163:ギャルと勝利の凱旋をする

 会場から駅まで戻る道すがら。

 左右を歩く女の子たちから、視線を感じる。「何ですか?」と訊ねる前に、


「康生、だいぶスッキリした顔してる」


 星架さんがそんなことを言った。思わず僕は反対側の洞口さんを見る。彼女もウンウンと頷いていた。スッキリした顔……自分の頬をペタペタ触ってみる。


「どう、なんでしょう……確かにわだかまってたものが消えたのは間違いないですけど、さっきも言った通り、最後の方は少し可哀想にも思えて」


 日陰を歩きながら、少し視線を上げて空を見る。言葉を探すとき、人はなぜ中空を見るのか。


「……なんか、むしろ彼らが優秀な戦績をおさめて、少しでも心に余裕が出来たなら……」


 三人とも黙って僕の言葉の続きを待ってくれている。


「僕のように、彼らに嫌な目に遭わされる人も減るのかなって」


「康生……」


「クッツー、良いヤツだな。ウチがアンタの立場だったら、ざまあ見ろとしか思わんし、あのクソ恥ずかしい姿を拡散しまくるぞ」


 洞口さんが、そんな評価をしてくれるけど、僕自身は少し違うと思うんだ。


「……沓澤クンこそ、心に余裕が出来たんじゃない?」


 園田さんのこの評こそ的確な気がする。僕は後ろを歩く彼女に振り返って、小さく頷いた。


 今は大好きな星架さんがいてくれて、洞口さんも親身になってくれるで。


 重井さんも、おやつさえ渡せば色々と協力してくれる。あ、そういう意味では仕事として今回依頼した園田さんも同じか。今後、困った時に頼れるツテが出来たってことか。


 なんにせよ。


「もう一人じゃないって心から思えたというか」


 クサいセリフだけど、紛れもない本心で。


「逆にああやって、一人一人に分断されてお尻振ってる彼らを観てると、どこか孤独に感じられて」


 果たして僕や星架さん、或いは星架さんと幼馴染たちとの絆に及ぶものが彼らにあるのか。そう考えた時に、あるワケがないな、と。


 僕を罠にハメた時点で、次はもしかしたら自分かも知れないという疑念は絶対に生じる。言わばタイマーの見えない時限爆弾を抱えながら、互いに仲間ヅラして笑顔の仮面を貼り付けて過ごすようなもので。なんて寂しい関係だろうと思わずにはいられない。


「なるほど。彼らとの差を知って、それで余裕、なんだね」


「はい。僕はもう孤独とは無縁ですから。大好きな星架さんと、信頼できる洞口さん。食いしん坊の重井さん。家族以外にも頼れる人がこんなに居る」


「そっか……」


 振り返ると、園田さんが眩しい物でも見るみたいに目を細めて、僕ら三人の並びを見ていた。


「はっずいな、クッツー」


「あはは、素直に自分の気持ち言えるようになったのは良いけど、今度は素直すぎるなあ」


 両隣の二人を交互に見ると、どっちも顔が赤い。でもそれを指摘しても、二人とも夏のせいにしそうだ。


「……それに、まあ、散々笑って溜飲が下がってたのも大きいですね」


「あ、やっぱり?」


「それはそうですよ。復讐あってこそです」


 家族を傷つけられた分はやり返したという土台があってこそ。彼らを一人のちっぽけな人間と認識できるまで貶めてこそ、だ。


「だから今回、園田さんに頼んで本当に良かったです」


「うん。そう言ってくれると引き受けた甲斐があった。それにまあ、報酬とは別で、義憤も晴らせたし」


 ドライなようで、ちゃんと情もある人だな。そこまで絡みのない僕のために多少なり怒ってくれてたんだ。


「面白いモンっつーか、日本とは思えない残酷ショーも観られたし、ある意味、勉強にもなったよな」


 洞口さんも乗っかってくる。


「うん。本当に勉強になった。最初に話聞いた時は、やっぱ一番ダメージ与えられるのは沓澤クンが星架みたいな美人とイチャイチャしてるのを見せつける事だって思い込んでたし」


 そこまで言って、園田さんが半笑いの息を漏らす。


「それがまさか、こんな異次元の方法で、より強い屈辱を与えられるなんて……世界は広いなって思い知らされたよ」


「まあ、だいぶ異次元過ぎて再現性は殆どないですけどね」


「そもそも試合開始の一時間前くらいまで参加者をスカウトしてるって、マジでイカレてんだよな」


「ちなみに、あと4人見つからなかったら、今日は1ブロックだけやって、後日スカウトで4人集まった時に、第2ブロックの試合をやるんです。その後は一緒の流れ。各ブロックの上位2人ずつが決勝ブロックに進み、MTPを競うという形ですね」


「なんなん、その執念」


「お金になりますから」


「いやな話だなあ」


 そんなやり取りが終わった辺りで、ちょうど駅前に帰ってきた。


「今日は本当にありがとうございました。気持ちが楽になりました」


「ん。良かったな、クッツー」


「また何かあったら、相談して。次は安く請けるからさ」


「はい! じゃあまた。洞口さんもお気を付けて」


 園田さんにお別れの挨拶をして、帰省を控える洞口さんにも声を掛けた。

 その後、僕と星架さんは下り、二人は上りのホームへ、それぞれ別れた。


 ちなみにだけど、僕らが沢見川に到着した頃、テカリンピックの決勝では黒瀧が熱闘を制し、初出場初優勝を飾っていた。

 賞金5万円も手に入れたようで、まあ恥のかき損だけじゃなかったのは、良かったんじゃないかな。知らんけど。

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