第90話 「ふん。受付チーフ。とんだ失態だな」

日本ダンジョン協会 本部ビル独房


佐迫させこさん。出てください」


「受付チーフ。どーいうことじゃん?! なんであーしが牢屋に入れられるわけ!? つーか、あーしの落札したダンジョンどうなったのよ!?」


部屋を出た途端、受付チーフに食って掛かる佐迫さん。


「どうなったも何も貴方の入札は取り消しに決まってます。はあ……せっかく審査を誤魔化しオークションへ参加させたってのに、何でエ連の人を連れて来るわけ?」


「だってせっかく株主になってくれた人たちだし、あーしの晴れ場を特等席で見せてあげようって……それにみんな長身色白イケメンのエ連美男子だし、はべらせちやほやされたいって……」


「あのね? アパレルショップ佐迫なんてショボイ個人商店。わざわざエ連が株主となって支援する理由が分かりませんか? それを貴方って人は……はあ。おかげで計画が台無しです」


怒りにわなわな震える受付チーフだが。


「ふん。受付チーフ。とんだ失態だな」


「こ、これはエ連の大使!?」


新たに現れた男を前にビシリ。姿勢を正す受付チーフ。


「お前が合法的に日本のダンジョンを落札できると。そう豪語するから工作員と工作資金を手配してやったというのに……」


「申し訳ありません。ですが、それも全てこのビッチ佐迫が原因で……」


「言い訳は不要だ。必要なのはここからどう挽回するか。日本のダンジョンを落札できると言ったお前の言葉。信じて良いのだろうな?」


「はい……ですが、その……今回、アパレルショップ佐迫が審査をすり抜けオークションに参加したことが問題になっておりまして……」


「ほう。それで?」


「審査を通した責任で私は受付チーフを降格。ただの受付となりまして……その、これ以上お力になるのは難しいかと……」


「ほう。それで?」


「え? いえ、ですからチーフとしての権力もなくなりましたので、これ以上は協力は出来ないと……」


「チーフでなくなったとして、日本ダンジョン協会の受付はそのままなのだろう? それなら書類をすり替えるなりハンコを誤魔化すなり、何とでも協力できるではないか」


「え? ですが、それは公文書偽造で……その、私は公務員の薄給を補うべく小遣い稼ぎをしたかっただけ。犯罪にまで手を出すのは……」


「今さら何を言っているのかね? 散々我々に個人情報を売り渡してきた君は、すでに日本を裏切る犯罪者ではないか?」


「そんな?! 日本を裏切るなんて、私にそんなつもりは……」


「田舎で農業を営む君のご両親。君から届く仕送りが、日本を裏切りスパイ行為で稼いだお金と知ったら、どう思うだろうね?」


「!? どうしてそのことを……」


驚く受付チーフだが、ここはスパイ天国日本。自分のやってきた行動を顧みるなら、他にも同類が。軽い気持ちでマイナンバーなどの個人情報をエ連に売り渡す者がいても何の不思議もない。


「当たり前だが今さらの足抜けは許されない。お前が落札すると言った自宅ダンジョン。書類を偽造するなり何なり、もう1度オークションに出るよう手配しろ。今度は私の方でエ連の息のかかったフロント企業を用意する。分かったな?」


言い捨てるエ連大使。受付チーフあらため、ただの受付となった宇喜多うきたの返事を見向きもせず、立ち去って行った。


「ちょっと。受付チーフ……じゃない。宇喜多っち。何かあのオヤジ怒ってたけど、あーしのアパレルショップ佐迫はどーなるじゃん?」


「貴方は黙って。今、考えてるから……」


ひとまずアパレルショップ佐迫の株は全て売却。工作資金を少しでも回収、返却するのは当然として……


はたしてそれで見逃してくれるほど甘い相手なのだろうか?


だが、すでに何の権限もない自分が落札の決まった自宅ダンジョンを再びオークションに出品させるなど、まともな手段で出来ようはずがない。それこそ大使の言う犯罪に手を出すしか方法はないが……


「おいおい。宇喜多さんよお? 何やら困ってるみたいやないけ?」


「貴方は……ヴィクトロビチですか」


宇喜多の前に現れるのは民間調査会社ワルシャワ(株)の調査員として、自宅ダンジョン調査に参加したエ連の工作員。前に見た時とは異なり、今日は色の濃いサングラスをしているようだが……


「聞いたで? 何でも自宅ダンジョンをもう1回オークションに出すよう言われたそうやな」


「……それで何なのよ? 手助けでもしてくれるっていうの?」


「そうや。オレが助けたろう思ってな」


思ってもいないその返答。


「オレが調査に赴いた自宅ダンジョン。猛毒の霧が充満する危険度Sランクダンジョンちゅーことやが……あれは自然の霧やない。正体はSSRのDジョブ暗黒魔導士が使う暗黒の霧や」


「暗黒魔導士? 暗黒の霧? それはいったいどういう……」


「誰か知らんがDジョブ暗黒魔導士の人間がダンジョンに隠れ潜んで、調査の間中、暗黒の霧をバラまいとったちゅーわけや」


「そんなことが……でも、それが事実なら危険度Sランクなんて査定。まるで嘘じゃありませんか! どうして黙っていたのですか?!」


「そらダンジョンを落札するっつーオレらエ連の目的を考えれば、その方が都合が良いからな」


危険度Sランクのダンジョンともなれば落札しようという企業は少なく、落札金額も安くなる。結果的に危険でも何でもないダンジョンが安く手に入るというわけだ。


つまり隠れ潜んでいたという暗黒魔導士の目的は、自宅ダンジョンを安く落札すること。そして実際に自宅ダンジョンを落札したのは……


城 美代子じょう みよこ……いえ、彼女は探索者ライセンスも取得していなければダンジョン入場履歴もないただの一般人。となりますと……そのガキ。城 弾正じょう だんじょうですか!」


忘れもしない。城 弾正といえばオリジン国大使の親子と共に品川ダンジョンを探索していた男。それを怪しんだエ連大使から直々に鑑定を頼まれたこともあるが……


「ですが、あのガキのDジョブは傭兵(R)。それがどうして……?」


「さあな。他に協力者がいるんじぇねえの?」


言われてみればあのガキは与党の出世頭である加志摩議員の娘とも知り合い。そして加志摩議員といえばオリジンアイランド国とのダンジョン同盟を仲介した中心人物。


「もうちょい時間があれば誰の仕業かゲートを詳しく調べられたんやが……クソが! 何や鳥のようなモンスターに不意をつかれてな……」


サングラスを外すヴィクトロビチ。その右目の有った場所には暗く陥没した穴が開いていた。


「……治療しなかったのですか?」


「欠損治療にはSSRランクの治療魔法が必要や。法外な治療費が必要っつーわけで他人の保険証を持って行ったんやが……写真付きマイナンバーカードを提出しろとか言われて治療を断られたんや! 保険証のただ乗りが出来ねーんじゃオレらにそんな金あるわけねーんだから治療できるわけねーだろが!」


社会主義国家であるエ連。平等公正な社会を建前に、工作員といえどその給料は他業種と差異が開かないよう安く抑えられている。


「せやからよお? あのクソダンジョンに潜んでやがったクソ野郎を叩きのめさねーとオレの気がすまんのや!」


つまりは私怨だが、協力してくれるというのだから儲けもの。


「ですが、いったいどうしたら……」


「はっ。おめーはオレらワルシャワ(株)の人間が、なんで日本のダンジョン調査に同行してるか。その理由は知らんかったな?」


宇喜多の目的はあくまで小遣い稼ぎ。エ連の目的を知って深入りしては危険であると、あえて聞かないでいたが……


「ワルシャワ(株)に所属する調査員は全員がSSRの暗黒魔導士や。そんでオレら暗黒魔導士は手を触れ登録したモンスターゲート間をワープ移動できる」


「……それはつまり……一度、調査に訪れたダンジョンであれば、エ連本国からいつでもワープ移動できるということですか?」


受付チーフ時代の宇喜多はエ連大使の要求するまま、多くのダンジョン調査にワルシャワ(株)の人間を同行させている。


「そうや。パーティ登録したメンバーも一緒に連れてワープ移動できる。祖国から軍隊を送り込むことも可能やが……モンスターゲート付近は監視カメラがあるからな。もしもワープ移動してるんが見つかったら計画が台無しやから、今は禁止されてるが……」


今は禁止ということは、いずれ軍隊を送り込む予定でもあるのだろうか?


だが、一度は失敗した自宅ダンジョンの落札。協力者である宇喜多を脅迫してまでエ連大使がこだわる理由が分かった気がする。


自分たちのダンジョンを入手したなら、今後は監視カメラを気にしてコソコソする必要もない。ワープ移動だろうが何だろうがやりたい放題。ダンジョン内部にエ連の軍事基地を建設。軍隊を常駐させることも可能となれば、いつでも日本を奇襲できるというわけだ。


「ごくり……」


さらりと重要な情報を聞かされた宇喜多。単なる小遣い稼ぎのはずが、とんでもない陰謀に加担してしまったのかもしれないと、その額に冷や汗が流れ落ちる。


「それでさー? ワープ移動できるからってどーなるじゃん?」


そんな宇喜多と異なりワープ移動の意味も分からないまま、城に奪われたダンジョンを取り返せるという点だけに食いつく佐迫。


仮に自宅ダンジョンが再度オークションに出て来たとして、落札するのはエ連大使の用意する別企業。すでにアパレルショップ佐迫が切り捨てられたことに気づいていないのかお気楽なものである。


「自宅ダンジョンへワープで侵入。モンスターをダンジョンの外へ追い出したればええ。そうなったらモンスター管理不行き届きで、ダンジョン保有許可は取り消しや」


魔素のない外に出たところで死ぬだけとあって、基本、モンスターはダンジョンの外に出ない。


それでも万が一の危険を考え、どのダンジョンも出入口は分厚い扉で隔離されているが、落札されたばかりの自宅ダンジョン。当然そのような備えはなく簡単に外へ追い出せる。


後は自宅ダンジョンから外にでたモンスターを近隣住民が目撃。110番するだけで城 美代子の有する自宅ダンジョン保有権は消滅。再度、所有者を決めるべくオークションに出品されるという仕組み。


「マジー? あんた頭良いじゃん。あーしのセックスフレンドにしてやるっしょ」


確かにヴィクトロビチの言う内容。実現可能に思えるが……


「ですが猛毒の霧。いえ、暗黒の霧でしたか。あれはどうするつもりです? もしも暗黒魔導士がダンジョンにいたなら、また暗黒の霧でやられるんじゃないの?」


「ちっ。あれは油断しただけや。あんなドジは二度と踏まん。それでも誰か人がいたら面倒なんは確かやからな……佐迫。おめーは城のガキと加志摩のガキと同じクラスなんやろ? 2人を見張っててくれや」


「任せるじゃん!」


現在、城家で探索者ライセンスを取得するのは弾正ただ1人。母がライセンスを取得するにもすぐには無理とあって、弾正と加志摩が学校にいるならダンジョン内部は無人となる。


「それでも加志摩議員やオリジンアイランド大使の知り合いが、ダンジョンにいるかもしれませんよ?」


「まあ、ありえるわな。せやけど多少の危険は冒さんと何も進まん。それに……オレ自身が暗黒魔導士なんやで? 暗黒の霧の対策はよう知っとるがな」


ニヤリ。片目で笑みを浮かべるヴィクトロビチ。スマホを片手に同じエ連の工作員だろうか、母国語で何やら電話するのであった。

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