第96話 誰かは分からんが外国人……おそらくはエンパイア連邦の人間だ。
自宅ダンジョン地下2階 草原広場 無敵要塞テント内。
妹子が聖騎士男を殺害するより少し前。白姫様の治療を受けた俺は、逃げる聖騎士男を追いかけるべくテントを外に出る。
「でも
「いや。ニャン子たちが足止めしており、聖騎士男はまだ地下1階。外には出ていない」
自宅ダンジョン地下1階は全て暗黒の霧の領域内にあり、俺は聖騎士男が今どこにいるかを正確に把握できる。
「そうなの? 凄いわー。でも、今から走って追いつけるのかしら?」
当然、普通は間に合わない。
俺は草原広場に存在するモンスターゲートへ近づくと、漆黒の渦巻くゲートに手を触れると。
─────────
─操作を選んでください。
・自動転送の設定
・召喚転送の設定
・別暗黒門へ転送
─────────
別暗黒門へ転送から。
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─転送先の暗黒門を選んでください。
・黄金ダンジョン地下1階その1
─────────
ダンジョン出口に最も近いモンスターゲートを選択。ワープするなら逃げる聖騎士男にも追いつけるというわけで。
「行くぞ!」
「にゃーん」
「クルッポ」
「あらー? みんな行くの? それじゃ母さんも」
俺。母。黒猫ニャン花。キジトラニャン美。白ハト白姫様。以上の5人全員がゲートに入り聖騎士男を追いかけワープする。
・
・
・
ワープして出た自宅ダンジョン地下1階。
予想より聖騎士男の足が速く、すでに野郎は地上へ続く梯子に到着しようとしていた。足止めしているはずの犬猫ハトはどうなったのかと思えば……
「あら大変! ハトちゃん白猫ちゃんが怪我して地面に倒れているわ」
残念ながら聖騎士男に撃退されたというわけで。
「母さんと白姫様は2匹の治療を。ニャン花とニャン美は先に野郎を追いかけ足止めして貰えないだろうか?」
このままでは逃げられる。足の速い猫2匹に先行するようお願いするが。
「なー?」「にゃーん」
猫2匹は余裕の鳴き声でのんびりした様子。うむむ……所詮は猫畜生ということなのか?
ともかくこうなっては俺だけでも全速力。いよいよ地上へ昇る梯子が。そして梯子の足下でわんわん吠える子犬3匹が見えた所で。
ズドカーン
俺の目の前。梯子を落下する聖騎士男の身体が音を立てて地面に激突する。
黒く焼け焦げた身体はピクリとも動かず、生命反応はない。死亡であるが……
なんだ? 梯子を踏み外して落ちたか? いや、Dジョブを持つ男がこの程度の高さを落ちた程度で死ぬはずはなく。
「おーい。おにいちゃん! 侵入者はイモが倒したぞー!」
梯子の先。地上から聞こえる声はイモの声。どうやら地上に出た所をイモが倒してくれたというわけだ。
「イモか! 助かった! 暗黒の霧を解除する。降りて来てくれ」
梯子を飛び降り地面に着地するイモの姿。その胸には三毛猫ニャン太郎の姿があった。
「ニャン太郎? ということは加志摩さんが知らせてくれたのか?」
「加志摩ってあの議員の娘? 知らないよー?」
何でもイモは校内に現れたニャン太郎の姿を見て、スマホを確認。俺からのメッセージに気づいたという。
イモの学校からでは、とても走って間に合う時間ではない。てっきりニャン太郎を連れた加志摩さんが、タクシーでイモを迎えに行ったのかと思ったが……
「とにかくイモもニャン太郎も、ありがとう」
ニャン太郎がイモを呼びに行ってくれなければどうなっていたことか……
「にゃん」「なー」
何やら頷き合う猫たちの姿。先ほど猫たちに急ぐそぶりがなかったのは、イモが間に合うことを知っていたのだろうか。
「あら? イモちゃん。どうしてこんな場所に? 学校はどうしたの?」
「えー! 何でお母さんがダンジョンにー?」
丁度良くニャン子とハトサブローの治療を終えた白姫様が合流したため、ニャン太郎の治療をお願いする。
「それでおにいちゃん。この人、誰なのー?」
地面に倒れる聖騎士男を指さすイモの声。男の身体を調べる俺はポケットから財布を。そして──
「誰かは分からんが外国人……おそらくはエンパイア連邦の人間だ」
身分証こそないものの、財布の中からエ連紙幣を見つけていた。
「やったー! 5千ルーブル札だ。1ルーブル1.79円で計算すると……これ1枚で8950円の大儲けだぞー」
「あらまあ。円安の流れだし早めに換金した方が良さそうねえ」
いや。相手はモンスターではないのだから儲かるとか換金とかいう問題ではないのだが……あらためて思い返すなら連中の話していた異国言語。あれはエ連語だったように思える。
その後、自宅ダンジョンへ侵入した5人全員の遺体を草原広場に並べる。あらためて全員の所持品を調べるが、誰1人として身分証は所持していない。
「男たちの1人はLV25だと言っていた。おそらく全員が同程度のLVはあるはずだが……」
「LV25だと確かトップランカーだよね? それにしては装備が安っぽい感じだよー」
「あらまあ。それじゃ中古ショップへ持ち込んでも二束三文かしら?」
まあ、遺品を勝手に売り払って良いのかどうかという問題はあるが……
5人とも身にまとう装備は初級者向けの量産品。多くの探索者が使用することから目立たず群衆に埋没することの出来るもの。
身分証を持ち歩かないこととあわせて、自分たちの素性を隠したい意図は明白。後ろ暗いところのある連中。まあ、元々モンスターゲートを使い秘密裏に侵入する時点で、相手がまともな連中でないことは明らかなのだから。
「侵入者に仲間がいたとしても、警察に通報される恐れはないか……」
聖騎士男が110番を言ったのも、あくまで絶体絶命の窮地を逃れるための最終手段。一般的には泥棒に入った者やその仲間が警察に助けを求めるはずがない。
「証拠隠滅。遺体を焼却処分するなら、世間に騒動が露見することはないだろう」
「おー。それじゃ燃やす前に装備とお金を剥ぎ取るぞー」
「うんうん。資源はちゃんとリサイクル。偉いわよイモちゃん」
ダンジョンで死亡した者はゾンビとして蘇る。そのため焼却処分とするのが探索者の習わし。灯油を取りに自宅へ戻るその際中、俺のスマホに着信があった。
「もしもし。城です」
「あのー。イモちゃんと三毛猫ちゃん。そちらに居ますかですわ? 三毛猫ちゃん。タクシーに乗る直前に逃げ出してしまいまして……」
電話の相手は加志摩さん。
「ああ。すまない。イモもニャン太郎も自宅にいる。迷惑をかけて申し訳ない。ありがとう」
「ほっ。それなら良かったのですわ。それより城さんの自宅に着いたのですが、窓ガラスが割れた跡がありますわよ? 大丈夫なのですわ?」
窓ガラスが? そうか。逃げた聖騎士男の仕業か。だとするならイモの到着は本当にギリギリだったというわけで。
「大丈夫だ。心配はいらない。すぐに向かう」
電話を切った俺はすぐに
イモが応急修理してくれたのだろう。
「この窓。何があったのですわ?」
「いや。隣近所の子供が野球をやっていてな? ホームランボールが飛び込み割れただけ。何の心配もいらない」
昭和の時代。野球で遊ぶ子供が窓ガラスを割るのは日常茶飯事。適当に子供に罪をなすりつけたところで誰も疑う者はない。
「そんな野球をやれるような空き地、どこにあるのですわ……?」
などと呟く加志摩さんであるが、ここで真相を話すわけにはいかない。
「とにかく。窓ガラスが割れたのに驚いたニャン太郎が学校へ来たというのが真相。自宅ダンジョンには何の問題もなく全員が無事だ」
何せ自宅ダンジョンでは今も母とイモが証拠隠滅の真っ最中。いくら事故だ正当防衛だ不可抗力だと言おうが人を殺したのは事実であり、逮捕されないためにも今回の事件。加志摩さんにも誰にも秘密とするしかないのであった。
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