第41話 広場中央。あちらのゲートに貼り付きます。
品川ダンジョン地下3階。狩場。
今日がゴールデンウイークとあって、いつも以上に多くの探索者が品川ダンジョンを訪れていた。それでも食堂の賑わいに比して、ここ地下3階の狩場は空いている。
「この前ミーが挑戦した地下2階はもっと混雑してました。ここはベリー少ないでしょう」
運動場ほどもある広場に他の探索者は15人。行列大好き日本人が少ないのは、ここ地下3階のモンスターに原因がある。
ゴブリン獣。
地下2階までの動物や昆虫のようなモンスターと異なる人型モンスター。明確に意志を持ち、武器を用いて襲い来るゴブリン獣。
彼らと臆せず戦えるかどうか?
探索者としてこの先やっていくための試金石となるのがこの地下3階。
「ゴブゴブー」
複数のゲートが点在する広場のうち、中央付近のゲートから新たにゴブリン獣が湧き出していた。
他の探索者は別のゲート近くに貼り付いており、今ゴブリン獣が湧き出すゲートの近くに探索者の姿はない。
ならばちょうど良い。
「広場中央。あちらのゲートに貼り付きます」
2人に声を掛けた俺はゴブリン獣が湧き出すゲートに向けて走り出す。
攻略読本によればモンスターを退治する最も効果的なタイミングは、モンスターがゲートを現れた直後にあるという。モンスターが行動を起こすその前に倒すのが安全確実な方法だと。
もっともモンスターゲートは常に暗黒の風が渦巻く危険な存在。うかつに近寄り渦に巻かれたなら、ゲートに吸い込まれ2度と戻って来ることは出来ない。
そのため、ゲートからある程度の距離を置いて張り付き、出てくる端からモンスターを退治するのが必勝法。
俺が走り近づくまでの間もゲートから沸き続けるゴブリン獣。
その数は2、3、4とまだ増える。
シュッ シュッ
走る俺を追い越して2本のナイフがゴブリン獣に突き刺さる。
残り2匹。いや、追加でもう2匹が湧き出したか。
狩場へ来るまでに戦った感じから、1匹が相手なら俺でも戦えるが……同時に4匹を相手どるのは無理である。
まあ、何も俺がまともに4匹と戦う必要はない。
ゲート付近、いよいよ4匹のゴブリン獣と接敵する。
槍、剣、斧、弓それぞれが手に持つ武器はバラバラ。
てっきり俺が走り込んで来るだろうと身構えるゴブリン獣の前で急停止。相手の武器の届かない位置で包丁を眼前に俺は構え立つ。
「ゴブゥ!」
包丁を構えたまま動かない俺に痺れを切らしたか、ゴブリン獣が槍先を突き出した。
その槍先を、俺はさらに後ろに下がり回避する。
今の俺はパーティの盾役。無理に戦う必要はない。
相手の注意を引いて足止めすれば良いのだから。
「ゴブゥ!」
俺にまともに戦う気がないと見てとったゴブリン獣は、槍、剣、斧を手に3匹が一斉に距離を詰め、背後に位置するゴブリン獣が弓を引き絞る。
……これだから知能ある相手は怖い。
4匹による同時攻撃。
俺でなくても、例え近接戦闘ジョブの探索者であっても、無傷ですまないだろう密度ある攻撃。
だが、知能があるとはいえ所詮はゴブリン獣。判断が遅かった。
俺は左手の平に暗黒の霧を生み出し凝縮する。
シュッ シュッ
再度の空を切る音とともにゴブリン獣にナイフが突き刺さり、槍と弓を手にする2匹が息絶える。
相手を倒すのはアタッカーの役割。残るは2匹。
手の平で凝縮した暗黒の霧は、暗黒の水となる。
野球のボール状に固めた暗黒水球を、俺は剣を持つゴブリン獣に投げつけた。
バシャーン
デバフ発動:ゴブリン獣は五感異常。
デバフ発動:ゴブリン獣は全能力減少。
デバフ発動:ゴブリン獣は毒。
デバフ発動:ゴブリン獣の装備は腐食。
デバフ発動:ゴブリン獣は恐怖。
デバフ発動:ゴブリン獣はMP減少。
デバフ発動:ゴブリン獣はMP蒸発。
デバフ発動:ゴブリン獣は麻痺。
デバフ抵抗:ゴブリン獣は睡眠に抵抗。
デバフ発動:ゴブリン獣は混乱。
デバフ発動:ゴブリン獣は放心。
デバフ発動:ゴブリン獣は封印。
デバフ発動:ゴブリン獣は暗黒火傷。
睡眠には抵抗されたが、麻痺、混乱、放心により動きを止める剣持ちゴブリン獣。
都合、俺に襲い掛かるのは斧持ち1匹のみ。
そして、1対1の戦いなら遅れはとらない。
ズドスッ
俺の包丁が胸を貫き、ゴブリン獣の斧は空を切る。
抜き取った包丁を再度一振り。俺はゴブリン獣の首を両断した。
ドカーン
同時、走り込んできたアメフト親父が残る1匹。デバフで動きを止める剣持ちゴブリン獣をショルダータックルで吹き飛ばす。
そのまま地面に転がるゴブリン獣の止めを差すべく斧を振り上げるが。
「ホワット? タックルだけで、なぜ死んでいるでしょう?」
デバフ魔法で防御力が落ちていた影響。乱戦に乗じての魔法なのだからバレてはいない。
それにしてもアメフト親父はさすがのパワー。元は有名選手だったのだろうか? 戦闘系ジョブでないというのが信じられないくらいだ。
「油断しない。さっそく次が出て来るわよ」
黒く渦巻くゲートに光が走り、モンスターが吐き出される。
シュッ
「ギャー!」
ドカーン
「ギャー!」
ゲートへの張り付きは成功した。
ゲートを湧き出るゴブリン獣はアメフト親父の斧。ハンナさんのナイフにより、出て来た端から即座に始末されていく。
ここ品川ダンジョンは公共ダンジョン。税金によって運営される公共施設であるため、狩場に多数の探索者がいる場合、ゲートに張り付きモンスターを独占する行為はマナー違反とされている。
だが現在、ここ地下3階の狩場は空いており、ゲートの空き待ちをしている探索者の姿はない。このまましばらく独占。モンスターを狩り続けても問題はなさそうだ。
タンクとしての俺の出番はなさそうであるため、俺は別の役割。ドロップ品集めに取りかかる。
ザクザク倒されるゴブリン獣にあわせて、せっせととドロップする魔石を拾い集めるが……贅沢を言わせてもらえば、もう少しゲートを離れた位置でモンスターを退治してほしいところ。魔石を拾い集めるにも、ゲートの渦に巻き込まれそうで少し怖い。
そんな折、突如、広場に響く探索者パーティの大声。
「モンスターゲートの暴走だ!」
「みんな注意してくれ!」
声の方角を見ればゲートに張り付き戦う6人パーティ。彼らの前のゲートが激しい光を放ち黒く輝いていた。
なんだ? なにごとだ?
「モンスターゲートの暴走ね。たくさん出て来るわよ」
基本的にモンスターゲートからは、一定の間隔で一定の数のモンスターが出現する。
例えば10分間隔で4から6匹のモンスターが現れるといった具合だが、稀にあるモンスターゲートの暴走はこの例外。一度に大量のモンスターが出現する。
パチンコでいうならフィーバー状態。
これが地下1階や地下2階での暴走なら、取り合いの必要なくモンスターを狩り放題となるボーナスタイムなのだが……よりによって狩場の空いている地下3階で当たるとはな。
現在、この広場にいる探索者は俺たちを入れて4パーティ。18人。
そしてこの広場にあるモンスターゲートは4個。各パーティがそれぞれモンスターゲートを占有し狩りする状態。
「彼らが危ないようなら援護した方が良いかもね。でも……」
「ヤバイ! こっちのゲートも暴走だ!」
「マジかよ! 俺っちの方のゲートも暴走や!」
攻略読本にはモンスターゲートの暴走は連鎖するとあるとおり、他の2パーティの前のモンスターゲートも暴走を開始しようとしていた。
となれば当然。
ゴゴゴ
俺の目の前。怪しい唸りを上げるモンスターゲートが光を放ち黒く輝き始めていた。
どうやら他のパーティを気遣う余裕はないようで……
とにかく。この後、飛び出して来るであろうモンスターに備えようとするその時。
「わるい! そっちへゴブリンが行ったぞー!」
「やばいようなら逃げてくれー」
最初に暴走を始めたモンスターゲートを飛び出したゴブリン獣が20匹。うちの10匹は目の前のパーティへ襲い掛かるが、残る10匹は俺たちの方へ走り向かって来るのが見える。
何故に目の前の探索者パーティではなく、俺たちの方へ?
しかも、向かい来るゴブリン獣のうち2匹は大柄。
あれは……攻略読本にあったゴブリン獣チーフというやつか。ゴブリン獣のリーダー格で一回り上の戦闘力を持つという。
「すまーん! そっちへゴブリンが行ったぞー!」
「わりい。逃げてくれー」
再び上がる声に顔を向ければ、逆方向からも10匹のゴブリン獣が走り向かって来るのが見える。うち1匹が大柄のゴブリン獣チーフ。
「やっべー! こっちのゴブリンも半分そっちへ行ったわー!」
「おいおいマジかよ? あんたら逃げろー」
おいおい! マジかよはこちらの台詞である。
5人パーティに背を向け、こちらに走り来るのは10匹のゴブリン獣。うち2匹がゴブリン獣チーフ。
つまり広場内4つのモンスターゲート全てが同時に暴走。
現れたゴブリン獣60匹のうち30匹は目の前の探索者パーティを相手取るが、残る30匹は広場中央に位置する俺たち3人を狙い集まって来るという異常事態。
「ゴブリン獣チーフは悪知恵が働くわ。まずは広場中央で呑気に狩りするアタシたち3人を潰そうって手はずね」
……どうりでこのゲートに誰も張り付いていなかったわけだ。
他パーティが貼りつくゲートはいずれも広場の壁沿い。いざとなれば壁を背にして戦える位置であるのに比べて、ここは広間中央。四方をモンスターに取り囲まれては不利となる。
もはやドロップを拾い集めている場合ではない。
あまりに急転直下の事態。慌てて立ち上がろうとした際に少しバランスを崩したか……
とっ? マズイ!
俺の左手がモンスターゲートを取り巻く暗黒の渦に触れていた。
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