155:ギャルとご祝儀をもらった
「じゃあ、悪いけどお金の話していい?」
「あ、はい」
「納得してくれてる?」
「もちろん。リスクは園田さんが最大だし、それに僕が仮に女の子のフリして接触しても、おびき出せる気はしないです。技術料としてもお支払いは当然かと」
「へえ」
園田さんが意外そうな声を出す。
「星架」
「ん?」
「良い男の子、捕まえたね」
「うん、最高のカレシだから」
そうまで言ってくれるのは恥ずかしいような嬉しいような。園田さんは優しく笑って、
「取り敢えず大3枚かな」
左手の指を3本立てた。表情の割に俄然シビアだ。
「はい……3万円ですね」
園田さんが知ってるワケはないだろうけど、昨日もらったコンクールの賞金が丁度3万円だ。星架さんをチラリと見ると、うんと大きく頷いてくれる。本当は映画、連れて行ってあげたかったけど。
「どうぞ」
僕は財布からそのまま諭吉氏を3人取り出し、彼女に渡した。
「はい、確かに。それでこれは……」
1人、僕の手に戻ってくる。え? と目顔で訊ねると、
「私から二人への御祝儀。末永くお幸せにね」
と思わず見惚れそうな笑顔で言う。
彼女になぜカレシが途絶えないのか、今ならよく分かる。そして、この作戦の成功を半ば確信した。僕と同じく女性慣れとは程遠い男子校の彼らなどイチコロだろう、と。
早速、仕込みに取り掛かるという園田さん、まだ帰省の荷造りの途中だという洞口さん、二人とも電車に乗って帰ってしまった。気を遣ってくれたのかも、とも思う。特に洞口さんの方は、意外とそういう所あるし。
家に戻って自室に上がると、星架さんと二人でエアコンの送風口に並んで立つ。冷えるまでが長いんだよね。扇風機と両輪体制だけど、全然追いつかない。
「いや、マジで今年の夏はすげえな。ファミレス出た瞬間、軽く眩暈したもんな」
「気温差がかなりありますからね。自律神経やられる人も結構いるらしいです」
「わかる」
星架さんが、ふう、と息を吐く。だいぶ涼しくなってきた。ようやく僕たちはクッションの上に座る。
「上手く……いきますかね」
「ん? 莉亜?」
「はい」
少し急な話題転換だったけど、正しく汲んでくれた。なんだかんだ友人時代から数えて3カ月。ほぼ毎日のように一緒に過ごしてきたせいで、会話のテンポというか、間合いみたいなのが互いに意識せずとも掴めるようになってるのかも知れない。
「まあ何だかんだ出来る女だよ。アタシは心配してない。むしろ……どっちかって言うと」
星架さんはそこで言葉を区切って、僕の方を向いた。軽く頬をつままれる。
「アンタが直前に日和ったりしないかなって心配」
「う」
頬をムニムニされたまま、僕は改めて自分の気持ちと向き合ってみる。計画が決まり動き出した、事ここに至っても、躊躇や日和見は無かった。
「まあ、やる事がこじんまりしてるというか。そこまで大掛かりでヤバい感じじゃないから、復讐っていうか、イタズラみたいな」
やりすぎな内容だったら、罪悪感も生まれたかもだし、何よりリスクを思って尻込みしただろう。過去を清算する為に僕の未来(星架さんや家族)を危険にさらすのは本末転倒だ、と。だけど。
「この程度ならやり返す権利が僕にもあるのかなって」
そうポツンと言うと、星架さんは「うん」と強く肯定してくれた。
「あるに決まってるから! アンタ、人生を変えられたんだから、むしろ足りないくらいだよ」
確かにそうだし、家族や星架さんに心配ばかりかける羽目になった原因としては腹が立ってる。横中方面に行く電車にスムーズに乗れないほどのトラウマで人生を変えられたというのも本当。だけど、
「なに?」
僕の何か言いたげな様子を察して、星架さんが斜め下から顔を覗き込んでくる。
「上手く言えないんですけど」
「うん」
「学校をかわる原因になったところもあって」
「うん。だから人生を捻じ曲げられたんでしょ? やっぱもっとエグイ復讐を」
「そうじゃなくて」
再び熱しかけた星架さんを諌める。
「今の学校になったことに関しては、感謝じゃないですけど……何と言ったら良いんだろう。逆に大正解だった、みたいな」
「うん?」
「その……星架さんに会えたから」
それを聞くと、星架さんは目を丸くして、そしてすぐに「不意打ちやめろ」と弱々しい声で抗議した後、斜め下を向いてしまった。そんなつもりじゃなかったけど、照れさせてしまったみたいだ。
僕は膝立ちになって、そっと彼女を正面から抱き締める。それでもなお不貞腐れたように顔を背けてる星架さんが可愛くて、彼女の頭に頬をつける。銀色の髪がサラサラと皮膚を撫でた。
「前も言ったけど……アタシの入院も」
「はい」
「結果としてはダメダメの大藪だったけど、あの病院だったからこそ、千佳とアンタに出会えたワケで……感謝っていうか。うん、アンタと同じ感じ」
「そうですね。言われてみれば、よく似た構図ですね」
禍福は糾える縄の如し、という事か。人生は不思議なもので、最悪の傍に最高が転がってることもあるのかも知れない。
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