第72話 「あ。この家だ。城って表札がある」

城の自宅を探して2人。子犬の入ったダンボール箱を抱え住宅街を歩く加志摩さんと只野さん。


「あ。この家だ。城って表札がある」


「これが城さんの自宅……ですが、まるでウサギ小屋ですわよ?」


すでに築50年は経過したであろう雰囲気ある小さな自宅。


「もう。誰も彼もが加志摩ちゃんみたいに大きな家に住んでるわけじゃないんだから」


只野さんが玄関のインタホーンを押すが、反応はない。


「学校には風邪で休むって連絡だから自宅に居るはずなんだけどなあ?」


試しにドアノブを引く只野さんの手に、するりとドアが開いていた。


「あれ? 鍵が開いてる。どうしたんだろ? 不用心だなあ。ごめんくださーい」


「ちょ、ちょっと? 只野さん?」


静止する間もなくドアを開けて自宅に入り込む只野さん。


「いくらウサギ小屋だからといって勝手に上がり込むのは……」


「あ。加志摩ちゃん。靴は脱がないと駄目だから」


「あ、はいですわ」


勢いあまって思わず土足で上がり込む加志摩さん。しゃがみ靴を脱いで玄関に並べるその隙に。


「わんわん」


ダンボール箱を抜け出す子犬が1匹。わんわん駆け出していた。


「あ! こら、駄目ですわよ!」

「お邪魔します」


子犬を追って自宅の奥に進む2人。


「わんわん」

「あれ? 何だろう?」


1枚のドアの前で何やら吠える子犬の姿に、ドアを開けようと手を伸ばす只野さん。


「ちょ、ちょっと。只野さん?」

「これだけ吠えるんだから、もしかして城くんが風邪で倒れてるかも?」


ガチャリ。表に「イモの部屋」と書かれたドアを開け放つ。


途端に部屋を溢れる魔素。2人の身体に感じるのはダンジョンの気配。


「え?! これって……」

「どういうことですわ? どうしてこのような場所にダンジョンが!?」

「わんわん」


少女のものと思しき装飾の飾られた部屋。その中央、床に開いた大穴からダンジョンにあるのと同じ魔素が。そして黒い霧が溢れ出していた。


「きゃいんきゃいん……」

「あら? どうしたのですわ?」


足下を駆けまわる子犬だが、部屋を漂う黒い霧を吸い込んだ途端、苦し気な鳴き声で地面に倒れ込む。


「これ……この足下に漂う黒い霧……これは毒ですわよ!」


城が自宅ダンジョン全域にばら撒く暗黒の霧。それがダンジョン地下1階を溢れイモの部屋にまで漏れ出していた。


無論、漏れ出すといっても極わずか。足下をうっすら漂う程度の霧であるが、生後間もない子犬にとっては生命に関わる毒そのもの。


「大変ですわ。早く病院へ……」


倒れた子犬を抱き上げダンボール箱に戻す加志摩さん。そのまま急いで部屋を出ようとするが、途端に足を絡ませ転倒。ダンボール箱に入れた子犬3匹を床へこぼれ落としていた。


「あれ? 加志摩ちゃん。どうしたの?」


「あ、足が麻痺して……あばばばー!? あっちょんぷりけー??」


中空を見つめ意味不明な言葉を発し続ける加志摩さん。


「麻痺? それに混乱してる? 毒だけじゃない。黒い霧には状態異常の効果もあるってこと?」


奴隷ジョブである加志摩さん。最弱ジョブだけあってそのステータスは子犬に匹敵するほど低く、足下に漂う暗黒の霧で状態異常を発症していた。


「この部屋。ダンジョンだからDジョブが影響する。私は強化魔導士(SR)で魔法ステータスが高いから平気なんだ」


とにかくこうなっては動けるのは只野さんただ1人。


「私たちを守って。強化魔法プロテクトベール」


子犬を含めた全員に状態異常耐性を上げる強化魔法をかけると、子犬の入ったダンボール箱を拾い上げる。最後に倒れる加志摩さんを引きずり部屋を出ようと動き出す。


「でも部屋を出てどうしよう? 混乱する加志摩ちゃんは放っておけば治るだろうけど……毒の回る子犬を何とかしないと死んじゃう」


病院に行ったとしても毒の成分を調べたその後、毒に見合った血清剤を打つわけで、それまで子犬が保つとは思えない。


今すぐ子犬を治療するのに最も効果的なのが、治療魔法。


Dジョブのもたらす奇跡の力。治療魔法があるなら検査の必要なく一発で毒を浄化できるが……そのためには治療魔法使いの居る場所。品川ダンジョンまで行かなければならない。今から電車に乗ったとして間に合うのだろうか?


そんなことを考えながらも加志摩さんを引きずる只野さんの前。


「クルッポー!」


床に開いた穴から1羽のハトが室内に飛び出していた。


「え? ハト? なんでこんな室内にハトがいるの?!」


バサバサ。室内を飛び回る1羽のハトは、混乱する加志摩さんとダンボール箱の中でグッタリする子犬を眺めると、大きな声を上げて鳴き始める。


「クルッポー!」


合図を受けてか続いてもう1羽、今度は白色のハトが床の穴を飛び出すと加志摩さんの頭上で大きく羽ばたきを始める。


翼をバサバサ。白ハトを舞い落ちるのは羽にも似た白い光。


「え? これって治療魔法? もしかして白ハトちゃん。私たちを助けようとしてるの?」


加志摩さんや子犬に白い光が降り積もると同時、奇声を上げる加志摩さんは静かに黙り込み、苦し気だった子犬たちの顔は穏やかなものへと変わっていく。


「あばばば……はっ?! わたくしはいったい何を……?」

「加志摩ちゃん。良かった」


安堵する只野さんの背後。ダンジョンの穴を登り1人の男が顔を出す。


「やれやれ。いったい誰が泥棒に入ったかと思えば加志摩さんに只野さん。出来れば来訪の前にメッセージを貰いたいものだがな?」


本日、加志摩さん只野さんが来訪した目的の人物。城の姿があった。



今より少し前。


俺は自宅ダンジョンに展開する暗黒の霧に、モンスターではない。人間と小動物が侵入する感覚を感知した。


感知したのはイモの部屋。侵入者は2人であるのだから母ではない。


ならば泥棒かとも思えたが、暗黒の霧をとおして感じる侵入者の体格は女性。線の細さからまだ女子高生だろう。さらには地面の小動物を助けようとするその動き。


どうやらこの2人。泥棒ではないように思える。


となれば、ここ日本は法治国家なのだから安易に殺しては殺人罪。暗黒の霧に巻かれ毒を受ける人間1人と小動物3匹。このまま放置しては死亡するとあっては俺は自宅ダンジョンを漂う暗黒の霧を一時解除する。


「イモの部屋に侵入者だ。白姫様は俺と一緒に。ハトサブローは先に行って様子を見てくれるか?」


LVの上昇によりハト頭に成長の見られるハトサブロー。クルッポーと威勢の良い返事と共に翼をはためかせると、霧の晴れたダンジョンを飛んで先行する。


スピード対応の求められる今、俺が走るよりハトの飛ぶ方がよほど早い。


無論、侵入者が本物の泥棒であった場合、反撃を受けることも考えられるが……


その場合もハトサブローはただのハト。白姫様さえ無事なら治療が可能である上、最悪、害された場合も公園にいけば代わりのハトは見つかるというわけで。俺は白姫様を抱き上げイモの部屋を目指して走り続く。


道中。ハトサブローの鳴き声を聞いた白姫様が俺の腕を飛び出る急発進。ハト同士、何らかの意思疎通があったのだろうが、おかげで治療魔法が間に合ったというわけだ。

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