第84話 早速ですが奥さん。ダンジョンまで案内して貰えますか?
5月14日(火)
東京近郊。某県ベッドタウンの一軒家にダンジョン協会のジャケットを来た職員が複数、そのドアをノックする。
「失礼。我々は日本ダンジョン協会、調査部の者だが……」
「あらまあ。お待ちしてましたわあ」
ドアを開けて相対する女性は資料によれば城 美代子(38歳)。大学生の頃に行きつけのホストクラブのナンバー1ホストと出来婚。男子と女子、2人の子供を授かり現在はデパートに勤務するという。
「早速ですが奥さん。ダンジョンまで案内して貰えますか?」
「はい。どうぞこちらです」
前を歩く美代子夫人に続き玄関へと上がり込む調査部一同。
本来この城家には元ホストの父親がいるはずだが、ヤクザとのトラブルから顔を負傷。ホストを引退してパチンコ打ちとなるが、1年前に突如姿を消して以降、現在も行方不明のままとなっていた。
「多分だがこの元ホストさん。行方不明の原因はダンジョンにあるかもしれんな……」
「ありえますね。新潟ダンジョンが出来た時も、田んぼの様子を見に行った農民が数人、迷い込んで犠牲になりましたから」
前を歩く美代子夫人に聞こえないよう小声で会話する調査員。下手すれば父親の遺体がゾンビとして活動している可能性もあるだろう。
「この部屋です」
案内された先には1枚のドア。先に外観調査した調査員の仕事だろう黄色のCautionテープで封印されていた。いい加減な仕事をしたのか、貼りの甘いCautionテープを剥がしてドアを開けた室内、モワリ漏れ出す空気は間違いなく魔素である。
「ありがとうございます。この先は我々が調査します。危険ですので奥さんは決して近づかないように。今日、息子さんと娘さんは?」
「あら。今日は平日。2人とも学校ですわよ」
「そうか。それなら大丈夫か。2人が帰られたら、あらためて近づかないよう伝えてください。それでは調査に取り掛かります」
美代子の立ち去る室内。調査用気密スーツを着込みヘルメットを被る調査員メンバー。装備を確認した後、梯子を降りてダンジョンへ突入する。
「ここが地下1階か……だが、暗いな……」
「これは……ダンジョン内に霧が出ているのか?」
「しかも霧の色は黒色。自然の霧ではありません」
梯子を降りた先に広がるのは黒の霧に閉ざされた一面の暗闇。
一般的にダンジョンの天井は謎の光を発しており、ライトや松明といった特別な光源がなくとも明かりに困らないものだが、この自宅ダンジョンはまるで別物。周囲を漂う暗黒の霧に光を遮られ、ダンジョン内は夜も同然に真っ暗な空間となっていた。
「こりゃあ以前に調査した阿蘇山ダンジョンに似てるな……」
「確かに。あの時も火山ガスが充満して薄暗かったからな」
「オークションでも落札者の現れなかったあの不人気ダンジョンか……」
ヘルメットのライトを点灯するが、発する光は周囲の霧に遮られ先は見通せない。
「阿蘇山ダンジョンの火山ガスは毒性を含んでいたが、ここはどうだ?」
「待ってください。今、計測していますが……」
ピコピコ。調査隊の持つ計器が周囲の大気を分析。その結果が表示される。
「これは……毒です!! この霧、ただの霧ではありません。魔力を帯びた毒が含まれています!」
数値から、もしも成人男性が霧に触れたなら5分と経たずに死亡するだけの強烈な毒性。
「……そうか」
「しかもこの毒。火山ガスとは異なり、皮膚に触れるだけで感染します」
「ガスマスクだけでは防げない。ダンジョンを探索するのに毎回、全身を防護する気密スーツが必要になるか……」
さらには火山ガスと異なり魔力を帯びた毒。普通の病院では治療できず、仮に感染したなら治療魔法でなければ解毒はできない。
「阿蘇山ダンジョン以上に厄介なダンジョンというわけだ……」
無論、Dジョブを獲得。LVを上げてHPや状態異常耐性を高めるなら、毒に触れたとしても5分で死ぬことはない。くわえて治療魔法使いをパーティメンバーとするなら探索も可能となるだろうが……
「そこまでして探索するだけの価値あるダンジョンなのかどうか……」
「後はどのようなモンスターが出現するかですね」
「ああ。先へ進んでみようじゃないか」
ヘッドライトがあってなお視界の悪い暗黒の霧の中。隊列を組み前進する調査隊の前方から、地面をはい回るカサカサ音が聞こえていた。
「待て! 前方、霧でまだ姿は見えないが何か蠢く音がする」
「よし。Dジョブ盾戦士(SR)の俺が前にでる」
「気密スーツを破られないよう注意しろよ? 治療魔法使いはいつでも治療できるよう後方で待機を」
「はい」
いよいよ近づくカサカサ音。ヘッドライトの光に映るのは地面を黒一色に染め上げるモンスターの姿。
「ゴ、ゴキブリ獣だ!」
「しかもこの数。床だけじゃない。壁にも天井にも張り付いているぞ!」
ダンジョン低層で出現することの多いモンスターがゴキブリ獣。
「だとしてもこの数。異常だぞ!」
「う、うっぷ……キモすぎて……」
「気密スーツ内では吐くなよ? 我慢しろ」
本能からか嫌悪感を抱かせるその外見。しかも外見だけではない。ゴキブリ獣は低層で出現するモンスターの中では最も脅威度の高い危険なモンスター。
幸いにも出現数が少なく好戦的ではないことから、見かけたなら戦わずスルーするのが吉とされているが……
「こいつら!? 襲って来るぞ!」
「くっ。どういうことだ?! 応戦しろ!」
カサカサ床を走り天井を走り、さらには羽ばたき空中を飛び襲い来るゴキブリ獣の群れ。
「俺の魔法で焼き払う。ファイアー・ウエーブ」
それでも相対する調査チームは、ダンジョン調査を任されるだけのベテラン探索者。チームワーク良くゴキブリ獣と戦うその最中、まだ戦闘に参加していない。無傷であるはずのゴキブリ獣が数匹、突如、死亡する姿を目撃する。
「これは……ゴキブリ獣たちが毒の霧で死んでいるのか?」
「そうか! ゴキブリ獣たちが好戦的なその理由。毒に侵され暴走しているのが原因だ!」
「それで普段より狂暴ってわけか。そらよっ!」
視界の悪い中、ゴキブリ獣を殲滅していくその最中。
ズバーン
「ぐわー!?」
後方で控える治療魔法使い(SR)が悲鳴を上げる。
「何だ! どうした?」
「背後から襲われたか? 何のモンスターだ?」
「分からん……早くてよく見えなかったが、ゴキブリ獣じゃない。何か動物のようなモンスターに足を切られた」
足下を押さえてうずくまる治療魔法使い。その足元。気密スーツがスッパリ切り裂かれていた。
「マズイな。毒の霧に触れたか。修理工ジョブの者! 気密スーツの修理を!」
何があるか分からない未知のダンジョン調査。生産ジョブのメンバーも同行させていたおかげで、破れた気密スーツの修理が完了する。
「すまん。助かった。後の傷は自分で治療するよ」
そう言って自分の足に手を当て毒を浄化。治療魔法を唱えるが。
「治療魔法で傷が治らない?! ……これはHPが回復しなくなるという状態異常「呪い」か!」
慌てて浄化魔法で「呪い」を解除。その後に治療魔法でHPを回復する。
「注意してくれ! この霧。ただ毒を含むだけじゃない。同時に状態異常も引き起こすようだ!」
治療魔法使いの警告と同時。
「にゃん」「にゃー」「なー」
ズバズバズバーン
「ぎゃー」「ぐわー」「ひぎー」
続けて上がる悲鳴は前線で戦う剣士長(SR)、盾戦士(SR)、盗賊戦士(SR)のもの。
「何だ!? まさかSRジョブを持つベテラン調査員のお前たちが、ゴキブリ獣を相手にドジを踏んだのか?」
「いや……ゴキブリ獣じゃねえ! 治療魔法使いの時と同じ!」
「何か小動物に似たモンスターが突然、霧の中から……くそっ!足をやられた!」
「あばばば。あっちょんぶりけー」
言われてみればゴキブリ獣ではない。彼らが攻撃を受ける瞬間、何か動物の鳴き声が聞こえた気がする。
通路に膝をつく盾戦士の足首。気密スーツが切り裂かれ、骨まで露出する重症。足を切断されなかっただけ幸運だったというべきか。
「ひっ?! 防御力に優れる盾戦士の足を一撃で……」
「しかもどこから攻撃を受けたかまるで分からない」
「もしも我ら魔法使いが奇襲を受けては……ぶるぶる」
前衛の戦士たちがあっさり負傷したことで明らかな同様を見せる調査チームの面々。
「とにかく修理工は機密スーツを。治療魔法使いは足を治療してやってくれ」
だが、修理と治療が終わったところで、このまま前進して良いものか?
暗く視界の効かない地下通路に蠢く無数のゴキブリ獣だけでも厄介なところ、霧の中、どこからともなく突如襲い来る未知の動物型モンスター。
さらには触れるだけで毒と状態異常を受けるという黒い霧。狂ったように笑い続ける盗賊戦士のあの様子から、混乱や放心といった複数の状態異常を同時に与えるのだろう。
状態異常を1つ回復する毎にMPは余分に必要となり、複数の状態異常を回復するなら複数回分のMPが必要。いくら修理、治療できるからといってMPは無限ではなく、とてもMPが持つとは思えない。
「これ以上は無理だな。全員、引き上げ……」
「待ってくれや!」
隊長が撤退の指示を下そうとする寸前、大声を上げて待ったをかける隊員が1人。
「お前は……我がダンジョン協会 調査隊の者ではないな? 確か受付チーフの推薦で民間から参加した……」
「オレはダンジョン調査会社ワルシャワ(株)のヴィクトロビチや。オレの同意なしに調査は中断できへんで?」
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