171:陰キャとの絆を称賛された

 <星架サイド>



 アタシの話を聞き終わると、莉亜は「なるほどね」と呟いて、視線を広場の噴水に遣った。ちびっ子たちが、親の監視下、水に足を浸している。冷たくて気持ちいいのか、愛らしい笑顔を浮かべていた。


「私のは正直、二人には参考にならない気がするな」


「え?」


 意外なことを言われた。経験豊富な彼女の話が参考にならない? どういうことだと訝しんでると、莉亜は軽く視線の先を指さした。


「二人のはさ、割とガチで、あの子たちを作るための予行演習になるじゃん?」


 ん? え? あの子供たち? あ、そういうことか……って、ええ!? 


「まだ流石に気が早いって! せめて大学出てから。康生が製作所を継いでからだわ!」


 アタシらまだ高校生だよ。子供が子供作って育てられるワケないでしょうが。と、更に言い募ろうとしたけど、莉亜の何とも言えない表情を見て、言葉を引っ込めた。


「ノータイムで沓澤クンとのそういう未来が具体的に浮かぶって時点で、私からアドバイス出来ることなんて何もないんだよね」


「んん?」


「これがさ、テキトーに付き合ってるカップルだったら、アタシもそれなりにアドバイスできるんだよ。待った方が良いとか、こっちから攻めた方が良いとか。でもそれは駆け引きが必要な間柄、つまりイニシアティブを握るための手管を駆使しなくちゃいけないほど薄っぺらいカップル前提なんだよ」


 何となく言わんとしてることが分かってきた。


「けど二人は違うじゃん。駆け引きなんかしなくても、お互いガチで想い合って支え合って、強固な絆で結ばれて恋人同士になって……そして、もう結婚まで見据えてるよね。そんな二人に、アタシみたいな男で退屈しのぎしてるようなのが何をアドバイスするのやらって感じ」


「……」


「多分、どっちから夜のお誘いを言おうが、二人の中で優劣ついたりしないだろうし、関係はピクリとも揺らがないだろうなってのは第三者から見ても分かるよ」


「そうかな」


「うん。沓澤クンみたいなタイプがあんだけ自分の過去をさらけ出すって相当珍しいと思うんだよね。しかも絡みの少ない私にまで。それは星架への絶大な信頼ありきの話でさ」


 確かにそれはそうだと思う。自惚れるワケじゃないけど、アタシと会う前の康生だったら、天地が引っくり返っても例のトラウマを他人に話すことはなかっただろう。


「星架は星架で千佳や雛乃ちゃん以外には一段壁が厚いヤツじゃん?」


 アタシは少しビックリする。踏み込まない&踏み込ませないタイプというのはアタシが莉亜にこそ抱いていた印象だったのに。

 ……ああ、そうか。鏡みたいなモンか。どっちが先かは知らんけど、お互いにそういう印象を持ってたみたいだ。


「なのに、あそこまで踏み込んでお節介焼いてた。失敗しても嫌われないって信じ切ってるから出来ることでしょ。並のカップルだったら、あそこまでデリケートなのは踏み込めないよ。いくら恋人と言えど、他人。そういう認識があるから。踏み込んだら嫌われるかも、お節介焼いて事態を悪化させたら恨まれて別れることになるかも。そういう意識が働くからね」


「それは何つーか、本当に付き合ってるって言えるのか?」


「いや、実際みんなそんなレベルなんだよ。星架は例えば、今回の件で沓澤クンの復讐が微妙な形で終わって、アタシに払い損させてしまう結果に終わってたとして……沓澤クンに嫌われて別れを切り出されるとか思った?」


「ないな。アタシの康生はそんな薄情な子じゃないから」


 もちろん不完全燃焼に終わるかもという不安は常にあったけど。でも康生は既にそこ乗り越えてメイク教室やってくれたんだし、ならアタシもって気持ちの方が断然大きかった。

 それに、アタシの暴走事件にメグル君の失言。情による失敗なら彼は責めないし見捨てない。どころか正しく汲んでくれる。そういう揺るぎない信頼がある。


「ああ、そういうことか」


 ようやく言わんとしてることが分かった。


「みんな星架と沓澤クンの10分の1も積み上げられてないんだよ。その信頼の源になるような出来事も経験してない。過去から繋がる赤い糸もない。つまり他の雑魚カップル用のアドバイスなんか、本物のカップルには無用の長物ってこと」


「そっか、そういうことか」


「だから星架が思うようにしたら良い。小手先のテクニックなんか要らない。本心をさらけ出して受け入れ合えるんだから」


「そっか……そうかもな。うん、サンキュー、心軽くなったわ」


 どうするか具体的に決まったワケじゃないけど、自信はメチャクチャついた。色んなカップルを見てきた莉亜に太鼓判を押してもらえたんだから。


「今日はマジでありがとう。相談して良かった。今度また奢るわ」


「良いって。たまたま近くで遊んでたし、ちょっと足を伸ばした程度だから」


 クレープの包み紙を丸めながら、莉亜は薄く笑う。


「ビッチには出来ないホンマモンの恋……か」


 ちょうど噴水内にいる子供の甲高い笑い声と被って、よく聞こえなかった。


「ん? 何か言った?」


「ううん、頑張りなよって言っただけ」


「そっか。うん、頑張るよ。最初で最後の恋だかんな」


 頷いて前を向く。噴水の上に小さな虹が架かっていた。 

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