第44話 美少女を助けるならともかく、なぜに親父ばかり……

動けないアメフト親父に向けて、棍棒を振り上げるゴブリン獣チーフの姿。


やれやれ……美少女を助けるならともかく、なぜに親父ばかり……


とっさに俺はアメフト親父の前に立ちはだかる。丁度ハンナさんの援護をしようと暗黒の霧を発動するべく魔力を込めたままの左腕。


振り下ろされる棍棒にあわせて、俺はそのまま力任せにゴブリン獣チーフを殴りつけた。


ドカーン ポカリ


同時に響く2つの打撃音。


棍棒に打たれた俺の身体は宙を吹き飛び。

俺の左拳がゴブリン獣チーフの胸を打つ。


ゴブリン獣チーフを相手にクロスカウンターなどの高等技術が使えるはずもなく、何とか相打ちに持ち込むのが精一杯。


だが……相打ちではない。


筋肉ムキムキのゴブリン獣チーフが放つ棍棒の一撃は、トラックが追突するにも匹敵する衝撃。


余計な脂肪の存在しないモデル体型である俺がまともに受けたのでは、全身打撲の複雑骨折は間違いない。


それに対して、荒事とは無縁の善良な一般人であるこの俺の拳は、腰の入らないへっぽこパンチ。


筋肉の鎧に守られたゴブリン獣チーフを殴りつけたとて、自分の拳を痛めるだけ。ゴブリン獣チーフは全くの無傷である。


ニヤリ。笑みを浮かべるゴブリン獣チーフ。

地面に吹き飛び倒れ動かない俺に止めを差すべく近づこうとする───その時。


「ホブゴブッ?!」


ゴブリン獣チーフは自分の右足が、ピクリとも動かないことに気がついた。


やれやれ……だから相打ちではないと言っただろうに。


デバフ発動:ゴブリン獣チーフは麻痺。


モンスターゲートを出る際、暗黒の霧によるデバフはレジストしたのだろうが、貴様に打ち付けた左拳。


暗黒の魔力をまとう暗黒打撃は、相手の体内に直接デバフを叩きこむ暗黒魔導士最大の大技。近接戦闘を苦手とする魔導士が直接に近寄るリスクを冒さねばならないだけあって、状態異常の成功率は格段に高くなる。


麻痺でピクピク痙攣するゴブリン獣チーフの目の前で。ムクリ。俺はその場に起き上がる。


棍棒に打たれた俺の身体。包丁を持つ右腕をグルリ回してみる。痛いには痛いが、そのどこにも骨折はない。


EXスキルがプリンボディとゴムボディ。

ただお肌がスベスベになるだけではない。弾力を持つその身体は受けた衝撃を吸収、やわらげる。


包丁を手に近寄る俺の姿にゴブリン獣チーフの笑みは恐怖に変わり、ついには目を閉じその恐怖すら感じなくなっていた。


デバフ発動:ゴブリン獣チーフは恐怖

デバフ発動:ゴブリン獣チーフは睡眠


眠りこけ床に崩れ落ちるゴブリン獣チーフ。

その身体に、心臓に向けて俺は力の限り包丁を突き刺した。


カキーン


?! 固い。


筋肉ムキムキのゴブリン獣チーフ。

フルデバフが入っているにも、その鉄のような筋肉に阻まれ包丁が奥まで刺さらない。


いくら俺のLVが21といっても所詮は後衛の魔法系ジョブ。肉体能力への補正は低く、ゴブリン獣チーフの防御を貫くだけのパワーはないか……


いや……パワーならある。


「ンモー!」


黄金ウシ獣の肉を食べて得たEXスキル。牛パワーを全開。


ズドスッ


力の限り突き刺す包丁は、ゴブリン獣チーフの筋肉を突き抜け心臓へ到達する。


「ホブゴブギャー!」


黄金肉によるEXスキル……やはりこれは凄い代物である。


「フー。先ほどのボーイの疑問。ヒントは華のジョブにあるでしょう」


ゴブリン獣を振りほどき、何事もなかったようにアメリカンヘルメットを被り直したアメフト親父が話を続けるが……それはもうヒントではなく答えである。


ハンナさんは銃弾に魔力を付与するジョブを有している。


魔力を付与した銃弾なら、魔力バリアを無効化できる。

魔力を付与した銃弾なら、倒したモンスターから経験値を得られる。


だとするならSSRエスエスレアどころのジョブではない。


攻略読本にも記載のない未知のURユニークレア


何故なら銃は剣よりも強く弓よりも強い現代の主力武器。探索者が剣や弓を使うのは、魔力バリアで銃が防がれるための苦肉の策。銃刀法に違反しないなら。魔力バリアの影響なく銃が使えるなら、誰もが銃を使い戦いたいのが本音である。


なるほど。地下3階。ゴブリン獣と戦うにも余裕のはずである。小銃を撃つより、いっそ戦車にでも乗れば良いものを。


「ノンノン。華のジョブが有効なのは手に持つ銃火器だけでしょう。もちろんLVの上がる将来はアイドントノウですが」


すでに試していたか。戦車が駄目なのは残念だが、対戦車バズーカや火炎放射器には効果があるというわけだ。


タンタンターン


「ゴブギャー!」

「ホブゴブギャー!」


ゴブリン獣チーフの悲鳴を最後に、俺たちを包囲殲滅しようとしていたゴブリン軍団は全滅。目の前のモンスターゲートもまたゴブリン獣の排出を停止、沈黙する。


「お、おう……お前らすげーな」

「40匹近くのゴブリンとチーフを……マジぱねえ」

「つーか……なんで銃なんて持ってんの?」

「銃……アメフト……金髪……外国人?」

「あれ? 外国人って入れないんじゃ?」

「だれよ? どっかの軍隊? ダンジョン協会の関係者?」

「いや。それより……助けてくれてありがとうございました!」

「あざーす」


俺たちを助けようとゴブリン獣たちと戦う他パーティの探索者たちだが、逆にホブゴブリン獣の猛攻に押され、結局、最後はハンナさんが銃で助ける結果となっていた。


それぞれハンナさんに礼を述べたその後、当然だが、銃についての疑問を口にする。


疑問は俺も同じ。日本では所持が禁止されており、当然、ダンジョンでも使用は禁止となる銃。俺も実物を見るのは初めてとなる。


「オウ! ソーリー。ミーたちは怪しい者じゃありませんでしょう」


そもそも日本語からして怪しいが……外国人だから仕方ない。


「ミーはオリジンアイランドの大使でしょう。外交官特権として日本国とダンジョン協会の許可がOKでーす」


アメフト親父は懐から何らかの書面を出して見せる。


てっきり米国の探索者と思ったのだが……そのアメフト衣装は何なのか? 俺は落ちた魔石を拾い集めながら聞き耳を立てる。


「大使ってあの大使だよね? 何でそんな偉いお人が?」

「つーかオリジンアイランドってどこよ?」

「知らん」


「ノウ……我が国の知名度はいまいちでしょう……」


すまないが俺も知らない。


「オリジンアイランドは、北方領土は千島列島の東に浮かぶ島国でしょう」


「あー。あそこか」

「第二次大戦中は日本の領土だったとこか」

「終戦と同時に国として独立したんやったか」


「待って。最近のニュースで聞いた覚えがある。確かダンジョン関係の入札がどうとか……あれってオリジンアイランドじゃなかったっけ?」


「ああ! 日本がダンジョンを含めた魔力インフラ整備を受注したってやつか」


魔力インフラ整備とは電気、ガス、水道のライフラインを魔力施設へ変更することをいう。


魔石を利用しての魔力発電所。魔石からガスを抽出する魔力ガス精製所。ろ過装置に魔石を利用する魔力浄水場。


これら魔力施設とダンジョンを直結。ダンジョンから採掘した魔石を利用することで、環境に優しい22世紀の未来都市とする整備である。


「イエース。我がオリジンアイランドへの支援に感謝でしょう。本日はその視察でーす」


その関係で品川ダンジョンに来ていたのか。だとしても大使が娘を連れただけで危険なダンジョンを視察するとは。


「パパ……そろそろ」


「イエス。みなさんサンキューでした。残ったモンスタードロップはみなさんへの感謝のお土産でしょう」


アメフト親父とハンナさんは魔石を拾わないまま広場を後にする。といっても2人が話している間に、俺が半分近く拾ってしまっているが……


「すみません。ありがとうございました。失礼します」


探索者に礼を述べた後、俺も置いて行かれないよう2人の後に続いた。


帰る道中。先頭を進むハンナさんは小銃を手に現れるゴブリン獣を全て始末していく。


……俺がタンク役を務めるという話はなんだったのか?


「アタシは12の頃からダンジョンに潜ってるもの。この程度どうってことないわ」


ダンジョンの出現からまだ3年。ということは14か15か? 大人びて見えるが俺より年下だったようだ。


「ソーリー。ボーイと親睦を深めたかっただけでしょう」


それこそが謎である。オリジンアイランドの大使ともあろうお方が、一介の探索者でしかない俺と親睦を深める意味はあるのだろうか?


「それはボーイのジョブに大きな輝きを見たからでしょう」


ますます意味不明であるが、ヤクでも決めているのだろうか? オリジンアイランドではどうか知らないが、日本でヤクは違反である。


「はあ……言ったでしょ? パパは戦闘系のジョブじゃないって」


戦闘系ではないジョブ。怪我を癒す治療系、武器防具を加工作成する生産系。他にはアイテムを保管、輸送するインフラ系などが存在するが……


そういえばアメフト親父が品川ダンジョンを訪れた目的は、日本のダンジョンの視察だったか。


まさか……交渉や偵察に優れた能力を持つという、諜報系ジョブの持ち主か?!

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