第71話 城の通う公立究明高校。ゴールデンウイーク明けの教室。

「みんなおはよー」

「うっわ。ひさしぶりー」

「どう? 元気してた?」


城の通う公立究明高校。ゴールデンウイーク明けの教室とあって、みんなが口々に挨拶を交わして久しぶりの近況について語り合う中。


「みなさん。おはようございますですわ」


ガラリ。ドアを開けて教室に入る女生徒が1人。


「あ……」

「やっべ」


途端、賑やかに談笑する教室が一転、静かに静まり返る。


「? あら? どうしたのですわ? みなさん」


その様子に何かあったのかと能天気に聞き返す女生徒であったが。


「あの、ごめんなさい。加志摩さんと話すなって言われてて……」

「ごめんね。でもクラスの陽キャを束ねる佐迫さんの命令だから」

「私らも逆らえなくて……」


加志摩さんに顔を背けるとそそくさその場を離れるクラスメイトの姿。


「加志摩っちさあ? あんた議員先生の娘だからって調子乗り過ぎで嫌われたんじゃないのー?」


「佐迫さん。どうしてこのような真似をするのですわ?」


「これ以上クラスメイトからハブられたくなければ……分かるじゃん?」


2人のやり取りをハラハラしながら遠巻きに見守るクラスメイトたち。


「城っちは休みだってさ。加志摩っちに巻き込まれるの嫌になってズル休みっしょ? 見捨てられてご愁傷さまって感じでー?」


そんな中、ガラリ。新しくドアを開けて教室に入る女生徒が1人。


「みんな。おはよー。加志摩ちゃんも佐迫ちゃんもおはよー」


加志摩さん佐迫さんと3人でダンジョンに入った際、Dジョブとして強化魔導士(SR)を授かった少女。只野ただのさん。教室の雰囲気に気づかないのか加志摩さんにも普通に挨拶する。


「只野っちさー? クラスのグループメッセージ読んでない感じ?」


「え? ごめんごめん。寝坊しそうだったからまだ見てないや」


実際、少し寝ぐせの残る頭をかいてみせる只野さん。


「ふーん。じゃさ。今日から加志摩っちと城っちは無視する感じで。よろー」


「……へ? なんで?」


「なんでも何もあの2人。生意気じゃん? だからクラス全員で決めた感じでー? 只野っち。まさかクラスで決めたことに反対しないよねー?」


直接、口頭で威圧されては。しかもクラスみんなで決めたと言われては反対はできない只野さんだが……


「いや。駄目だよ? みんな同じクラスなんだから仲良くしないと」


断固とした口調で佐迫さんの言葉を拒んでいた。


「ふーん。あーしさあ? 3年のヤンキー男子と仲良いんだよねー? もしもクラスの和を乱すようなら、おしおきしてもらおっかなー?」


おそらくは自慢の肉体を使って親睦を深めたのだろう。加志摩さんたち2年生にとって学年が上の3年生は歯向かうことのできない上下関係。しかもヤンキー男子となれば襲われかねない危険がある。


「だ、駄目ですわ。わたくし。今日はこれで失礼しますので、只野さんも気にしないでくださいですわ」


このままでは只野さんを巻き込んでしまうと思ったのか。


「あ! 加志摩ちゃん!」


加志摩さんは鞄を手に教室を駆けだしていった。



「はあ。勢いで学校を飛び出しましたが、どうしましょうですわ」


このまま自宅へ帰ったのではメイドに見つかり父に報告されるのは間違いない。無論、議員である父の権力を使うなら学校に意見し対策することも可能であるが……ただでさえ父に迷惑をかける今、これ以上に迷惑をかけるわけにもいかない。


となれば……リストラされたおやじが出社する振りをして公園で時間を潰すように、加志摩さんも公園のベンチに腰掛ける。


「わんわん」


そんな公園の片隅。植え込みの奥から犬の鳴く声がする。


「あら? 野良犬かしら?」


危険にも思えたが聞こえる鳴き声は明らかに子犬のもの。ベンチを立ち上がる加志摩さんが植え込みの奥、鳴き声の元へ近づくと。


「くーん。わんわん」


「まあ! 子犬が捨てられていますわ」


ご自由にお持ち帰りくださいと書かれたダンボール箱の中、3匹の子犬が身を寄せ合う姿があった。


「捨て犬かしら? ですが困りましたわ」


公園に子犬を捨てるモラルのない行為に憤慨するも、このまま保健所へ持ち込めば殺処分は間違いない。狂犬病をはじめとした野良犬のもたらす危険性を考えればやむを得ない処置ではあるが……


「カアー。カアー」


そんな子犬の姿に目をつけたのだろう。2羽のカラスがダンボールを目掛けて舞い降りる。


「きゃいんきゃいん」


突き出されるカラスのくちばしを前に成す術のない子犬たち。ダンボールの中、必死に身を寄せ怯えるその姿。どこか今の自分に重ねてしまったのだろう。


「こんの! 駄目ですわ!」


カラスの前に飛び出すと子犬たちを守るべくダンボールを抱え込む。


「カアー。カアー」


「あ。痛い。ちょっと。やめるのですわ」


目の前の餌を奪われたことに腹を立てたカラスたち。そのまま加志摩さんを攻撃する。


「加志摩ちゃん居た! こら! カラスはあっちへ行きなさい!」


その様子に駆けつける只野さん。鞄を振り回しカラス2匹を追い払っていた。


「加志摩ちゃん。大丈夫?」


「あ、ありがとうですわ。ですが只野さん。どうしてここにですわ?」


「加志摩ちゃんが心配で追いかけて来たんだ。だって共謀してクラスメイトを無視するなんて、駄目に決まってるから」


まるで怯む様子のない只野さんの様子。これまで普通の友達と思っていた彼女だが、その芯には熱い心を持つようで。


「でも、佐迫ちゃん。ゴールデンウイークには3人一緒にダンジョンにも行ったのに。どうして急にあんなこと言い出したんだろう?」


「それは……わたくしが嘘をついていたから。わたくしの本当のジョブは奴隷だからですわ」


只野さんの熱い心に打たれたか。加志摩さんは事の成り行きを説明する。


「そうなんだ。でもDジョブが奴隷だからって。親が議員だからって関係ない。加志摩ちゃんは加志摩ちゃん。学校で無視するのは違うって私、佐迫さんに言うから」


「いえ。只野さん。これ以上わたくしに関わっては駄目ですわ。城さんのように標的とされてしまいますもの」


「そうだ! 佐迫ちゃん、城くんまで無視するって言ってたけど、どうしてだろう?」


「それは城さんがわたくしを味方したからですわ。ですから、このままでは只野さんも……」


「え? 城くんが? へー……城くん。もしかして加志摩ちゃんのことを?」


何を想像してか顔を赤らめる只野さん。


「よし! じゃあ今から城くんの様子を見にいこう。学校を休んでいるっていうけど、確かクラスの連絡網だと城くんの家はこの近くだから」


「そうなのですわ? ですが、この子たちどうしますわ……」


そう言う加志摩さんの手には子犬が3匹入りのダンボール箱。


「わんわん」


カラスの脅威から守ってくれた加志摩さんを親だと思っているのか。わんわん嬉し気に尻尾を振り甘えていた。


今さら子犬3匹を見捨てる気になれない加志摩さんだが、学校を休んでいる城のことが気になるのも確かである。もしかして自分のように佐迫さんから嫌がらせを受けているのではないかと。


「うん。この子たちも一緒に連れて行こう。それで後で私たちで里親を見つけてあげよう」


「そうですわね。分かりましたわ」

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