175:陰キャと親友に満たされた
<星架サイド>
「しっかし、あの遠慮ばっかりだったクッツーが、そこまで大胆になるとはなあ。男ってすげえな」
そこはアタシも割とビックリした。まあアタシの方から何度も胸に抱き入れたりしてるから、抵抗が少なくなってんのは確実にあるだろうけど。
「実際、どうなん? 男に触られるのって。怖いとかキモいとかはないん?」
「いや。だって康生だし」
驚いただけ。
「てか触られて生理的嫌悪感が出るようなら、そもそも付き合ってないんじゃね?」
「いや、そうでもないらしいぜ? 好きになって付き合ったハズなのに、いざ男の欲望に触れた瞬間、ムリってなるヤツもいるとか」
千佳も中々どうして耳年増だな。それかアタシが今までそういう方面にアンテナ張らなさすぎてただけか? しかし、
「多分さ、それって……都合の良い自分の理想を押し付けて、それを好きになってただけじゃね?」
アタシが前に体験した、例の電機屋のポイントカード事件と似た現象やね。
ただそれはもう、アタシと康生の間では付き合う前にクリアしてるレベルなんよ。
アタシがどれだけ生活感に溢れてようが見捨てられないし、康生がボケボケでも、地味にエッチでも見捨てないし。
相手も自分も、ダサいところもあるし、失敗もするし、嫌な過去があったりするし、弱さも抱えてるし。
つまり、どうしようもなく人間なんだよ。そこを許し合えなきゃ始まらんのよ。
そういう当たり前の事を当たり前に理解してれば防げる話なのに……そっか、世の中にはそんな事も分からないまま付き合うカップルも居るのか。
「千佳、やっぱアタシたち、莉亜の言う通り、つよつよカップルかも知れん」
「え? ウザ。いきなり何だよ」
「あはは、ごめんごめん」
「まあ、実際そうだろうけどな。つか、ウチの相談なんか要らんかっただろ」
「ええ、そんなことないって」
「クッツー、いつか必ず貰うって男らしく言ってくれたんだろ? んでアンタも性的に触られるのも嫌じゃない。じゃあ、あとはそのいつかを待ってれば良いんじゃねえの?」
そうだよね。あれだけハッキリ言ってくれたんだもんね。信じて待つのも時には甲斐性か。康生も段々頼もしい男の子になってきてるし、いざという時にヘタレることもないよね。
「……うん、決めた。待つよ、アタシ」
てか結論は最初からそれしかなかったけど、たぶん純粋に千佳に話聞いて欲しかった&間違ってないって背中を押して欲しかっただけだろうな。
「おう。あ、一応アンタもスキン、買っとけよ?」
あ、それは、うん。実は莉亜にも言われたわ。「沓澤クン、悪気はなくても、忘れるかもだからね。いざという時、そんなので白けたら嫌でしょ」とのこと。見てきたように言ってたけど……彼女の実体験かも。
「はあ、しかし星架がどんどん遠くへ行ってしまうな」
「ええ? そんなん、千佳だって好い人見つけたらすぐだって」
「喧嘩売ってんのか、てめえ。そんなすぐにアンタにとってのクッツーみたいなヤツが見つかったら苦労しねえっての」
嘆息混じりに言う千佳。
「……実際、マジですげえ絆だと思うぞ? 8年の時を乗り越えて、再会して。救って救われて。なんつーか……ちょい眩しいわ、正直」
「ええ?」
眩しいって何だよ。
「柄にもねえこと言ったな。もう切るぞ。疲れてるからな」
「あ、うん。サンキューな、旅行の後なのに」
「ん。明日、11時半な」
「うん。待ってる」
おやすみ、と挨拶を交わして電話を切った。
ふう、と小さく息を吐いて、スマホを手放し、ベッドの上に仰向けになった。
と、すぐにバイブ音がする。ん? 千佳、何か言い忘れたか? いま放したばっかのスマホを掴んで確認すると、
『今日、いきなり触ってごめんなさい』
康生だった。ありゃりゃ。堂々と、いつかアタシのこと貰ってくれる宣言してたのに。やっぱ夜まで考えてるうちに、アタシが傷ついてないか不安になっちゃったんだろうな。
可愛いなあ、もう。バシッと引っ張るカッコいい男の子には、やっぱなりきれんのかもね。でもそこが良いのかな。優しすぎたり、可愛かったり、時たま頼もしかったり、そういう彼だからこそ目が離せなくて。
『アタシこそ、しつこく言ってゴメン』
おあいこだよ、と言外に。
康生も意図を汲んでくれたのか、にっこり笑顔のスタンプ。鷲鼻と眠たげな瞳が本人そっくり。よくこんなの見つけたな。そしてスタンプに続いてメッセ。
『明日、久しぶりに皆で会えるから楽しみですね!』
もうこれでノーサイドと強調するような話題転換。しかし内容自体も、なつっこくて可愛い。
『寝過ごすなよ?』
と意地悪なメッセを送ると、さっきのキャラが鼻提灯を膨らませながら爆睡してるスタンプが返ってきた。
もう寝るってことかな。
アタシも『おやすみ』と返信して、今度こそ本格的にベッドに体を横たえる。
ふ、と。
親友と恋人に「おやすみ」と言って一日を終えられること。何気ないようで、とても幸せなことなのかも知れないなと、そんなことを思いながら、アタシは睡魔に身を委ねた。
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