33:ギャルの髪を褒めた
月曜日。憂鬱な朝に、
「おーっす!」
という元気な挨拶。見慣れたアッシュグレーの髪を……あれ!? 髪が、違う!
「その色」
「へっへえ、どうよ? キレイっしょ?」
「はい! 凄くキレイです!」
本心から出た言葉だった。微かに青が残った透き通るようなグリーン。思わず触れたくなって、手を伸ばしかけて慌てて引っ込める。危ない危ない。自分で彩色した創作物と同じ感覚で行きそうになった。でもそれくらい、僕がまさしく好きな色だ。
「本当にキレイですよ、星架さん」
僕はそう言いながら彼女の髪から顔へ視線を戻す。
「あ……う……あぁ」
その顔は真っ赤だった。今日は雨が降る前らしく、少し蒸してはいるが曇天のため、そこまで暑くない。熱中症って線は薄そうだけど。僕が心配して声をかけようとした所で、星架さんはクルッと後ろを向いて、電柱の影に隠れてしまった。
「え? せ、星架さん?」
「ちょっと待って。いま無理だから」
無理って何だ。と、とにかく待てば良いのか。とは言え、今は登校前。あんまり悠長にしてると遅刻してしまう。最悪、チャリで彼女だけでも遅刻回避してもらって……ってあれ?
「星架さん、自転車どうしたんですか?」
見当たらなかった。
「……康生、歩きだし。アタシももう良いかなって。また今度買い替えるし」
「ああ、その方が良いかも知れないですね」
お世辞にも良い自転車ではなかった。一昔前、正規の自転車屋じゃない量販店で安売りされていた粗悪品。酷い物だと走っている途中で分解したなんて話も聞いたことがある。多分、そこらへんのだと思う。
「何かあってからじゃ遅いですし」
「……心配してくれるんだ?」
「そりゃ。はい」
誰も仲良くしている人間に事故に遭って欲しいとは思わないだろう。星架さんはようやく立ち直ったらしく、ぴょこんと電柱の影から出て来た。嬉しそうに笑ってる。
「んじゃまあ行くか。仲良く歩きで」
「はは」
先を歩く星架さんはスキップでもせん勢いだ。今日は上機嫌だなあ。でも、髪色まで変えるほど、僕の作ったジオラマに触発されてくれたんだな、って思うとこっちまで嬉しくなった。
<星架サイド>
ヤバい、ヤバいヤバいヤバい。顔ニヤけすぎて康生に見せられん。勢いよく前に出たけど、何かもう踊りだしそうだし。やっぱケチってエクステで誤魔化したりしなくて良かったよ。流石はプロの技、伊達に金とってねえわ。樋川さん、グッジョブ。
つか冷静に考えたら、絶対に割に合わないハズなんだけどね。少なくない時間とお金かけて、たった一言、好きな男の子に「キレイ」って言ってもらうだけ。なのに、その為だけに払えちゃうんだよね。ああ、これが恋か。古今東西、色んな人が言っている。理不尽だとか、惚れた方の負けとか、盲目とか。でもおんなじくらい、こうも言ってるんだよね。世界が輝くとか、心が潤うとか、人生の幸福だとか。
どっちもすげえ分かる。ああ、マジでアタシ、康生のこと好きなんだ。今こうやって一緒に歩けてる時間はメッチャ幸せだけど、学校に着いたら話せなくなるって思うと苦しい。
「そう言えば、星架さん、出来ましたよ」
「え!? は!? な、何が!?」
浸りまくって詩人みたいになってた所に、急に後ろから声を掛けられて、キョドりたおしてしまう。振り返ると康生は少し手を挙げて謝ってた。いや、一緒に登校してる時に自分の世界に入ってるアタシが悪いから。
「何と言うか、非常に複雑な心境ですが、僕のぬいぐるみ」
康生は別に持ってた紙袋をこっちに渡してくる。そういや何入ってんだろうって気になってたんだけど、まさか康生ぬいぐるみだったとは。
「マジ!? はや! もう出来たん?」
「ええ。昨日のうちに作りたくて。今日までズレこんで、学校行ってる間に、親に製作途中の自分を見られたら軽く死ねるので」
「あ、あはは」
そっか、それはイヤだろうね。急で申し訳ないことしたかな。でも急げばあんな短時間で作れるほど技術力が高いってことか。
取り敢えず。うずうずして仕方ない。アタシは紙袋の中に手を入れた。掌にモコモコとした感触。引っ張り出すと、
「あは、可愛い!」
康生の特徴をよく捉えたぬいぐるみだった。鷲鼻に眠たげな目元が、かなり再現度高い。そう、ちょっとだけ康生って鳥顔なんだよね。可愛くて好きだけど。
「なんか、自分のコンプレックスを自分で再現するみたいで、複雑でしたよ」
康生は遠い目をするが、アタシは大満足だ。
結局、彼の自己申告、製作にかかった2時間半分の3000円で買った。
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