第91話 「発動。暗黒の霧。世界を闇に染め上げろ!」
公立究明高校 2年教室
キーンコーンカーンコーン。朝の
「ふー。間に合ったじゃん!」
いったい誰かと思えば、まさかの佐迫さん。
加志摩さんと揉めた結果、クラスカーストナンバー1の地位を失った上に、昨日はダンジョンオークションの件で俺とも揉めたばかり。さすがに顔を出しづらく、てっきり学校を休むものと思ったが……
「きゃはっ。加志摩っちに城っち。その……これまでごめんなさいって感じでー? 許してちょんまげ」
「え? はあ。心を入れ替えたなら、わたくしはそれで結構ですわですが……」
本当に反省したのだろうか? 疑う俺の視線に気づいたのか。
「きゃるーん。城っちもめんごめんご」
抱き着くように俺の腕を取る佐迫さん。なるほど。腕に当たるその感触は柔らかい。となれば、男として許さざるを得ないというわけで。
「まあ、俺は寛大。これからはいじめなど画策せず、慎ましく暮らすように」
「はあ? なにコイツ。チンポ大きくしながら何をえらそーに……じゃなくって。きゃはっ。忠告ありがとうって感じでー? そうするじゃん」
担任の先生が来たこともあって俺の腕を離れ、自分の座席に戻る佐迫さん。反省したそぶりは何処へやら。先生の話を聞きもせず、何やらスマホをポチポチ忙しく操作していた。
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品川ダンジョン モニター監視室
「警備員さん。お疲れ様です」
ダンジョン各所に設置された監視カメラをモニターする警備員に対して、声をかける女性が1人。
「これは受付チーフ。お疲れ様です」
「いえ。私はチーフを降格。今はただの受付ですから、敬語は止めてください」
「そうなのですか? ……んなら何か用っすか?」
敬語は必要ないと言ったがあくまで礼儀的なもの。本当に真に受けてどうするとイラっとする元受付チーフ 宇喜多だが。
「これ差し入れのコーヒーです。一服行って来たらどうです? その間、モニタは私が監視しておきますから」
「マジっすか! あざっす。行ってきまっす!」
缶コーヒーを受け取る警備員。大喜びで席を立ち上がると喫煙ルームを目指し駆けだして行った。
「ふん。ヤニカスは扱いやすくて良いわね」
監視カメラに映るのは地下1階のモンスターゲート。その様子にスマホを手に宇喜多が電話する。
「警備員は追い払いました。今なら誰にも見られずモンスターゲートに触れます。一服から戻る前に急いでください」
監視カメラの先に映るのは、宇喜多の電話を受けたヴィクトロビチがモンスターゲートに触れるその姿。
本来、エ連の人間であるヴィクトロビチは品川ダンジョンに入れない。
だが、ダンジョン入場者を管理するのが受付の役割。チーフでなくともこっそり入場させることは可能である。
もっとも当初は10人もの大所帯で訪れたヴィクトロビチ。いくら何でもただの受付が誤魔化し入場させるには無理があり、内の5人だけを品川ダンジョン地下1階へ入場させたというわけで……
宇喜多の見つめる先。ヴィクトロビチたち5人の姿はモンスターゲートに吸い込まれ、品川ダンジョンから消えていった。
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城家の自宅 1階リビング
「あのーすみません。私、3階売り場を担当する
ガチャン。会社への電話を終えた美代子。
「あらまあ……母さん、10年は勤めていたのに薄情なものねえ。でも契約社員だしそんなものかしら……」
溜息をつくと机の上の「必勝! ダンジョン探索者100パーセント合格読本!」を見つめる。
「そういえば、あの人も顔に傷を負って稼げなくなった途端、ホストクラブをリストラされたのよねえ……」
以降、階段を転げ落ちるように自堕落な人間となっていった父親だが、怪我の原因はハワイでヤンキーに絡まれた美代子を助けるための大喧嘩。自分が原因とあって何とか立ち直って貰おうと働きに出た美代子であった。
「弾正から貰った本を読む限り、探索者ってのも危険な商売よねえ。弾正もイモもやる気満々だけど……もしもあの人のように怪我をしてしまったら……」
そうなっては探索者としてはお払い箱。若い頃の父親そっくりの弾正が、ヤケ酒から引きこもりの駄目人間に転がり落ちる様が手に取るように見えるというわけで。
「そうねえ。せっかくダンジョンがあるんだし、母さん起業してダンジョン探索会社の社長になろうかしら。弾正とイモを従業員にすれば、2人が怪我してもリストラされることなく、傷病手当も出してあげられるものね」
そのためにもまずはダンジョン探索資格を取得しなければと本を読み進める美代子の耳に、どこからか「にゃん」と鳴く猫の声が聞こえていた。
「あら? ダンジョンのある部屋から聞こえるような……?」
元はイモの部屋だったがダンジョンが現れたことから今は無人の部屋となっている。危険だから探索者以外は部屋に入らないよう、ダンジョン協会職員や弾正から言われているが……
その際、ダンジョン協会職員はこうも言っていた。おそらくは行方不明となっている父親だが、何かの拍子にダンジョンに入りモンスターに殺されたのではないかと。
その話に美代子は、ああ。そうなのだと納得する。生活能力を失ったあの人が、荷物もお金も持たず家を出るはずがないからだ。
「猫ちゃん? どこにいるのかしら?」
そんな危険なダンジョン。もしも猫ちゃんが迷い込んでは大変なことになる。
元来は動物好きな美代子。これまではペットを飼う余裕もなかったが、これからは猫を飼うのも良いかもしれないと、ダンジョンのある部屋のドアを開ける。
「にゃーん」
部屋に入った美代子を見て小首をかしげる三毛猫。そのまま床に開いたダンジョンの穴へ飛び込んでいった。
「まあ! ダンジョンへ落ちたのかしら? 大変。追いかけないと!」
慌ててキッチンから包丁を手に戻る美代子。そのまま梯子を降りて自宅ダンジョン。地下1階へ降りていった。
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自宅ダンジョン 地下1階
初めて降りる自宅ダンジョン。何でも空気中に魔素と呼ばれる成分が含まれており、初めて吸い込む際は多少の頭痛や倦怠感があるというが。
「特に何ともないわねえ。中も明るいし……」
弾正たちがドアを開け閉めする都合上、いつの間にか自宅内に魔素が充満していたのが原因。知らず知らずのうちに魔素に慣れていたため何の支障もない。
包丁を手にダンジョンを歩く美代子の前に先ほどの三毛猫が姿を現した。
「あら三毛猫ちゃん。ここは危ないから母さんと帰りましょうか? もしも行き場のない野良なら、母さんの家に居ても良いですからね?」
だが、姿を現したのは三毛猫だけではない。その背後には猫が3匹と子犬が3匹。おまけにハトまでもが2羽、その後ろに見えていた。
「もしかしてお友達かしら? でも困ったわねえ。こんなに家で飼えるかしら……?」
そんなことを考える美代子に対して三毛猫が近づいたかと思うと、いつの間に捕まえたのだろう。口に咥えるネズミを1匹、プレゼントと言わんばかりに美代子の前に置いていた。
「あらー。お利巧なのね。もしかして家のネズミを退治してくれたのかしら? だとしたらお母さんも何かお礼をあげないとね」
何か食べ物があったかしらとポケットを探る美代子の前、地面のネズミはまだ息があるのかモゾモゾ動いていた。
「まあ!? まだ生きてるじゃない。危ないわ。害獣はきっちり始末しないと……お母さんに任せなさい」
ゴキブリ、ネズミといった害獣は主婦の天敵。美代子はちゅうちょなくズブリ。包丁を突き刺し止めする。
「よしと。でも何だか体毛が金色の不思議なネズミよねえ……って、あら? 何だか身体にこみ上げるものが……」
そういえば合格読本で読んだ内容。モンスターを退治して魔素を取り込んだその時、人類は未知の能力。Dジョブに目覚めるとあったが……
「もしかしてこの三毛猫ちゃん。そのために瀕死の金色ネズミを? それとも単なる偶然なのかしら?」
あらためて見つめる三毛猫だが、その背後。まだ幼い子犬3匹がネズミやゴキブリを追いかけ狩りする姿を優しく見守る猫とハトの姿。
どうやら偶然ではなく、まだ狩りが出来ないと思われた美代子のため、瀕死のネズミを捕まえてきてくれたようである。
「まあ……やっぱり全員お世話してあげないと駄目よね。お母さん。起業して社長になるんだし、エサ代がどうこう言っている場合じゃないわ」
そのためにも探索者ライセンスを取得しないとねと意気込む美代子の様子に、三毛猫はその前足を差し出していた。
「あら? お母さんと握手したいのかしら? はい。どうぞ」
瞬間。何か三毛猫とつながる感覚。いや、三毛猫だけではない。他の猫や子犬やハトたちともつながるこの感覚。
「もしかして今のがパーティを組んだってことかしら?」
そんな不思議な感覚に浸りながらも、子犬たちの狩りする姿を眺める美代子だったが、ダンジョンの奥から何者かの靴音が聞こえ近づいてくるのに気が付いた。
カツーンカツーン。不気味に響く足音に嫌なものを感じるのか、子犬3匹は美代子の背後に逃げ隠れる。
「なんだ? 人がいるな?」
「おーん? 城も加志摩も学校やっつー話やろが?」
「女か……この顔。資料にあった城の母親だな」
「確か探索者でもないただの一般人」
大柄な体格に金の髪色。5人ともに外国の人に見える。
「あのー。どちら様でしょう? ここ、うちのダンジョンなので立ち入りは困るのですが……」
外国の人だから道が分からず迷い込んだのかしら? と声をかける美代子であったが……
「どうする? ってなんだ!?」
「ダンジョンの中に動物。犬に猫に鳥だと?」
「もしや……これがお前がやられたという未知のモンスターの正体か?」
「クソが……野良の動物を捕まえ調教してたってわけか……」
美代子の背後にいる動物たちに気がづいたのだろう。5人のうちの1人。サングラスをする男が激昂。右手を前に突き出した。
「こんなカスどもがオレの右目をよお?! 発動。暗黒の霧。世界を闇に染め上げろ!」
男の右手の平を噴き出す暗黒の霧。一瞬にして周囲一面、ダンジョン内を暗闇に染め上げていくのであった。
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