第40話 ……所詮は世の中お金である。

ハンナさん。投げナイフの一撃でゴブリン獣を即死させたのか? LV21の俺が止めを刺すのに2撃を必要としたところを……


「パパもアンタも。敵を引き付けるだけで良いわ。止めはアタシがするから」


攻撃には自信ありといったその口調。


「イエース。だからでしょう。ボーイにはタンク役を期待しまーす」


タンク役とは、オンラインゲームでいう敵を引き付ける盾の役割。つまりは一番危険なポジションというわけで……どうりで俺を誘ったわけだ。


ウシ獣を相手に包丁1本で切った張ったの大立ち回り。回避タンクを期待されるのも不思議はないが、実際の俺は後衛の魔法ジョブ。


確かにイモと2人の時は、いつも俺がタンクをやっている。妹を守るのは兄の義務。そこに何の疑問も恐怖も存在しないが……今は即席のパーティにして2人は俺の妹ではない。


「えーと。その。地下3階は初めてなもので、あまり自信はないのですが……」


わざわざ俺1人がゴブリン獣を相手に危険なタンクを担うのは、どうかと思われる。


「イエース。いざとなればミーも一緒にやるでしょう。それに魔石も武器も。ドロップは全部ボーイにプレゼントでしょう」


……所詮は世の中お金である。


「オーケー。わかりました。頑張ります」


しばらくゴブリン獣を引き付けるだけでドロップを独り占めできるというなら、やるだけである。


そんなこんなで、俺、アメフト親父、ハンナさんの隊列で地下3階を進んでいく。


「その先。右の通路から3匹来るわよ」


ハンナさんの指摘どおり。俺たちが近づいた途端、右の通路からゴブリン獣が3匹飛び出した。


不意を突こうとしたのだろうが、あらかじめ分かっているなら対処は可能。


槍を手に飛び出した2匹の喉元にハンナさんの投げるナイフが突き立ち、残る1匹となったゴブリン獣を俺が迎え撃つ。


ゴブリン獣によって手にする武器は様々で、目の前の相手が持つのは古びた手斧。俺の持つ包丁とリーチは同じとなれば、先ほどの槍使いに比べはるかに戦いやすい相手である。


ハンナさん。やっかいな相手から片付けてくれたのか? そうであるなら残る1匹。きっちり俺が片付ける。


目前に迫るゴブリン獣。お互いの武器の射程内。

ゴブリン獣が手斧を振りかぶると同時。


ズドスッ


俺は包丁を相手の左胸に突き刺していた。


「ゴブギャー!」


曲線より直線。

斧を振り上げ振り下ろすより、包丁を突く方が早いのだから当然のその結果。包丁を引き抜き、止めの一刺しでゴブリン獣は息絶えた。


「ハナもボーイもグレートでしょう!」


確かにハンナさんの動きはグレートである。


自信ありなのも納得。モンスターの気配を察知したことといい、左右両手で2本のナイフを操ることといい、ただの戦闘系ジョブではない。SR以上のジョブであることは間違いないだろう。


「ミーも早く暴れたいでーす」


地下3階に降りてから未だ何もしていないアメフト親父。元々がスポーツ選手。体育会系であれば早く身体を動かしたいのだろうが……


「地図によれば、この先にモンスターゲートのある狩場がありますから、そちらでお願いします」


品川ダンジョンの地図を参照に2人を案内する。


通路を抜けた先にある大きな広場。ここが地下3階中央に位置するモンスター狩場で、複数のモンスターゲートが存在する。


「へー。ジャパンにも思ったより探索者がいるじゃない」


すでに広場では複数の探索者がモンスター狩りを行っていた。


「いつも国際社会でうじうじ、争いなんて出来ない腰抜けばかり。危険な探索者に志願する人は少ないと思っていたけど、そうでもないじゃない」


確かにどちらかといえば争いを避ける温和な人が多いのだろう。


しかし、探索者となれば事情は異なる。


ジョブといいスキルといい、探索者にはゲーム的要素が感じられる。そしてご存じのとおり日本はゲーム文化が盛んである結果、探索者に興味を持つ者は多いというわけだ。


人と争うわけではない。スライム獣やイモムシ獣を相手する分には、害獣駆除といった感覚で行える。


そもそもがハンナさん。日本人は争いなんて出来ない腰抜けばかりというが、それは近年の平和に慣れた日本人の話。


俺もハンナさんも年若いため直接は知らないが、アメフト親父なら知っているだろう。俺の祖国日本とアメフト親父の祖国米国。両国が血みどろの戦争をした第二次世界大戦。


かつての日本人は戦闘民族だったというその歴史を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る