示期間は終わっていて、棚にはプラモや塗料なんかの通常商品が陳列されていた。
「お、おお。これが本来の姿か」
星架さんは当然、初めて見るワケで、そのディープな品揃えに圧倒されてる。
「そうだよね、5日で展示が終わってるから……」
「はい」
「じゃあノブエルは?」
「家にありますよ。いや、正確にはショップの方に」
「いつの間に」
「父さんがまたこっちに仕事ある時、帰りに回収してきてくれてたんです」
本当に感謝だ。今日、皆のバックアップ有りでこの体たらくなんだから、とても一人で受け取りには来れなかっただろうし。
「展示は終わったけど、審査は昨日までかかっちゃってね」
戻ってきた店長さんが僕らの会話に入ってくる。胸の辺り、両手でそれぞれ黒い筒と白地の封筒を持っていた。
「あ」
恐らく賞状と金一封だろう。僕は姿勢を正す。店長はカウンターの上にそれらを置いて、つつつ、とこちらに押してきた。手を伸ばして平伏するような、少しだけおふざけの雰囲気。
「この度は、おめでとうございます」
「あ、はい。ありがとうございます」
そこから少しだけ雑談した。
大賞はあの鳳凰像だったこと。僕のノブエルも閲覧者たちの人気投票で3位に入ったこと。それを受けて、カオスデザイン賞と合わせて、少し多めの賞金になったこと。コンクール効果か、本日も中々の客入りになっていること。
軽くお辞儀をして、お暇する。去り際、また来てねという言葉に、曖昧に笑った。僕自身、また来られたら良いなとは思うけど。
1階に降りて、またさっきと同じ椅子に座った。受賞の喜びの波が徐々に引いていくのが分かる。代わりにジワリと湧き始める感情。
「大丈夫?」
「え、ええ。店長さんと話して気が紛れましたから」
ただ……前回、持田クンと白石クンに会ったのは、このビルを出てからだ。自分でもバカバカしいとは思う。同じ状況だからって、同じ結果になるとは限らない。と言うか、ならない可能性の方が圧倒的に高い。なのに……
「……」
「……」
星架さんにも申し訳ない。あんなに全力でぶつかって、救ってくれたのに。まだ不安定みたいだ。
「やっぱさ、腹立つわ」
「え?」
一瞬、僕の情けなさに愛想を尽かされたのかと、目の前が真っ暗になりかける。けど、彼女は僕を見ておらず、どこか遠くを睨んでいた。
「幸せな時に、しょうもない連中のこと考えさせて、水差したくなかったけどさ……」
話の先が読めない。
「復讐しよう、康生」
「え?」
「アンタは頑張ってる。あれから一週間くらいしか経ってないのに、電車でここまで来れた。ゆっくり傷を受け入れるって言ってたけど、もうこんなに進んだ」
星架さんが認めてくれる。ていうか、そうだよね。僕がどんな無様を晒しても離れないと明言してくれた人なんだから。もっと信じなくちゃ。
「でも、やっぱりまだ刺さったトゲは痛みを与えてる。まあ当たり前だよね。いきなり全部解決とイケるんなら、この世にトラウマで苦しむ人なんていない」
「はい」
「そこまで考えてさ……じゃあトゲ刺しやがった奴等は、なんでのうのうと過ごしてんだって」
星架さんの顔が更に険しくなる。
「芳樹さんも貴重な休みを使って、春さんも明菜さんも気を揉んで……この優しい家族が何か悪い事したか? って」
それで復讐という発想か。
……正直に言うと、僕だって星架さんと同じく怒りはある。アイツらに人生を歪められたって気持ちもある。こうして電車で横中東に来るだけで苦労するほどに嫌な記憶を植え付けられたし、星架さんに出会えなければ未だその記憶を凍らせ、闇の中にいたハズだ。
復讐。出来るならしたい、という気持ちはある。だけど復讐の手立ても思いつかないし、仮に彼女に何か腹案があるにしても、危ない橋は渡らせたくない。大きなリスクを取ってまで、やらなくちゃいけない事じゃない。
「……」
でも。
いつか痛みも気にならなくなる日が来たとして、それでも僕が泣き寝入りしたという事実だけは、復讐で上書きしない限り、どうやったって覆せない。泣き寝入り。星架さんに言われて、あれだけ心が揺らいだってことは、やっぱり僕は悔しいんだろう。自信と尊厳を傷つけられたままなんだ。それに。
「そう……ですね。僕の大切な人たちも間接的に傷つけられた。いや、今もそれは続いてる」
星架さんの言う通り、何もしていない僕の家族にまで累が及んでしまってるんだ。こんなのはおかしい。
「やって、やりましょうか」
まだ具体的な策も何も浮かばないけど。もしかしたら上手くいかないかも知れないけど。
星架さんの言う通りだ。やられっぱなしはダメだ。星架さんや家族に危険が及ばない方法で、何か考えてみよう。
ニカッと笑う彼女に、僕も精一杯、不敵な笑顔を作って見せた。
「あは、変な顔!」
笑われた。どうにも締まらない。
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