第78話 「じゃあ、ちょっと地下4階を覗いてみるか?」

自宅ダンジョン地下2階。草原広場のモンスターゲート前で戦う加志摩さんたちだが。


「やりましたわ! 楽勝ですわよ!」

「わんわん」

「クルゥ!」


黄金コウモリ獣を倒して大きくLVが上がっていることもあり、問題なく戦える。


「俺はちょっとニャンちゃんたちの様子を見て来る。何かあれば電話してくれ」


後を只野さんに任せた俺は、地下3階を目指して草原広場を移動する。


「にゃー」


そんな俺の耳に聞こえる猫の鳴き声。いつの間にか俺の足下には地下3階にいるはずのニャンちゃんが1匹。尻尾を立てまとわりついていた。


「お前はニャン花か? どうしてこんな場所にいるのだ?」


にゃーと草原広場の一角。無敵要塞を見つめるニャン花の様子。もしやと思いニャンちゃんハウスを覗き込むなら、中にはニャンちゃんが3匹。ゴロリ寝ころびくつろいでいた。


マジかよ……早くも今日の狩りは終わり。後は1日ダラダラさせてもらいますわと言わんばかりのその様子。なるほど。猫は気まぐれ。午前中だけでも俺に付き合い戦ってくれたのだから、ありがたいと感謝するべきだが……


この後、地下3階でもうひと稼ぎと思っていただけに、どうしたものか? さすがに後衛ジョブの俺1人で地下3階へ降りるのは危険すぎる。誰か護衛が1人欲しいところだが……


「にゃー」


俺の足下。構って欲し気に頭をこすりつける黒猫ニャン花の姿。俺は捕まえ抱き上げると、そのまま地下3階へ連行するのであった。


そうしてニャン花と2人、降りた地下3階だが。


「……ゴブリン獣の姿がないな」

「にゃー」


なるほど。ニャン太郎たちがニャンちゃんハウスに帰ったのは、ただのサボリではない。すでにゴブリン獣を狩りつくしたのが理由というわけだ。


もちろん今もモンスターゲートからはゴブリン獣が湧き続けている。それでも一度0となったゴブリン獣の数が揃うまでは、時間がかかるだろう。


「じゃあ、ちょっと地下4階を覗いてみるか?」

「にゃー」


ちょろちょろ湧き出るゴブリン獣を退治しながら一直線に地下4階。その階段前へと辿り着く。


100パーセント攻略読本の情報は地下3階まで。地下4階以降の情報は一切掲載されていない。


つまりここより先は未知の領域。さすがの俺でもこのままニャン花と2人、地下4階へ突撃する無謀は冒さない。


「ニャン花。ちょっと待ってくれ」


俺は階段から身体半分、地下4階に降りたところで片腕を突き出すと。


「発動。暗黒の霧。この先、地下4階の全てを暗闇で満たしたまえ」


テロリストの潜む地下トンネルを攻めるにあたり、海水を流し込み水攻めする方法があるというが、それと同じ。溺れ死ぬか毒で死ぬかの違いである。


ただし相手は未知の存在、モンスター。暗黒の霧に触れたからといってすぐに毒が回り死ぬわけではない。


現在、俺の暗黒の霧に触れた者には毒と暗黒火傷。2種類のスリップダメージが発生する。そしてその効力はといえば───


地下1階のモンスターは毒だけで倒せる。


地下2階は毒と暗黒火傷で倒せる。(つまり実は地下2階。加志摩さんたちが戦わなくともモンスターは倒せる。無論、戦ってくれた方がモンスターを倒すスピードは早くなるが)


地下3階は毒と暗黒火傷でも倒し切れず、瀕死止まり。直接止めが必要というわけでニャンちゃん達が止めを刺して回っていたわけだ。


その流れからいくと地下4階。当然に毒と暗黒火傷では倒し切れないことが予想されるわけだが……


今回の目的は100パーセント攻略読本にない地下4階の偵察。本格的に攻略するのはイモと一緒の時で良いのだから、今は暗黒の霧がどこまで通用するのか? それを調べることができればそれで良い。


暗黒の霧を通じて感じるモンスターの感触。これは人型モンスター。それもゴブリン獣より一回り大型のモンスターのようだが……


「ブヒイイイ!!」


階段で待機する俺の耳に聞こえるモンスターの断末魔。つまり毒と暗黒火傷。2種類のスリップダメージで死んだというわけだが……


地下4階のモンスター。しかもゴブリン獣より一回り大きく体力もありそうなモンスターが死んだのか?


確かに今の俺は只野さんから強化魔法バフを受ける状態。そのため暗黒の霧はパワーアップ。毒と暗黒火傷の効力も強まっているわけだが……


思った以上の強化具合。


考えればMMOなどのゲームにおいて強化魔法バフは必須魔法。強敵と戦うのに強化魔法バフ弱体魔法デバフもなしに戦うのはありえないと断言できる程に重要なのから、この位はやれて当然というべきか。


となればこのまま暗黒の霧を流し続ける。


「ブヒイイイ!!」「ブギャアアア!!」「ブモオオオ!!」


地下4階。いまだどのようなモンスターが現れるのか、その姿は見えないままだが、倒せるならそれで良い。只野さんの強化魔法がある今のうち、稼げるだけ稼いでおく。


「にゃー」


階段に腰かけ、膝で丸くなるニャン花をなでながら暗黒の霧を放出し続けたその結果、俺のLVは29へアップしていた。


─────────

■暗黒魔導士改(SSR+)LV29(1↑UP)


・スキル:暗黒の霧+(五感異常、全能力減少、毒、腐食、MP減少、MP蒸発、恐怖、麻痺、睡眠、混乱、放心、封印、暗黒火傷、闇光火水風土耐性減少、呪い、MP呪い)


MP呪い(New)回復魔法や回復アイテムでMPを回復できなくなる。


・スキル:暗黒抵抗:暗黒強化:暗黒打撃:暗黒熟練

・EXスキル:プリンボディ:ゴムボディ:鋭利歯:偽装:牛パワー:超音波:熱赤外線感知

─────────


午前中、黄金コウモリ獣を倒した経験値が大きいのだろう。なかなかに順調なLVアップである。


ジリリリリーン♪ ジリリリリーン♪


俺のスマホに着信音。加志摩さん達からだろうか?


懐から取り出すスマホ画面に表示されるのはイモの名前。そうか。そろそろ学校の終わる時間。今から家に帰るという連絡だろうが……


そういえばこの自宅ダンジョン。ダンジョン協会に報告するまではイモと2人の秘密にすると言っていた。


偶然にもクラスメイトの加志摩さん只野さんに発覚したことから一緒にパーティを組むことになったが……


うむむ。今日のところはイモが帰るより先、加志摩さんたちに帰ってもらう方が良いかもしれない。


何故なら今の俺はイモの居ない間、勝手にクラスの女子を自宅ダンジョンに連れ込む状態。いわば妻が実家に里帰りするその間、自宅に女を連れ込み浮気するようなもので……いや。俺とイモは夫婦でもなければ加志摩さん只野さんとは浮気でも何でもないわけだが……


とにかく。イモに事前の説明なしに他人を自宅ダンジョンに連れ込むのはよろしくない。


「もしもし。お兄ちゃんです」


「ただいまー。おにいちゃん。イモ。部屋に帰ったよー。だからパーティに入れてー」


「は? え? 今から帰るではなくて、もう部屋に帰ったのか?」


「そだよー。イモ。授業が終わってダッシュで帰って来たもんねー」


マジかよ? 学校から自宅まで徒歩30分。いったいどうしたらこの時間に帰れるのか? 早すぎる。


「それより早くパーティに入れてよー? そうじゃないとイモ、暗黒の霧で毒毒なっちゃうからねー」


暗黒の霧の充満する自宅ダンジョン。パーティメンバーでない者が入ろうものならたちまちデバフと毒に犯される。そのため俺と合流。パーティを結成してからでなければ自宅ダンジョンに入るのは危険である。


「わ、分かった。イモ。お兄ちゃんちょっと用事を済ませるから、少しだけ待ってくれ!」


イモとの通話を終えた俺は加志摩さん只野さんと合流するべくニャン花を抱き上げ立ち上がる。


ことこうなっては仕方がない。なるべくイモの気分を害さないよう、2人には俺の背後に隠れて大人しくしてもらうようお願いするか……


その時、ピロンと俺のスマホに着信するメッセージ。


───あの……わたくしたちお花を摘みたいので一度ダンジョンを出てお部屋に戻りますわ。ご自宅のお手洗いをお借りしますですわよ───


はあああ?! いやいや。お花などダンジョン内、草原広場でいくらでも摘み放題。それが何故に一度、自宅へ帰るのか?


だが、本来の加志摩さんは議員の娘でお嬢様。草原広場で用を足せというのが無理な注文というわけで。


───加志摩さん只野さん待った。ちょっと待った! 俺が戻るからちょっと待ってくれ!───


メッセージを返信した俺は2人に追いつくべく即座にイモの部屋を目指して猛ダッシュ。


「マズイぞニャン花! このままでは部屋に戻った加志摩さん只野さんがイモと鉢合わせではないか?!」


「にゃー」


はたして地下4階から地上を目指す俺と、地下2階から地上を目指す加志摩さんたち。いったいどちらが先に地上へ到達するのか? 当然、考えるまでもないその問題。


───イモ。実はダンジョンにお兄ちゃんの友達が来ている。会っても危害は加えないように!───


走りながらもイモのスマホにメッセージを送信した俺は、何とかダンジョンを出てイモの部屋に到着するが……


室内には床に倒れ伏して動かない加志摩さん只野さんワンちゃん3匹。そして部屋の隅でガタガタ震えるハト2羽の姿。


「あ! おにいちゃん! 大変だよ! 泥棒だよ! 自宅ダンジョンに侵入者だよ!」


身体からバチバチ青白い電気を迸らせ仁王立ちするイモの姿があった。

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