第95話 何をするも何も、お前は警察には突き出さない。

妹子いもこの通う公立中学校。


「あの。ですからですわよ? 私は生徒である城 妹子さんとの面会をですね?」


「はあ。その城さんやが、校内に現れた猫を見た途端、鞄を手に早退してしまってのう。もう校内にはおらんのですじゃ」


「ええ? わたくしタクシーですのに……ニャン太郎の足。早すぎますわ」


だが、すでに学校を出たということは自宅へ向かい徒歩で帰っているということ。


「運転手さん。次はこの住所へ向かってくださいですわ」


それなら途中で追いつくだろうとタクシーを走らせる加志摩であった。



怪我した黒猫ニャン花を抱きかかえる俺は自宅ダンジョン地下2階、草原広場へ到着する。


広場には犬猫ハトといった我が家のペット軍団を前に、踵を返し逃げ去ろうとする男が1人。


「やれやれ。どこの誰かは知らないが、自宅ダンジョンに侵入して無事に逃げ帰れるとは思っていないだろうな?」


振り返る男と目の合う俺は、男の逃げ道を塞ぐべく立ちはだかる。


「あらまあ! 弾正。学校はどうしたの?」


俺の姿を見て呑気な声をかけるのはペットたちの背後に佇む母の声。やはり自宅ダンジョンへ入っていたようだが、ペットたちが守ってくれたのだろう。よくぞ無事でいてくれたものである。


「お前は……そうか。お前が城 弾正じょう だんじょう。お前がこの暗黒の霧を……」


相手が誰かは知らないが俺も有名になったもので……俺は足下へ走り寄る白猫ニャン子に黒猫ニャン花を預けると。


「そういうお前は誰だ? 俺の暗黒の霧の中、どうして無事に立っていられる?」


「ふん。俺は聖騎士。俺にはデバフも状態異常も通じない」


なるほど。100パーセント攻略読本における総合評価10点。最強ジョブが1つ聖騎士か。


「それでその聖騎士が何故、自宅ダンジョンにいる? ここ日本においては他人のダンジョンへ許可なく入っては建造物侵入罪。犯罪となるが?」


「それはすまなかった。何せ俺は外国人。見慣れぬ異国の地で道を間違い迷い込んでしまったようでな? イズヴィニーチェごめんなさい。謝るので許してもらえないだろうか?」


などと時々ボソッと異国の言語を織り交ぜ俺に頭を下げる聖騎士男だが……何を白々しい。


「ここは道を間違えた程度で入れるような場所ではなく、貴様が犯罪者であることは確定的に明らか。見苦しく言い逃れしたところで無駄である」


「ふん。俺が犯罪者だというならそれも良いだろう。それなら……」


糾弾する俺の前、聖騎士男は剣と盾を地面に置くと──


「俺は武器を捨て投降する。110番して警察を呼んでもらおうか?」


あろうことか両手を高々と掲げる投降の意思を示していた。


完全包囲。逃げきれないと見たのか? だとしても、戦う気まんまんである俺の虚を突いたその行動。


確かに現代日本。罪人を尋問するにも罪を裁くにも、素人のやることではない。警察に連絡。後の処置を任せるのが当然であるが……


「にしてもジャップランドの蛮人にはほとほと呆れたものだよ。右も左も分からず迷い込んだだけの外国人を相手に、猛獣をけしかけ同士を3人も殺害するのだからな……」


「うふふ。この子たちのお陰よ。良い子良い子。偉いわー」


聖騎士男の言葉に母はペットたちを撫で上機嫌。


あらためて辺りを見回す俺の目に見えるのは草原広場に転がる3人の男の死体。俺が来るまでの間、すでに死闘があったというわけで……


もしも110番。この場に警察が来たならどうなるだろう? 聖騎士男が家宅侵入罪で逮捕されたとしても、それ以上に問題となるのが3人の死体。ペットたちの殺人罪。


いくら正当防衛をうたおうが人を殺めたペットは全員が殺処分。無論、それだけに留まらず、ペットの罪は飼い主の罪であり世帯主の罪。母は刑務所送りとなるだろう。


これまでクソ親父の残した借金に苦しむ中、それでも俺とイモを育ててくれた母。借金を返し、自宅ダンジョンを手に入れ、ようやくこれからという時に……


「念のため人権派弁護士を手配しておくか。俺は外国人。日本のルールを知らなかったと言えばすぐに無罪放免。外に出られるだろうが……何だ? お前まだ110番していないのか? なら俺が電話してやる」


聖騎士男の言葉に俺は暗黒の霧を凝縮。ボールにするとスマホを手に電話する聖騎士男へ投げつけた。


ガシャーン


「お前! 何をする!?」


暗黒ボールに弾かれ地面に落ちるスマホ。俺は踏みつけ破壊する。


「何をするも何も、お前は警察には突き出さない」


「……どういうつもりだ?」


正当防衛しただけの被害者が刑務所行きとなり、加害者である聖騎士男が無罪放免となる。そのような不当判決。当然に受け入れられるはずもなく、俺は懐から包丁を取り出し聖騎士男へにじり寄る。


「まさかお前……俺を殺すつもりか? 考え直せ。ここジャップランドで人を殺せば殺人罪。お前は犯罪者となるぞ?」


「なるぞも何も、すでに犯罪者である」


俺の視線が広場に倒れる侵入者を見たことに気づいたのだろう。


「同志たちをやったことを言っているのか? だとするなら心配はいらない。あれは全て畜生どもの仕業とすれば良い。お前もお前の母にも何の罪もない。俺も口添えする。ここは野良畜生の殺処分でお互い穏便に済まそうではないか?」


なるほど。確かに魅力的なその言い分。


この場にいる犬猫ハトは我が家のペットではないと。いつの間にか勝手にダンジョンに住みついただけの薄汚い野良畜生であると切って捨てるなら、俺と母の刑務所送りは免れるだろう。


だが、怪我を押して俺の元まで危機を伝えてくれたニャン太郎。俺が来るのをダンジョン入口で待っていてくれたニャン花。そして、ダンジョンに迷い込んだ? 母を守り侵入者たちと戦った他のペットたち。


もはやただの野良畜生と切り捨てて良い存在ではなく、言葉は通じなくとも家族とも呼ぶべきその存在。


「その家族を殺処分するという貴様の提案。俺が承諾するはずもなく、お前の死刑は決定した」


そして何より、先ほども言ったとおり俺はすでに犯罪者。自分の父を手にかけているのだから今さら赤の他人の1人や2人。追加で処分することに悩むはずもなく。


「侵入者全員の死体を処分すれば証拠は残らず殺人罪もない。幸いにもここはダンジョン。いくらでも処分のしようはあるというわけで……心置きなく死ねー!」


カキーン 


俺の振るう包丁。聖騎士男は素早く拾い上げた盾で受け止めると。


ズバーン


返す刀で俺の身体を斬りつける。痛い。


「城 弾正。お前、たいした腕ではないな……いや、考えて見れば当たり前か。暗黒魔導士。後衛ジョブが近接戦闘で俺に敵うわけもない。どうやら仲間の死に臆病になりすぎたか……ならば死ね!」


斬りかかる聖騎士の剣。俺はゴブ王の盾で受け止めようとするが。


ズバーン


素早い剣撃。盾で受け止める間もなく俺の腹は斬り裂かれていた。


「……聖騎士ジョブ。守りは得意だが、攻撃は不得手であると攻略読本にあったはずだが……?」


「ふん。それは他の近接戦闘ジョブと比べての話。お前のような後衛ジョブと比較すること自体がナンセンスというものだ」


EXスキル:牛パワーを持つ俺は、力だけなら近接ジョブとも渡り合える。それがこうも圧倒的に打ち負けるとは……この聖騎士男。おそらくかなりの高LV。


そもそもが俺がこれまで戦い勝って来た相手は全て暗黒の霧を受けて弱るデバフ状態。デバフの効かない五体満足の敵を相手にガチンコしたのでは、後衛ジョブの俺が勝てるはずもない。


そんな俺の体たらく。遠巻きに様子を見ていたキジトラ ニャン美。


「にゃーん!」


爪を伸ばして足下を刈り取るべく走り寄るが。


「SSRスキル聖なる反撃!」


盾を突き出し聖騎士男がスキルを発動する。


「! 止まれ! ニャン美!」


だが、高速で走るニャン美は止まらず構える盾へと突撃。


カキーン


勢いそのまま弾き返され後方へと吹き飛んだ。


俺の持つゴブリン王の盾と似たような効果。受け止めた相手の攻撃を跳ね返すスキルというわけか。


だが、連続して発動することは出来ないのだろう。


「わんわんわん!」


続けて突撃するワンちゃん3匹の姿に。


「ちっ! この場は逃げさせて貰う。ダンジョンを出た後で覚えていろ!」


踵を返して草原広場を走り逃げ出した。


マズイな。さすがに他人の目のある所で人を殺しては殺人罪。このままダンジョンを出られては、聖騎士男を始末できなくなる。


だが、追いかけようにも斬り裂かれた俺の腹。治療もなしに動ける状態ではなく。


「クルッポー」「わんわん」「にゃー」


ハトサブローとワンちゃん3匹。そして白猫ニャン子が聖騎士男を追いかける姿を見送るしかないのであった。



自宅ダンジョンを脱するべく暗黒の霧の中、走り地上を目指す聖騎士男。


「SSRスキル。聖なる反撃!」


カキーン


「クルッポー……」


逃がすまいと襲い来る畜生どもだが、聖騎士男のLVは30。世界トップクラスの実力を持つ男が全力で守り逃げに徹するなら、止められるものではない。


ついには地上へと続く梯子を登り、自宅室内へ。


ガシャーン。窓ガラスをぶち破り、いよいよ屋外へと飛び出す聖騎士男。


だが、その目の前。


「すみませんが。ここはイモの家です。部屋の窓を割られては困るのですが、弁償していただけますか?」


学生服を着た少女が1人。その胸に三毛猫を抱え立っていた。


「その三毛猫は畜生どもの1匹……ということはお前は城 弾正の妹か? 俺を止めようと来たのだろうが、1歩遅かったな」


すでにここは屋外。自宅の外。周囲に魔素はないのだから、Dジョブは機能しない。無論、聖騎士男のDジョブも無効となるが……男はガタイに優れる異国の大男。


対するは中学生にも見える少女が1人と薄汚い野良猫が1匹。肉体言語で語り合うなら勝負は火を見るより明らかであり。


「退いてもらおう。まあ、退かないというなら殴り殺すまで。退け!」


相手が少女だろうと関係ない。頭蓋骨を粉砕せんと迫る大男の一撃。


ガシーン


少女は片手で受け止める。


「なにい!? う、動かない? 馬鹿な……こんな少女の身体に何故これだけの力が……?」


これがダンジョン内であれば不思議はない光景。未知の力、Dジョブを得た者は性別も体格も関係なく超常的な力を発揮する。


「魔素のない屋外でスキルを発動する。まさか……少女。お前のDジョブ……URかっ!?」


「電撃」


握る少女の手から走る電撃。落雷にも匹敵する高電圧は聖騎士男の身体を突き抜け、心臓は活動を停止する。死亡である。


ドサリ


握る腕を振り払い、聖騎士男の身体を窓から屋内。ダンジョンの穴へ投げ入れる。


その時。自宅の前を通る1台の自転車。


「あら? イモちゃん? こんな時間にどうしたの? 学校は?」


隣近所のおばさんの姿であった。


「こんにちは。それがですね。突風か何かでしょうか? 自宅の窓が割れていると連絡を受けまして、それで」


「まー! 本当、危ないわねえ。お母さんは仕事だしそれでイモちゃんが……でも泥棒とかじゃないわよね? おばさん、110番しようか?」


「いえ。それは心配ありません」


「そう? 警察が嫌ならおばさんが一緒に家の様子を見てあげるわよ? 本当に大丈夫?」


「はい。もう確認済みです。後はダンボールで塞ぐだけですから大丈夫です」


先程までトラブルがあったことにまるで気づくことはない。おばさんは自転車をこぎ立ち去って行った。

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