117:陰キャが愛おしすぎた
<星架サイド>
「辛かったです……誰も、信じられなく、なって……」
泣きじゃくりながら、アタシの胸に顔を擦り付ける康生。アタシはその背を優しく撫でながら、黙って聞いている。
「高校に入っても、ずっと一人で……」
「ゴメンな。もっと早く見つけてあげられてたら」
アタシの言葉に、康生は激しく首を横に振る。
「星架さんには、感謝じか、ないでず」
「こらこら~、鼻水つけるなよ?」
そう言いながらも、アタシの方が康生を離さない。愛おしくて、愛おしくて、仕方ない。
「……寂しくて、けど裏切られるくらいなら一人が良くて」
落ち着いてからで良いよ、と言いかけたけど、考え直した。きっと今の勢いのまま、もう全部吐き出したいんだと思う。それの方が良いか。アタシは遮らず聞くことにした。
「でも、星架さんに会って、最初は怖かったし、いきなり撮られて、ビックリしたけど」
やっぱ怖がらせてたのか。ごめんね。
「けど……僕の作ったモノ褒めてくれて、それで嬉しくなって。単純すぎて笑っちゃうけど」
「んーん。だってそれが原動力だったんでしょ?」
例えが悪いけど……いわばガス欠を起こしかけてたんだ。自分が作ったモノで誰かが笑顔になってくれる、それがこの子の心の燃料なんだから。
アタシはまた少し泣きそうになる。誰かの笑顔(そりゃお客さんは喜んでくれる人も居ただろうけど)を待ち望みながら、だけど怖くて手を伸ばせなくて、ひとり肩を落としながら作っていたんだ。健気、を通り越して切なすぎるよ。
「星架さん……」
また胸の中に顔を埋めて、康生が甘えてくる。はは。付き合えるまでは、安売りして触らせないとか思ってた過去のアタシに見せてやりたいな。
「……だから星架さんが、お金を払うって言ってくれた時、すごく嬉しかったんです。でも同時に、クラスメイトからお金を取るなんてって思って。そんなの、アイツらと同じだって」
「康生、それは違う。絶対違う」
アタシはつい遮って、硬い声で否定した。
「自分の技術の対価と、他人の技術の成果の転売は、同じお金稼ぎでも違う。全然違う」
「はい。クラスメイトとお金って関係性にナーバスになりすぎて、視野が狭くなってたんです」
なんだ、良かった。康生も客観的に振り返れてる。だいぶ落ち着いてきたのかな。
「けど、本当にお礼をしてくれて。僕の作るモノに、ちゃんと価値を認めてくれるクラスメイトに会えたって……」
やっぱり康生にとっては、お客さんだけじゃダメだったんだな。対等なクラスメイトに認めてもらう、というプロセスは絶対に、自信回復に必要なものだったんだ。
「だから、怒鳴られたのなんて、どうということもなかったんですよ。寧ろ、そこまで僕に感情をキチンとぶつけてくれる人の方が、よっぽど信用できる。あの学校の人たちは、仮面の上と下で丸っきり違ったから」
「康生……」
「そして、あのフィギュア。大切に、ずっと持っててくれた。逆に僕が忘れてしまってて、本当に申し訳なかったくらいです」
「もうそこは良いって」
「……誰かの心がこもった物を大切に出来る、情の深い子」
「それ」
あの日、エントランスホールで言ってくれた言葉。
「やっぱりまた会えて良かった。くるしみをのりこえた分だけ、誰よりも強くて優しくなった女の子。また会いに来てくれて、ありがとう。ありがとうございます、セイちゃん。星架さん」
ああ。そっか。アタシの8年の誠実は、正しく届いていたんだ。
……最早フラれるかもとか、そんな段階じゃない。この子のこと、ずっと傍で支えてあげたい。ずっと傍で支えられたい。仮にフラれても、諦めずに何度でも伝えてやる。しがみついてでも、一緒に居てやる。
「康生」
世界で一番愛おしい名前を呼んだ。
「はい?」
「愛してるよ」
「はい。あい? はい!?」
混乱してる康生に構わず、アタシはそのモチモチの頬を優しく両手で包む。そしてゆっくりと顔を近づけていく。羞恥も恐れも無かった。ただただ狂おしいほどの衝動だけがあった。
「避けないでね」
囁いた。そして更に顔を近づけると、康生は目をつむった。嫌がる素振りも、逃げる素振りもない。強く閉じすぎて、目尻に皺が寄ってる。ちっちゃい子が注射の針を見ないようにしてるみたい。可笑しくて、愛おしくて。
そのままその唇めがけて……
顔を……
ぶつけた。
「あいた!」
「うわ!」
鼻と鼻がぶつかった。遠近感ミスった? いや、顔を傾けるのか? ドラマとかのキスシーンはそうしてるもんな。よし、もう一度。
……って、え!? あ、アタシ、今、康生にキスしようとしてた? ウソ、マジで? いや、いいんだよ。やっちまえば良かったんだよ。我に返っちゃった方が問題なんだよ。シラフでもう一回? 無理無理無理。
鼻を押さえてる康生を見て、かあっと全身に熱が回る。
と、そこで。
「康生ーー!」
「コウちゃーん!」
公園の入り口から大声が聞こえる。振り返ると、春さんとメグル君がこちらに駆けてくるのが見えた。
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