ギャルの自転車を直したら懐かれた【８月２５日・第１巻発売予定】

１５６：ギャルがラスボスを倒した

　園田さんから吉報が届いたのは、会合の翌日、日も暮れようかという頃合いだった。

　相変わらず「どうかつの森」で遊んでいた僕たちが、ちょうどラスボス（一番最初に始末したタヌキが実は影武者で、その本物こそが黒幕だった）を誅殺し、エンディングを見終わった後だった。

「ウソ、もう？」

　というのがレインを見た星架さんの第一声で、怪訝な顔をする僕に、そのまま携帯を渡してくれる。見ると、『莉亜』のトーク画面で、『釣れたよ～』というメッセが来ていた。すぐに何のことか察する。

　と、電話がかかって来た。

「あ、えっと」

「出ていいよ。スピーカーモードにして三人で話そ」

　僕は言われた通りにして、スマホをテーブルの上に置いた。星架さんと二人で肩を寄せ合うようにして、覗き込む。

「もしもし？　いま大丈夫？」

　すぐに園田さんの声が聞こえた。

「あ、はい。大丈夫です」

「あれ？　沓澤クン？」

「アタシも居るぜ」

「ああ、二人一緒に居たんだ。手間が省けるね」

　少し嬉しそうに笑う声。

「一応、後でスクショを送るけど、十中八九そいつらだろうな、ってアカウント見つけたから、軽く接触したら入れ食いだったよ」

「ええ……」

　星架さんのドン引きした声。確かに、どんだけ飢えてるんだ、とは僕も思ったけど。

「もっと時間かかると思ってたから、悪いことしちゃったね。報酬、少しお返ししようか？」

「いえいえ。園田さんには感謝しかないですから、気持ちとして受け取っておいて下さい」

　リスクを請け負ってくれたのも、技術を使ってくれたのも、紛れもない事実。予想以上に彼らがチョロかったのは結果論でしかないし。

「……ふふ。本当に私のこういうのを技術として扱ってくれるんだ？」

「それは勿論。僕に出来ないことですから」

「そっか……沓澤クンさ。星架にフラれたら、その時はおいでよ。慰めてあげるからさ」

「こらー！！」

　星架さんの怒声。真横で聞いた僕は耳がキーンとなる。

「フラないから！　ありえんから！　油断も隙もない！　康生のレイン教えなくてホント正解だったわ！」

　今回の件で、連絡やら色々あるかと思って僕と園田さんもレイン交換しようかという話にもなりかけたんだけど、星架さんが「アタシを介せばいいだけじゃん」と言って流れたんだよね。何となくヤキモチ妬いてくれてるのかなとは思ったけど、マジだったとは。いや、警戒しすぎだよ。今のだってからかわれただけだろうし。

「というか園田さん、以前、カレシが居るって言ってましたよね？」

「もうないよ～、そんなの」

　それ流行ってるの？

「来たね、波。やはり時代は復讐。因果応報。目には目を歯には歯を」

　通話を終えた星架さんが、テレビの画面を指さす。「どうかつの森」ストーリーモードのエンディング一枚絵で止まっている状態だ。例のラスボス、再三にわたり主人公のシノギを裏から妨害してくれていたタヌキを射殺後、シマの仲間（構成員）みんなで鍋にして、宴会している絵だ。

「いや流石にここまで猟奇的な復讐は稀ですけど」

　対象年齢８歳～とか、消費者を挑発しているとしか思えない。まあ、これに比べれば僕のなんか本当にイタズラ程度のものだから、気は軽くなるけどさ。

「……大丈夫？　思ってたより早く決戦の日になっちゃったけど」

　明日、もうセッティング（もちろん架空の合コンだけど）が予定されている。変に引き延ばしても不審に思われそうだし、向こうとしても、お盆の帰省前にチャンスをモノにしておきたいという感じかも知れない。お盆終わって戻ってきたら（イヤな言い方だけど）売れ残り掴まされるかもという焦りもあるんだろう。

「大丈夫です。歯医者に予約なしで行ったら、思いのほか空いてて、すぐに治療できますよって言われたような心境ですから」

「それあんまり大丈夫じゃなくない？　覚悟半煮えじゃん」

「う、うう」

　もちろん自分で決めた事だし、こんなイタズラごときで、と気を大きく持ち始めてた矢先だったのに……まさか明日だとは。大丈夫かな。遠くから観察する計画だけど、アイツらの顔を見たら、また情けないことにならないだろうか。星架さんだけなら全然もう大丈夫なんだけど、当日は洞口さんと園田さんも居る。無様を晒したら……

「康生」

　星架さんの優しい声。両手を広げている。僕が何か言う前に、

「甘えん坊する？」

　慈愛に満ちた、そしてすごく魅力的で抗いがたい提案をしてくれる。

「……う、うん」

　遠慮がちに頭をかがめて、星架さんに近づく。すると向こうの方から胸にかき抱いてくれた。至れり尽くせり過ぎてダメになりそうだ。

　あったかい。やわらかい。もう何度か味わった安らぎ。頬や頭を優しく撫でられてる。

「頑張ろう。前に進もう」

「うん」

　気持ちの区切りをつける。復讐なんて何も生まないと言う人も居るけど、それは綺麗事だと思う。泣き寝入りじゃないと、己に示すことで浮かぶ瀬もある。前に……前に進むんだ。