119:ギャルに落とされた
父さんたちも帰ってきたところで、改めて僕は皆に頭を下げた。
「心配かけてごめんなさい」
星架さんの言う通りだ。3時間、行方が分からなかっただけで、家族総出で探し回ってくれる。愛がなければ、放置されてて終わり、だったろう。こそばゆいけど、とてもとても有り難い。
「もう……大丈夫なの?」
母さんが眉をハの字にしながら、そっと訊ねてくる。僕はコクンと頷いた。まだ言葉はまとまらないし、その前に気持ちすらフワフワしてるけど。でも、そういう状態でも、心のまま話して聞いてもらいたい。そんな風に思えるようになったのは……彼女のおかげだ。
僕は姉さんと並んでソファーに腰掛けてる星架さんを見る。はにかむように、だけど優しく笑ってくれた。
「……いきなり何もかも吹っ切れたワケじゃないけど……それでも、少しずつで良いって思えるようになったって言うか」
ゼロか百かで考えすぎてたんだ。割り切れないなら、その過去の傷ごと凍りつかせて無いものにしようとしていた。けどそうじゃない。過去はなくならないし、凍らせていても不意に顔を出して痛みを与えてくる。
だったら。
「辛くたって、自分の過去なんだって受け入れて。無いものとして扱うんじゃなくて、痛みがあっても笑えるくらいになりたい」
ゆっくり少しずつ、日常の中に溶かしていけばいい。割り切ると言うより、痛みも気にならなくなるまで。
「それくらい強くなりたい。その為の方法を星架さんに教えてもらったんだ。周りを頼ること。一人で耐えようとしないこと」
星架さんがウンウンと頷いてくれる。他のみんなはそんな彼女を見て、小さく笑う。
「それに星架さんは、カッコ悪くない、情けなくないって言ってくれた。傷ついて何もかもダメな過去だと思ってたけど、貫いたモノをカッコイイと言ってくれる人も居る。そう思ったら、傷自体も小さくなった気がするんだ」
少なくとも、目の前にいる女の子からは幻滅されてないって。
「……みんなには沢山心配かけたし、期待してくれてたのに学校もかわっちゃって」
「そんなのは良いの」
「ああ」
母さんと父さんが首をゆるゆる振った。
「でも……僕、今の学校楽しいよ。星架さんが居る。洞口さんも優しくしてくれる。横……他にはあまり話せる人は居ないけど」
「十分だよ。友達モドキなんか何人いたって、どうしようもない」
姉さんがキッパリと言ってくれる。
「そうだね。僕も骨身に沁みてよく分かった」
時間は掛かるし、そんなペースじゃ人生でそう何人も友達を作ることは出来ないだろう。けど、ひとたび友達と認め合った人とは、ずっと友達で居られるような、そういう人生を送りたい。友達は心から信用できる人が数人。あとは家族。姉さんの言うように、それだけで十分だ。
「……引きこもってる間も、何も言わずに支えてくれてありがとう。もう一度、またダメになるかも知れないのに学校に通わせてくれてありがとう」
家族に向かって、こんなにハッキリと感謝を伝えたことは、思えば無かったように思う。不孝者だな。こんなにも愛してくれてたのに。
「僕、父さんと母さんの子供で良かった。姉さんの弟で良かった……ありがとう。ホントにありがとう」
そこまで言って頭を下げると、ポタポタとリビングの床に雫が落ちた。さっき星架さんの胸で散々泣いたから、もう泣く気なんてなかったのに。
「康生……!」
母さんと姉さんが、僕を両脇から抱き締めてくれる。ちょっとだけ肩に食い込む指が痛い。
「あたしこそ……何も出来なくてゴメン、ゴメンね」
姉さんも泣いていた。
「私もゴメンね。中学受験なんかで勝手な期待を背負わせちゃったから……余計に苦しんだよね」
母さんも目が真っ赤だ。
顔を上げて前を向く。父さんが小さく頷いてくれた。口数は少ないけど、いつもドシッと構えてて、頼りになる人。星架さんが褒めてくれた技術者の矜持も、父さんと叔父さんから教わったものだ。父であり師でもある、大切な人。
その隣に目を向けると、涙を流しながらこっちに飛び込んでくるメグルが見えた。そのまま僕の胸に縋りついた。ゴメンナサイを繰り返す彼の頭を撫でたかったけど、体の両側から姉さんと母さんに抱き着かれてるのでままならない。僕は泣き笑いのまま、なるだけ優しく声を掛けた。
「いいんだよ。メグルは僕の名誉のために言ってくれただけ。そこから転売なんて考えつく奴等が悪いんだ」
本当にカッコ悪いのは僕を傷つけた奴等の方。これも星架さんが言ってくれた言葉だ。
その星架さんを……最後に見た。涙の雫が長い下睫毛に留まって、宝石のようにキラキラ光ってる。蛍光灯の光で銀に輝く美しい髪。泣きながら、それでも真っすぐ僕を見つめてくれる勝ち気な瞳。そしてさっき重なりかけた瑞々しい唇は、優しい笑みの形を取っている。
綺麗だ。容姿も。心も。強くて凛々しくて、時々弱くて、でもその弱さを見せられる強さが尊くて。
ああ……やっと自覚した。デートの日からずっとキチンと出せていなかった答えがポンと出る。
この人のことが好きだ。たまらなく大好きだ。
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