第82話 妙に騒がしい玄関の様子。焦るような母の声が聞こえていた。

自宅ダンジョンを報告したその翌日、日曜日。


弾正だんじょう。朝よー。起きなさい」


ガラリ。自宅2階。俺の部屋の襖を開ける母の前。


「母さんおはよう」

「ぐー……むにゃむにゃ」


室内には布団から身体を起こす俺の姿。そして俺にしがみつき眠るイモの姿があった。


「あら……? あらあらまあまあ?! イモちゃんどうして弾正の布団に? ……まさか弾正、あなた兄妹で?!」


何がまさかなのかは分からないが、俺はイモの部屋でダンジョンが見つかったこと。そのためイモの部屋が立ち入り禁止となったことを母に説明する。


「まあ。それでイモちゃんが一緒に寝てるってわけ……それなら仕方ないのかしら?」


俺の部屋の中、所狭しとギュウギュウに押し込まれたイモの荷物。やれやれ。俺としてもなるべく早くイモには部屋から出て行って欲しいものだが……


「むにゃむにゃ」


いまだ寝ぼけているのかパジャマ姿で抱き着くイモの身体は柔らかい。


ま、まあ。そういうことなら仕方がない。兄として部屋をなくした妹を放り出すような非道な真似もできないことから、しばらくは一緒に眠るしかないというわけであった。



朝のリビング。ようやく目を覚ましたイモが食卓に着いたところで母が口を開く。


「それで弾正。お母さんダンジョンは詳しくないのだけど、お母さんたち。このまま自宅に住んで大丈夫なのかしら?」


「いや。普通は土地を含めて国が買い取り、住民は立ち退きになる。ただし、元々の住民がダンジョンを買い取るなら、立ち退きの必要はないそうだ」


「そう。買い取るお金なんてないから立ち退きってことね。先祖代々の土地だからと頑張って来たけど……ちょうど良い頃合いってことかしら

……」


悲しいような。どこかホッとしたような表情を浮かべる母の姿。


借金を抱える母が土地を手放さずにいたのは、先祖代々受け継ぐ土地をクズな夫の借金が原因で手放しては罰が当たるという思いから。だが行政による立ち退きとなれば先祖への言い訳も立つというわけで、その緊張の糸も切れたのだろう。


「じゃあさ? お母さん今日お休みだけど、2人ともどこか行きたい所とかある?」


「お! お母さんどこか連れて行ってくれるのー?」


「そうね。ゴールデンウイーク中は仕事ばかりで、どこも連れて行けなかったしね」


「やったー! イモ遊園地に行きたーい」


「遊園地かぁ。あの人と行ってから何年振りかしら? あ、でもダンジョンを残して自宅を留守にしては駄目なのかしら?」


「いや。戸締りしておけば問題ないだろう。それより母さんこれ。これまで俺が探索者で稼いだ分。ちょうど良いから渡しておくよ」


俺は30万円入りの封筒を机の上、母の前に差し出した。


「おー。万札がいっぱい! ワンデイパスポートでジェットコースター乗り放題だー!」


「まあ! 弾正ずいぶん稼いだのね。でも、遊園地に出かけるだけでこんなに必要ないわね」


余った分は借金返済の足しにでも……と言いたいところだが。


「生活費にしろ学費にしろ色々とお金が必要だろうし、残りは母さんが好きに使ってくれれば良い」


母は俺たちに借金を隠したいようなので黙って渡すに留めておく。


「良いのかしら? 弾正も買いたいものとかあるんじゃないの?」


「全然大丈夫。何せ俺は天才探索者。まだまだいくらでも稼げるから何の問題もない」


予定通り自宅ダンジョンの落札に成功するなら、黄金肉の売却で稼ぎ放題。今後、一生、お金に困ることはなくなるのだから。


「……探索者ってそんなに稼げるものなのかしら」


何やら考え込む母の様子だが。


ピンポーン


「あら? 誰かしら?」


チャイムの鳴る音に席を立ち上がり、玄関へ向かって行った。


「おにいちゃん。自宅ダンジョンって後で買い取る予定なんだよね? お母さんに言わなくて良いの?」


「いや。言うが……まあ遊園地を楽しんでからでも良いだろう」


せっかくホッと肩の荷が下りた様子の母の姿。今すぐ面倒な話をしなくとも良いだろう。


「ちょっと。やめてください。大声は出さないで」


だが、妙に騒がしい玄関の様子。焦るような母の声が聞こえていた。


「ですから今月分の返済は振り込んだはずですって」


「奥さーん。あんたの旦那の借金ですがねえ。ほら。ここ。ここを見てくださいよ? 6ヵ月に1回。ボーナス返済って書いてあるでしょ? それが今月なんすよ」


こっそり覗き見するならば、たたきの上り口にどっかり腰かける黒スーツの男が見えた。


「でも、おかしくないですか? ボーナス払いって、それじゃ上限金利をオーバーしているじゃないですか……」


「アホか! 何が上限金利じゃ! そんなんまともな業者のやることやろがい。お宅のぼんくら亭主によお? まともな業者が金を貸すわけねーだろうが! ああ? 働きもしねえクズ野郎が借りれるのは闇金しかねーんだよ!」


「いえ。ですから声が大きいですって」


「リビングのガキどもに聞かれたくないならよお? ボーナス払い10万円。耳を揃えて払ってくれや? な?」


とうとう借金取りが自宅にまで現れたというわけだが……


「母さん。さっき渡したお金から払えば問題ないだろう?」


「弾正?」


俺の耳は地獄耳。話し込む母の背後から2人の会話に割り込んだ。


「お? 息子はんでっか? ははあ。ホストだった旦那さんに似てえらいイケメンでんなあ。やっぱイケメンは言うことが違いますやねえ奥さん?」


「あの、弾正。これは……その……」


「親父の借金なのだろう? それなら、さっさと返済してしまえば良い」


「そう。知ってたのね……でも。せっかく弾正が稼いだお金なのに……こんな契約は明らかに違法で、お母さん弁護士さんに相談すれば……」


「アホか! なーにが弁護士や。違法判決が出ようが闇金の取り立ては止まらねーからよお? 弁護士に払う金あるなら素直に返済しといた方が賢明やでえ?」


黒スーツを着込んだ借金取りの男。パンチパーマの頭に首には純金ネックレス。さらには高級腕時計と外見からしてあきらかにヤバイその相手。まともに話が通じるはずもなく、ここは素直にお金を支払い、穏便にお引き取り願うに限るというもので。


「母さん。さっきの封筒を。母さんには悪いが、俺はもうあの男のことは思い出したくもない。とっとと返済してスッキリしておきたい」


「息子さん良いねえ良いこと言うねえ。クソな親父の借金はさっさと返すに限るってね。おら。ボーナス払い11万円。寄こしな?」


懐から封筒を取り出す母の動きが止まる。


「11万円? あの……増えてませんか?」


「ああ? 奥さんが手間かけさせるから俺の手間賃ってやつやろ。何なら前から言うてるように奥さんの身体で払ってもらっても構わんのやで? 旦那の借金を身体で返済する人妻もの。こんなんバカ売れ間違いなしやろ?」


なるほど。以前、母のジャケットに入っていたエロスカウトの名刺。この男の名刺だったというわけで、考えてみればエロイ業界とヤバイ業界が親密なのは有名な話である。


「おお! そうや。坊主。お前も出演するか? 借金返済のため親子で励むって感じで良いアイデアやろ?」


いったい何を言い出すのかこのパンチパーマ男?! そもそもが良いアイデアも何も高校生である俺が出演できるはずもなく無理があるのだが……


「なんや坊主のその目は? 出たくないっつーのか? ああん? ワイに逆らうなら事務所総出やぞ?」


ひええ……たとえ無理があろうとも相手の頭はパンチパーマ。さらには事務所総出と言われては反抗しようがないこの恐怖。もしも機嫌を損ねようものなら若い衆が大挙押し寄せ朝晩かまわずチャイムを連打されるはめとなり、危険すぎる。


こうなっては一刻も早く11万円を支払い、気分よくお帰りいただくのが最優先となるわけだが……


母から受け取る封筒からお札を取り出そうとするその瞬間。モワリ。俺の肌が粟立つこの感覚。


これは魔素か? いったいなぜ自宅の玄関に魔素が?


後ろを振り返れば、廊下から顔を覗かせたイモが何やらVサイン。


もしかしてイモのやつ。自分の部屋のドアを開けたのか? そのためダンジョンの魔素が玄関にまで流れ込んで来たと……?


「せや。なんなら妹さんも一緒にどうや? 前にちらっと見たけどえらい可愛い子ちゃんやさかいな。親子と兄妹もので年齢は18って言っとけばバレへんやろ?」


ダンジョン内。魔素のある空間においてDジョブは力を発揮する。なるほど。イモが1人で荷物の引っ越しが出来たのもそれが理由というわけで……だとするなら、今の俺はパンチパーマに怯える子羊ではない。


「パンチ野郎。今日のところは当初の予定どおり、ボーナス払い10万円で勘弁願いたいのだがいかがだろうか?」


母を相手に話し込むパンチ野郎の肩に手をかけ、俺はその顔を覗き込む。


「パ、パ、パンチ野郎?! てめー! そりゃ俺のことを言ってんのか?!」


瞬間湯沸かし器のごとく激高。俺の胸ぐらを掴み凄んで見せるパンチ野郎だが……


やれやれ。パンチパーマで脅せば誰も彼もが恐れをなすとでも思ったか? 


胸ぐらを掴むパンチ野郎の手を握り取る俺は、暗黒魔力を発動する。


「てめーのことに決まってんだろうがああああ! パンチパーマだからって粋がってんじゃねーぞ!」


デバフ発動:パンチ野郎は恐怖した。


「ひいいっ!?」


残念だが魔素のある今、俺は最強無敵のSSR+暗黒魔導士。例え事務所総出だろうがDジョブを持たない生身の人間が俺の脅しにはなりえない。


「はい。10万円。領収書をくださいよ?」


パンチ野郎の手の平に万札を10枚。同時に更なる暗黒魔力を流し込む。


デバフ発動:パンチ野郎は混乱した。


「あひ? は、はひ。これが領収書でんがなまんがな」


とち狂ったように、すんなり領収書を差し出すパンチ野郎。


「ありがとう。それじゃ用件は終わり。帰ってもらって結構だ」


デバフ発動:パンチ野郎は放心した。


「はひふへふー。ぶーん」


俺に背を押されたパンチ野郎は10万円を手に玄関を出ると、フラフラおぼつかない足取りで帰って行った。


「はあ……弾正、凄いわ。やっぱり親子ねえ。まるで若い頃のお父さんみたい。あの人も怖いもの知らずでね。因縁をつけてきた相手を逆に怒鳴り殴り飛ばしたり、それはもう格好良かったものよ」


いや。もう親父の話は結構。というか、相手が誰だろうと怒鳴り殴り飛ばすといった暴力行為は駄目であり、平穏無害な俺とはまるで似ても似つかないと思うのだが……?


「それで母さん。借金はあといくら残っているのだろう?」


「えーと……300万円くらいかしら……?」


申し訳なさげに答える母の様子。


「何だ、それだけか。それなら俺の天才性を持ってすれば、すぐにも返せる。何の心配も必要ない」


「そうなの? はぁ……探索者って稼げるのねぇ。母さんも探索者やってみようかしら……?」


探索者が稼げるのではない。天才暗黒魔導士たる俺だからこそ稼げるのであるが、母が探索者に興味を示してくれたのは好都合。


「母さんが探索者をやるなら大歓迎だ。いろいろ手助けできると思うし……自宅ダンジョンの件で相談したいこともある」


「あら? 何かしら?」


明後日に迫る自宅ダンジョンの内部調査。自宅を訪れるダンジョン協会職員への対応が必要となるわけだが、俺は所用のため立ち会えず、中学生であるイモが対応するのは無理がある。


「それで当日は母さんに対応して貰いたいのだが……」


「急な欠勤だけどダンジョンが理由なら会社も認めてくれそうね……それに探索者に専念するなら会社を辞めても良いわけだし……分かったわ」


後は自宅ダンジョンの買い取りなど、まだまだ話すことはあるが……


「もう! いつまで話してるのー? 早く準備して遊園地いこうよー! 遊ぶ時間が少なくなるよー?」


確かにイモの言うとおり。後の話は遊園地から帰ってからで良いだろう。



その後、家族3人。遊園地を満喫した。


「おにいちゃん。次はあれ。絶叫垂直落下地獄直行コースターにもう1回乗ろーよー」


いや……俺もジェットコースターは好きな方だが、さすがにこれで10回目。うっぷ。なぜにイモは平気なのか? 余程に三半規管が強いのか謎である。

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