第39話 これぞファンタジー世界と言わんばかりの小鬼の姿。ゴブリン獣である。

広間のエレベータから地下3階へと降り立つ3人。俺、アメフト親父、ハンナさん。


ゲートに探索者カードを通した後、狩場を目指し進んでいくのは良いのだが……


「その……なぜ俺が先頭なのでしょうか?」


なぜか俺は隊列の先頭に位置していた。


「だって、アンタのジョブって前衛系なんでしょ?」


俺は自分のジョブについて何も話してはいない。


「ミーは見ました。ボーイは包丁1本でウシ獣の攻撃を捌いていたでしょう。まるでニンジャでーす」


そういえばアメフト親父は地下2階で俺の戦闘を間近で見ていた。


「最後はウシ獣の頭を殴って昏倒でーす。ボーイのジョブはカラテファイターかニンジャボーイと予想するでしょう」


確かに殴って昏倒させはしたが……決して俺のパンチの威力によるものではない。スキル暗黒打撃でデバフを直接体内に叩きこんだがゆえの結果である。


まあ、俺のジョブが前衛系と思われているなら俺の包丁さばきも捨てたものではないというわけで、喜ばしいことではあるが……


「あの。アメフト親父さんも前衛ジョブですよね? 斧でウシ獣をバッタバッタ倒していましたし……」


今さらだが、俺は2人のジョブについて何も確認していない。


臨時パーティ。ジョブそのものは明確に教えなくとも、ある程度の役割を確認しなければ連携するにも支障がでる。


通常のパーティであれば、お互いの役割を確認してから探索に向かうのだろうが……俺は自身のジョブを詮索されたくないがため、2人のジョブを確認せずに来ていた。


「オウ……ノウ……」


大げさなアメリカンなジェスチャーで悲しんでみせるアメフト親父。


「あー。うん……パパのジョブは戦闘に不向きなのよ」


それであの戦闘力。俺よりよほど強いように思えるのだが?


「元々がアメフト選手だったから無駄に力だけはあるのよ」


アメフト装備の理由はそれか。


「でもホント。驚きよね。日本じゃ誰もパパに気づかないんだから」


残念ながらアメフトは日本ではそれほど盛んでない。俺が知っているのはラグビーに似たスポーツというくらいである。


「ソーリー。力には自信があるので斧を振り回すのは問題ないでしょう。バット、モンスターの攻撃は苦手でしょう」


なるほど。あれだけの強さがあって、モンスターの不意打ちに弱いのは、本職ではないためか。


まあ、それをいうなら俺も前衛は本職ではないのだが……自身のジョブを正直に言うわけにもいかず、結果、俺を先頭にアメフト親父、ハンナさんと続く隊列で進む羽目となっていた。


地下3階。

攻略読本によれば、あらわれるモンスターは……


「ゴブゴブ」


通路の先から姿を見せるのは、これぞファンタジー世界と言わんばかりの小鬼の姿。ゴブリン獣である。


さすがは地下3階。いきなりモンスターとエンカウントとはな……


品川ダンジョンでは地下1階、地下2階ともに、モンスターが通路を自由に徘徊することはない。


ダンジョン協会による制圧が100パーセント完了しており、全てのモンスターゲートは銃火器の監視下に置かれている。万が一探索者の討ち漏らしたモンスターが通路に出ようとするならば、AI連動の銃火器が自動で処理する手はずとなっていた。


しかし、ここ地下3階における制圧率はいまだ50パーセント弱。モンスターが自由に徘徊する危険階層。


「ゴブブゥー! ゴブブゥー!」


こちらの姿を見てとったゴブリン獣が、その場で雄たけびを上げ始める。


なんだ? 威嚇か?


だとするなら隙だらけの行動。今の内に攻撃するべきなのだろうが……


チラリ振り返る俺の背後。

両手で大斧を握り臨戦態勢に入るアメフト親父。

その後ろで手ぶらに自然体のハンナさん。


2人の目がある手前、うかつに暗黒スキルは使えない。

となると……得意ではないが、やはり包丁による接近戦しかないか。


俺は包丁を片手に、雄たけびを上げ続けるゴブリン獣との距離を、そろりそろりと詰めていく。


まあ、もしも危ないとなれば援護してくれるだろう。


「ゴブブゥー! ゴブブゥー!」


距離を詰められつつあるというのに、相も変わらず雄たけびを上げ続けるゴブリン獣。余裕なのか? 舐めているのか?


その背丈は1メートル30センチ程と子供のような身長で膂力も大したことはないそうだが……決して油断できない相手。


その理由は、ゴブリン獣の右手に握られた槍にある。


そう。ゴブリン獣は武器と魔法を使う知能あるモンスター。いまだ地下3階を制圧できていない理由の1つがこれである。


監視カメラや照明、檻や柵、さらにはAI兵器など、ダンジョン協会が設置した設備を狙って攻撃、破壊する。


単体の戦闘力はウシ獣などに劣るが、知能があるという。その1点だけで、ゴブリン獣は格段に危険な相手といえるだろう。


ということはだ……この雄たけびにも意味がある。

敵を前にして何の意味もなく無駄な行為は行わない。


人が大声を上げるのは、どのような時だ?


相手を怒鳴りつける。威嚇する時。

そして……周囲に助けを求める時。


そうか! 攻略読本にゴブリン獣は仲間を呼び寄せるとあったが、それがこの行動。俺の慎重さが災いしたか、逆に時間を与えてしまったというわけだ。


となれば、そろりそろりと距離を詰める歩みから一転。俺は速度を上げ、駆け足でゴブリン獣との距離を詰めにかかる。


「ゴブッ?!」


突然の接近に、反射的にゴブリン獣の槍が突き出される。


槍と包丁。お互いのリーチは相手が上で、今は槍の距離。懐に入りこまなければ俺の包丁は届かないとなれば──


走る速度はそのまま。ゴブリン獣の槍先を半歩ずれることで回避する。


懐に入り込んだ今。ここが包丁の距離。

刃を横に、肋骨に当たらないようゴブリン獣の左胸に包丁を突き刺した。


「ゴブギャー」


悲鳴を上げるゴブリン獣から包丁を抜き取り、続けてもう一度。右胸に包丁を突き刺した。


再度の悲鳴はない。

力を失ったゴブリン獣の身体が倒れ込み煙へと変化する。後には3個の魔石。そしてゴブリン獣の握っていた槍が残されていた。


ゴブリン獣1匹でスライム獣3匹分。1500円の稼ぎ。おまけにゴブリン獣の落とした武器も売ればお金になる。


地下3階で安定して戦えるなら、かなりの稼ぎとなりそうだ。


「オウ! ブラボーでしょう!」


大斧を手にドタドタ駆け寄るアメフト親父。


「どうも。ですが、今のゴブリン獣が仲間を呼び寄せた可能性があります」


地下3階。ゴブリン獣を相手にも俺の接近戦は通用する。


とはいえ……やはり武器を相手にしては戦いづらい。自身に刃先を向けられる恐怖。俺の出足が鈍った原因でもある。


トタトタトタトタ


駆ける複数の足音が通路の先から響いて聞こえ来る。さすがにこれは俺の包丁だけでは手にあまる。


「いくら雑魚が群れても、たかが知れてるでしょ?」


スタスタ。マイペースで歩き寄るハンナさんが言い放つ。


そういえばハンナさんのジョブは何なのだろう?


アメフト親父とハンナさん。

当然、親子で互いのジョブは承知しているはず。


その上で、アメフト親父の後ろにハンナさんが位置するということは……


通路の先から2匹のゴブリン獣が走り来る。


シュッ


空気を切る音とともに俺の脇を何かが通り過ぎる。


「ゴブブッ?!」


次の瞬間、2匹のゴブリン獣の喉元にナイフが突き刺さっていた。


つまりは後衛の戦闘ジョブというわけだ。

それも俺やイモのような魔法系ではない。後衛の物理系戦闘ジョブ。


「逆に仲間を呼んでくれた方が、経験稼ぎになって良いくらいよ」


2匹のゴブリン獣は断末魔を上げるひまもなく煙へ変わっていた。

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