第8話 イモー。いるかー? お兄ちゃんが帰ったぞー。
予定と異なるアクシデントによる早めの帰宅。
「ただいま」
玄関をくぐり室内に声をかけるも返事はない。
母は仕事だとして、イモはどこか出かけているのだろうか? いちおう部屋でも見ておくか……
お土産として買ったわけではないが、まだ半分残っているポーション。美味しくはないだろうが、せっかくのダンジョンアイテム。お菓子の代わりにこれをプレゼントするとしよう。
リビングを出て廊下の先。1階奥にあるイモの部屋へ向かう。
従来は俺の部屋もふくめて2階にあったが、上り下りが面倒というぐーたらな理由により、イモの部屋だけが1階に移っていた。
「イモー。いるかー? お兄ちゃんが帰ったぞー」
コンコン
ノックするも返事はない。
やっぱり出かけているか……
イモも遊びたいざかりの中学生。仕方ないと踵を返そうとするその時。
なんだ? この感じ……
ドアの隙間から漏れ出す何かに俺は足を止めていた。
何だ? この空気……
俺は何が引っかかっている? 匂いか? ……いや変な匂いは何もない。
コンコン
もう1度ノックするが……やはり返事はない。
「イモ……ちょっと入るぞ?」
建付けの悪いドアが軋みとともに開く。1歩足を踏み入れたとたん。
「っ!?」
軽い頭痛が俺を締め付けた。
なに? これは……ダンジョンで感じたのと同じ……魔素か!
わずかにドアの隙間から漏れ出す魔素。
以前であれば気にもしなかったものが、ダンジョンで実際に魔素を経験したことで、その違和感に気づいたのだろう。
どういうことだ? なぜイモの部屋から魔素が? いったいどこから出ている?
見回す室内。ベッドの下から魔素が漏れ出すのを感じる。
キャスター付きのベッドは軽く押すだけで動き、その下には地下へと続く縦穴がポッカリ口を開けていた。
これは……もしかしてダンジョンか?
まさか俺の家に……イモの部屋にダンジョンが?
ダンジョンがどうして出来るのかは誰にも分からない。
3年前。はじめてダンジョンが出現して以来、ある日ある場所に突然に出来るのだ。
それを考えれば自宅にダンジョンが出来ても不思議はないが……いったいいつから? イモは知っているのか?
縦穴の横壁に生える梯子に足をかけ下へ降りる。5メートルほど降りたところで穴底に足が着いた。
穴の底から見える先は自然の鍾乳洞に見えるが……やはりここはダンジョン。その天井は淡い光を帯びて洞窟内をうっすら照らしていた。
そして何よりの違いは坑内に魔素が充満していること。
その淡い灯りの下。洞窟の先に何者かが倒れているのが見えた。
なんだ? 人がいる? まさか……イモか!?
慌てて近づこうとするが、待て待て。
身体の大きさ。服装から見て、あれは成人男性。あきらかにイモではない。
ならば……誰だ?
用心しつつも俺は近寄ってみる。
上下灰色のスウェット姿に突き出たお腹。顔は土気色に染まり頬はこけ、まるで生気を感じない。
死んでいるのか?
さらに近づきその顔を覗きこむ。
短く刈られた髪の下に見える顔は……
「と……父さん!?」
馬鹿な! クソ親父は1年前、忽然と姿を消してそのまま。
それが、なぜここに……?
いや……ここだからか?
警察も消防団も行方不明の親父を探すのに付近を捜索したが、家の中は調べていないのだから。
「あーあ……見つけてしまいましたか」
突然の背後からの声に我に返る。
「な?! 誰だ!」
淡い灯りの下。振り返る俺が見たのは、冷めた目で見つめる少女の姿。
「お前は……」
小柄な身体には、猫さんがプリントされた可愛いトレーナー。履き古された青のジーンズ。見覚えのあるその姿は……
「……イモか?」
「はい。イモですよ?」
確かにイモである……イモであるはずだが、人懐こいはずの笑顔はそこにない。あるのは、ただ凍るような冷たい眼差しだけ。
「イモ……これはいったい?」
「ダンジョン。いったいも何も見たそのままですよね?」
確かにそうなのだが……そうではない。俺が聞きたいのはそういう答えではない。
「お兄様。いくら兄妹とはいえ勝手に妹の部屋に入ってはいけません。せっかく誰にも内緒にしていましたのに……これではまるで台無しです」
「父さん……死んでいるのか?」
「ええ。私が殺しましたから」
いつもの甘い声ではない。冷徹なイモの声が俺に突き刺さる。
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