第42話 俺は死ぬつもりもなければ万歳するつもりもない。
暗黒の空気が渦巻くモンスターゲートは、その名の通りモンスターの湧き出す門である。同時に、触れた者を吸い込む危険な門であり、ゲート内部に吸い込まれ戻って来た者は誰もいないという。
そんなモンスターゲートの渦に俺の左手が触れていた。
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─暗黒門LV40:品川ダンジョン地下3階その5
─現在のステータス:暴走モードで運転中
─対象数:20(ゴブリン獣19、ゴブリン獣チーフ1)
─転送完了まで:あと5秒
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なんだ? 頭に浮かぶこの情報……
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─エラー:暗黒門LV40の操作には暗黒熟練が不足しています
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エラー音とともに俺の左手は渦から弾かれていた。
暗黒門? 暗黒熟練が不足?
確かにLV20で暗黒熟練というスキルを覚えたが……暗黒スキルの消費MPが減るだけではないのか?
「ボーイ。こちらへ来るでしょう」
わずかに呆ける俺をアメフト親父が引き寄せる。
っと。そうだ。まずは今の危機を乗り越えなければならない。
「みんなー! 中央の彼らを援護するぞー!」
「おー。君たちなんとか耐えてくれ!」
「まずは目の前のゴブリンを片付けよう!」
「がんばれ! 片付けたらすぐ向かうからな」
さすがは地下3階で戦う探索者たち。俺たちを助けるべく声を上げ、目の前のゴブリン獣を退治していく。
探索者の絆が身に染みるというもの……ありがたい。窮地ではあるが、彼ら他パーティと合流できれば活路はある。
ゴブリン軍団が俺たちを包囲するその前。ゴブリン軍団の一角を突破し、他パーティと合流する。そうなれば立場は逆転。後は中央に集まったゴブリン軍団を、逆に俺たちが包囲殲滅すれば良い。
「つまりは包囲殲滅陣返し」
「はあ。でも間に合わないわよ?」
「イエース。もう目の前から出て来るでしょう」
目の前のゲートの光はますます強くなり、今にも暴走。大量のゴブリン獣が湧き出すその兆候。
マズイな……他パーティと合流を図ろうにも、今うかつに動いては湧き出るゴブリン獣に背後に取り付かれる。
包囲殲滅陣返しを決めるには、誰かがここで囮となって湧き出るゴブリン獣を引きつけ抑える必要があるというわけで……
やれやれではあるが。
「俺がこの場で敵を引きつける。2人は手薄な箇所を突破して他の探索者と合流してくれ」
敵を引き付ける。となればタンク役である俺の出番。
何せタンク役として同行するその代わり、ドロップ品は全て俺の物とするその契約。いいとこ取りだけして、放り逃げ出すわけにもいかない。
何より今のこの窮地。包囲されかねない広場中央ゲートに貼りついた俺の失態。
「ふーん……アンタ死ぬつもり?」
「オウ! ミーは知ってます。バンザイ・アタックでしょう!」
奇妙な物を見るかのような目で俺を見つめるハンナさん。
うきうきとした輝く目で俺を見つめるアメフト親父。
「いや。俺は死ぬつもりもなければ万歳するつもりもない」
俺がイモを残して死ぬはずがなく、俺は活路があるから残るのである。
何といっても俺はSSRにして総合評価9.5点。地下3階の推奨LV10をはるかに超えるLV21の暗黒魔導士。
「ゴブー!」
ついには目の前のモンスターゲートを飛び出るゴブリン獣。
「発動。暗黒の霧。門から生まれ来る者どもに闇の枷を与えたまえ」
俺は周囲に漏れ聞こえないよう小声でスキルを発動。目の前のモンスターゲートを暗黒の霧で囲い込むと同時。
デバフ発動:ゴブリン獣は防御力減少
ズバーン
ゲートを飛び出たゴブリン獣を斬り裂き一刀の下に消滅させる。
モンスターゲートを覆い囲む暗黒の霧により、今後、このゲートを飛び出るゴブリン獣は全てデバフ状態。俺の包丁であっても一撃で倒せるまでに弱体している。
もちろんデバフは防御力減少だけではない。
「ゴブー!」「ゴブー!」
続けて湧き出るゴブリン獣が2匹。うちの1匹を斬り捨てるその隙に、残る1匹が俺を斬りつけるが……
デバフ発動:ゴブリン獣は攻撃力減少
デバフ発動:ゴブリン獣の武器は腐食。性能低下。
デバフで攻撃力の落ちるゴブリン獣の攻撃。
ボヨーン
ゴムを斬りつけたかのように弾かれるゴブリン獣の刃。
これこそが黄金モンスター肉を食べて得た
EXスキル:ゴムボディ。
EXスキル:プリンボディ。
ゴムとプリンの二重の弾力により、打撃斬撃に耐性を得た俺の身体。しばらくは囮となり持ちこたえることが可能だろう。
後は2人が他パーティと合流した頃合いを見て、俺も囲いを抜け離脱するだけというわけだが……
「ゴブー!」「ゴブー!」「ゴブー!」
「ゴブー!」「ゴブー!」「ゴブー!」
「ゴブー!」「ゴブー!」「ゴブー!」
続けて同時にゲートを飛び出るゴブリン獣が9匹。
マジかよ? 一度に飛び出て来すぎだろうと思わないでもないが……
デバフ成功:ゴブリン獣は恐怖。
デバフ成功:ゴブリン獣は麻痺。
デバフ成功:ゴブリン獣は睡眠。
デバフ成功:ゴブリン獣は混乱。
デバフ成功:ゴブリン獣は放心。
うちの5匹は状態異常により行動不能。残る4匹を倒せばこの場は切り抜けられる。
ズバーン
俺が1匹を包丁で斬り倒すその隙に、取り囲む3匹のゴブリン獣が一斉に武器を振り下ろす。
ターン制バトルというわけではないが、本来は後衛ジョブの俺にスピードを求められても困るというわけで……ここはゴムボディとプリンボディを信じて耐える時。
そんな身構える俺の前。
シュッ シュッ
ゴブリン獣2匹の喉元にナイフが突き刺さり。
ドカーン
ゴブリン獣1匹がタックルを受け遠く跳ね跳んだ。
「……2人とも。良いのか?」
周囲からゴブリン獣30匹が押し寄せるその中心地。今、この場に残るということは、下手をすれば死にかねない死地となる。
「イエース! ミーも共にバンザイするでしょう!」
いや。俺は万歳するつもりはないのだが……
俺の隣に立ち並ぶのはゴツイ肩パッドも頼もしいアメフト親父とその娘であるハンナさん。2人が共に戦ってくれるなら心強いというもので。
「ま、パパとアンタはともかく、私に逃げる理由はないからね」
その恩に報いるためにもここは俺の力。SSRにしてうんぬんかんぬん。その本領を発揮するしかないというわけだ。
「くっ。ゴブリン獣チーフ!」
「やっぱコイツ強いわ」
「マズイって。こんなん援護する余裕ないって」
「す、すまんが、もうしばらく耐えてくれ!」
俺たちを援護するべく意気込む探索者パーティだったが、その前に立ち塞がるのは大柄体躯のゴブリン獣チーフ。
ズドガーン
振り回すこん棒が地面を打ちつける衝撃に広場が揺れる。
ゴブリン獣より一回り上の力を持つというが、一回りどころではないその膂力。他パーティは俺たちを助けるどころか、自分たちが生き延びるだけで必死となっていた。
俺は迫り来るゴブリン軍団を狙い左手を差し向ける。
そんなゴブリン獣チーフが5匹。ゴブリン獣25匹を引き連れ押し寄せるのだから手加減はない。
この広場、ゴブリン軍団全て包み込むだけの暗黒の霧を展開する。さすがに悪目立ちするのに間違いはないが……
「待って」
そんな俺の前。ハンナさんは背負っていた細長いケースを地面に降ろしていた。
「アタシ言ったでしょ? ゴブリン獣みたいな雑魚がいくら集まろうが雑魚だって。パパ。いいわよね?」
「イエース。許可は取ってありまーす」
ぐっと親指を突き出すアメフト親父。
確かにハンナさんは強い。が相手の数が多すぎる。
30匹のゴブリン軍団を相手に投げナイフだけでは無理があるだろう。
危惧する俺の前でハンナさんは細長いケースを開くと、中から黒光りする物体を取り出した。
あれは……まさか……銃か?!
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