第38話 はい。イエス。

クラスメイトと別れた時点で時刻はお昼。午前中が潰れたわけだが、まあ、たまには息抜きも必要。お昼を終えてから頑張るとしよう。


いったんダンジョンを出た俺は、持参したお弁当を手に1階ロビーに併設される食堂へ向かう。探索者の休憩スペースも兼ねた場所として、弁当を持ち込み食べることも可能となっている。


「ダンジョン牛のステーキにするか」

「ダンジョン豚の生姜焼き定食やろ」

「お、俺は、このダンジョン鼠の焼肉定食にしようかな」

「ダンジョン野菜炒め定食にします」


わいわいがやがや。物珍しいダンジョン産の食材が食べられるとあって、ゴールデンウイークの探索者で繁盛していた。


この様子では座るにも相席となるだろう。昼の時間をズラせば良いかと踵を返そうとする俺の姿に声がかけられた。


「ヘイ。ボーイ。こちらでしょう」


非常識な大声を上げるのは誰かと見れば、この間にダンジョンで出会ったアメフト親父。もちろん今はヘルメットは脱いでいるが、ショルダーパッドを入れた広い肩幅は健在である。


どうやら俺を手招きしているようだが……せっかくのお昼をなぜにゴツイ親父と相席せねばならないのか?


「ヘイ。ボーイ。こちらでしょう」


かといって、このまま声を上げ続けるアメフト親父を放置したのでは食堂に迷惑となる。


「あの。どうもです」


やむなくアメフト親父の引く椅子に腰かけ、俺はテーブルに相席する。


「ボーイは今日も探索でしょうか?」


「はい。イエス」


何やらアメフト親父が話しかけてくるが……俺の注意は別の場所に向けられていた。


アメフト親父の誘いで腰かけた4人用テーブル。

現在、腰かけるのは3名。アメフト親父と俺。そしてもう1人。金色の髪をした少女がともに腰かけていた。


「オウ! そういえば紹介がまだでしょう」


染めたような不自然な金色ではない。ナチュラルな色合いからして、おそらくは異国の少女。つまりは外国人。


「娘のはなでしょう」


……華? うむ? 普通に反抗期の金髪ヤンキーなのか?


「誰が華よ? アタシはハンナだから」


「ノウノウ。ミーのワイフは日本人なのだから華でしょう」


「米国じゃみんなハンナって呼ぶんだからそれで良いじゃない」


つまりは本名は華で、ハンナがニックネームというわけか。


ハーフで異国の血が入っている影響か、外見から年齢が分かりづらいが……俺と同年代だろうか?


「どうも。じょうです」


「それはどうも」


にべもない挨拶。あまり歓迎されていないようだ。


場所が食堂だけに2人ともに食事中。フォークとナイフで食べているのはダンジョン産ウシ獣ステーキ。金髪少女にとっては食事を邪魔されたようなもので、愛想が悪くなるのも仕方ない。


「マネーはミーに任せて、ボーイも好きなものを注文するでしょう」


娘の不機嫌をよそに、アメフト親父はニコニコ俺に自分の探索者カードを差し出した。


探索者カードは電子マネー機能も備えたハイテクカード。これで券売機から好きな食券を購入しろということなのだろうが……


探索者カードは個人情報の塊。知り合ったばかりの俺に対して、よくぞ無造作にカードを渡すものである。


「えっと……ありがとうございます。それじゃ食券を買ってきます」


俺にはお弁当があるのだが……その中身は自宅ダンジョンで集めたネズミ獣の焼肉。ここでお弁当を広げ、どこから材料を調達したのか詮索されるのも面倒なことになる。


せっかくお金をだしてくれるというのだ。ネズミ獣焼肉弁当は帰ってから食べるとして、今はプロの調理するダンジョン肉を食べさせてもらうとしよう。


食券を購入。食堂カウンターからダンジョン牛ステーキを受け取った俺はアメフト親父のテーブルへ戻る。


「ありがとうございます」


食券の購入に使用した探索者カードを返却する。


「オウ。ボーイもダンジョン牛ステーキね。新鮮なウシ獣の肉を使ったダンジョン牛ステーキは最高でしょう」


目の前でステーキにかぶりつくアメフト親父。俺も届いたステーキにパクついた。無念であるが、俺がホットプレートで焼いたよりはるかに旨い。ただ焼くだけに見えて、これがプロと素人の差か……


「お昼を終えたらボーイも一緒に探索するでしょう」


ん?


「ちょっと。パパ。どういうこと?」


俺が反応するより早く、ハンナさんがアメフト親父に食ってかかっていた。


「オウ。前に話したでしょう? ダンジョンで助けてもらったボーイ」


「地下2階でウシ獣を相手にしたって話?」


「イエス。その時のボーイが彼でしょう」


確かに手助けはしたが、そこまで大げさな話ではない。ダンジョンで探索者同士が助け合うのは当然。どこにでもよくある話なわけだが……


「ふうん……アンタが」


じろり。それまでまともに目を合わせることのないハンナさんが、アメフト親父の言葉に俺を見た。


「そう。パパが言うなら分かったわ」


いったい全体、俺の何がアメフト親父の琴線に触れたのか? 謎である上に俺は探索に同行するとは一言も言っていないのだが……


「イエース。今日は地下3階にチャレンジでしょう」


話はどんどん進んでおり、今日の目的地は地下3階。攻略読本によれば推奨LVは10以上。危険な場所だと書かれている。


LV21となった俺はともかく、地下2階で怪我しそうであったアメフト親父が行くのは危険ではないだろうか?


「地下2階ってウシ獣でしょ? パパもあんなのに苦労するなんてみっともない。今日はアタシが一緒なんだから地下3階でも全然余裕よ」


どうやらハンナさんは自信ありの模様だが、ダンジョン探索許可が満16歳以上となったのはつい先月の話。俺と同年代に見えるハンナさん。俺と異なり黄金モンスターの経験値ボーナスがないのだからLVは低いはずだが……


満16歳という年齢制限ははあくまで日本の話。国によってその制限年齢は異なるものとなる。


そして先ほど食券を購入するのに借りたアメフト親父の探索者カード。その表面に印字されたアメフト親父の情報。


632万7341位:ケント・マグワイアー


現在の俺の世界ランキング 6515万6631位より圧倒的格上にも関わらず、当のアメフト親父は地下2階で危険となる程度の腕前。とてもランキング上位となる腕はない。


となると同行するパーティメンバーが強いのだ。


つまりは娘であるハンナさん。自信満々なのも当然、彼女の正体こそが凄腕探索者。


社会を生きるにはコネが必要。彼女が凄腕探索者であるなら何らかの繋がりを作っておくことは、今後、決して無駄にならないはずである。


何より、俺はすでにダンジョン牛ステーキを奢って貰っている。無料ただより高い物はないというのだから、いずれ行く予定であった地下3階。凄腕探索者の同行してくれる今が体験するに良い機会である。

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