第43話 その鍵を握るのがジョブである。

危惧する俺の前でハンナさんは細長いケースを開くと、中から黒光りする物体を取り出した。


あれは……まさか……銃か?!


いや……ここは日本で銃刀法違反だぞ? しかも拳銃などのチャチなものではない。FPSゲームなどでよく見る小銃。いわゆる軍用アサルトライフル。


「向かって来る集団はアタシが相手するわ。パパとアンタは目の前のゲートを頼むわよ」


ハンナさんは両手で小銃を構えると、おそらくは安全装置だろう、レバーを動かした。


「アンタたちも! 射線からどきなさい。当たっても知らないわよ!」


ゴブリン軍団を追いかけようと戦う探索者に警告すると同時、迫り来るゴブリン軍団に向けてハンナさんは引き金を引いた。


タンタンターン


3点バースト。続けて発射される3発の銃弾がゴブリン獣を貫通、煙へ変えていた。


未知の存在。モンスターに対しても銃火器は有効である。


だからこそ軍隊が探索の主力を担い、モンスター養殖場などダンジョン内に多数の兵器が配置されるわけだが……それはあくまで低階層の話。


100パーセント有効かと言われると、そういうわけでもない。


モンスターなど魔力を持つ者は、魔力を含まない攻撃。いわゆる銃や爆弾といった現代兵器に反応して、自動的にバリアを形成する。


それが俗に言う魔力バリア。


魔力バリアの強度は、文字どおり魔力により決定される。

魔力とは魔法やスキルを使う力。モンスターをモンスターたらしめる根源の力で、要は強いモンスターほど魔力バリアも強固となり、現代兵器が通用しづらっくなっていく。


スライム獣には通用する拳銃が、ウシ獣、ゴブリン獣と階層を降りるにつれ通用しなくなる。さらにはこの先深層へ進むなら、いずれ現代兵器の全てが通用しなくなるのではないかと言われているが……


タンタンターン


再びの銃声により押し寄せるゴブリン獣が次々と倒れ伏していく様は、まるでバンザイアタック。


圧倒的火力。深層では通用しないと言われる小銃だが、ゴブリン獣程度であれば相手にならないというわけだ。


現在、探索者ランキングの上位を占めるのが米国というのも納得のその威力。日本の探索者が苦戦する地下3階、米国市民が小銃1丁持ったその日から戦えるのだから流石は銃としか言いようがない。


タンタンターン


響き渡る銃声に尻込みを見せるゴブリン獣とは裏腹に、ゴブリン獣チーフの足は止まらない。銃を恐れもせず、逆に撃ってみろといわんばかりにハンナさんを目指して突き進む。


強いモンスターほど魔力バリアも強固になるというが、攻略読本にある雑学コーナーにも、ゴブリン獣チーフは複数の小銃による一斉射でなければ倒せないとあった。


ハンナさんに迫るゴブリン獣チーフは5匹。

対するハンナさんは1人で小銃は1つ。

なるほど……やはり俺の出番というわけだ。


「アメフト親父さん。しばらくこの場をお願いします」


「ホ、ホワーイ?!」


目の前のモンスターゲートを暗黒の霧で囲い込んだ今、湧き出るモンスターは全てデバフ状態。アメフト親父1人でもしばらくは持つだろう。


ゲートに背を向けて、俺はハンナさんに迫るゴブリン獣チーフ5匹に向き直る。


現代兵器が通用しないであろう深層のモンスターに対して、今後、人類はどう対抗するか?


その鍵を握るのがジョブである。


モンスターは銃火器といった魔力を含まない攻撃に対して、自動的に魔力バリアを形成する。つまりは魔力を帯びた攻撃であれば、魔力バリアは形成されず、有効打となる。


魔力とは、ジョブによって得られる超常能力。

魔力を帯びた攻撃とは、スキルや魔法といった力。そしてジョブを得た者が手にする武器。剣、槍、弓矢などにはジョブの魔力が乗り移り、魔力バリアを無効とする。


それが軍隊がジョブを求めてダンジョンに潜る理由であり、民間人である探索者がダンジョンで戦える理由である。


間近に迫るゴブリン獣チーフを狙い俺は左手を向けた。


剣などと同じく手に持つ武器であるが、銃火器に魔力は乗り移らない。


これは弾丸を発射する行為は、あくまで火薬の爆発による科学反応であって人力が介さないためではないか? などと言われているが詳細は今も研究中、不明となる。


まあ俺は銃火器で戦うわけではないのだから、小難しい理屈はどうでもよい。


分かることは、ハンナさんの持つ小銃1丁ではゴブリン獣チーフの魔力バリアを貫くのは難しく、5匹を同時に相手取ることは不可能であること。


ならば、貫けるようにすれば良い。


魔力バリアの強度は、相手の魔力に比例する。

魔力の減少はそのまま魔力バリアの強度低下。

魔力とは魔法攻撃力+魔法防御力+現在MP。


俺の暗黒の霧のデバフ効果には、魔法攻撃力と魔法防御力を下げる全能力減少。


そしてMP減少、MP蒸発がある。いわゆるDOTダメージに属する状態異常魔法で、時間の経過とともに相手のMPをジワジワ減らしていく。


MP減少、MP蒸発ともに効果は同じだが、属性違いというか、水増しというか……まあ2つともかかれば2重にお得というわけで。


とにかく。俺のデバフ魔法でゴブリン獣チーフの魔力を減らせば魔力バリアも脆くなり、ハンナさんの小銃で貫ける。


そういうことであれば……


「やるか。暗黒の……」


タンタンターン


俺が暗黒の霧を発動するより早く。ハンナさんの小銃がゴブリン獣チーフを狙い撃った。


「ホブ?! ホブゴブギャー!」


一瞬、驚愕の表情を浮かべたゴブリン獣チーフは額から血を噴き出し地面に倒れていく。


……? 魔力バリアをあっさり抜いた……?


ゴブリン獣チーフを撃ち倒したハンナさんは、続けて別のゴブリン獣チーフに小銃を発砲する。


タンタンターン


「ホブゴブギャー!」

「ホブゴブギャー!」


ハンナさんの撃ちだす弾丸はゴブリン獣チーフを次々撃ち抜いていく。


攻略読本……ゴブリン獣チーフは魔力が高いのではなかったのか……? ま、まあ国内向けの攻略読本。銃に関する描写は適当なのだろう。


次々と地面に倒れるゴブリン獣やホブゴブリン獣の身体が煙に変わり、ハンナさん。そしてパーティを組む俺たちの身体に吸い込まれていくが……


いや……やはりおかしい!


倒れたモンスターは魔素の煙となり倒した者の経験値となる。

それに間違いはないのだが……銃火器をはじめとした現代兵器はまた別である。


銃火器などを使ってモンスターを退治した場合、人ではなく機械が倒したと見なされるのか、経験値は誰にも還元されることなく大気へ還る。


そのため、軍隊では銃火器で弱らせた後、止めは人の手で直接下すのがセオリーと書いてあったが……


ハンナさんが撃ち抜いたモンスターの身体は煙となり、俺たちの身体に吸い込まれていく。


まさかこれも攻略読本の間違いか?


いや……人が直接自分の手で倒さなければ経験値とならないのはジョブを習得するための手順であり、探索者講習でも習う基本中の基本。間違いはありえない。


「今のボーイは疑問でしょうが、まずはミーをヘルプするでしょう!」


背後を振り返れば、ゲートを湧き出すゴブリン獣にアメリカンヘルメットを掴まれ必死のアメフト親父。いくらデバフで弱らせているとはいえ、ゴブリン獣の数が多すぎたようだ。


動けないアメフト親父に向けて、続けてゲートを出て来たゴブリン獣チーフがこん棒を振り上げる。


ハンナさんは周囲から押し寄せるゴブリン軍団の相手で手一杯となれば……


やれやれ。俺の暗黒魔導士の力。美少女を助けるならともかく、なぜに親父ばかり……


俺はアメフト親父に迫るゴブリン獣チーフの前に立ちはだかった。

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