第89話 探索者ライセンスを有する者を3名記入しろというその書類。
自宅ダンジョンを落札したその夜。俺は母とイモとリビングに集まり、ダンジョン所有のための手続き書類に記入。捺印していくわけだが……
「うーむ。どうしたものか」
問題となるのは内の1枚。ダンジョン管理責任者として、探索者ライセンスを有する者を3名記入しろというその書類。
「1人は当然、俺として残る2人だが……」
「あらー。やっぱり母さん。今の仕事を辞めて探索者にならないと駄目なのかしら……?」
いや。あくまで書類上、探索者ライセンスが必要となるだけ。ペーパー試験に合格しただけのペーパー探索者でも問題なく、仕事を辞める必要はないのだが……
「まあ、その。前にも話したように出来れば母さんには今の仕事を退職。自宅ダンジョンの専属探索者となって欲しいのだが……どうだろうか?」
ダンジョンオークションは公開オークション。俺たちが自宅ダンジョンを落札したことは世間にも、ご近所さんにも知られている。
そして現在、リビングのテレビに映るのはダンジョンの危険性について討論するニュース番組。
大和田(お笑いコメンテーター)
「だからさあ? ダンジョンってのはモンスターの住居なわけ。そんでそこに人を殺すモンスターがわんさか住んどる。こんなんいつモンスターが外に出て来てもおかしくないやん?」
司会
「それは恐ろしいですね。ですが、どうしてそのように危険なダンジョン開発を与党は推進するのでしょう? コンクリートで埋め立てるなど封鎖した方が良いのではないでしょうか?」
大和田(お笑いコメンテーター)
「まー。単純にコレですわ。ダンジョンから採れる魔石は金になりまっからなあ。ほんま与党は汚い金に目がないですわ」
司会
「そうなんですね。司会である私は政治的中立ですが政府与党には幻滅しました。今度の都知事選挙は野党候補に投票します」
真中教授(ダンジョン学専攻)
「いやいや。待ってください。一応これテレビ番組ですから、そういう投票を誘導するような発言はダメでしてですね? それに魔素のない空間でモンスターは生きられない。現在までにダンジョンからモンスターが外に出て来たという事例は存在しなくてですね? 大衆を不安にさせるよう扇動するのは語弊があるといいますか……」
大和田(お笑いコメンテーター)
「はあ? そんなんお前、サメは水から出れへんでも、カエルやらワニやら陸に出て来る奴もおるやろ? モンスターにもそんな外へ出れる奴がおったらどうすんねん?」
真中教授(ダンジョン学専攻)
「ええまあ……それに関しては完全に否定できない部分はありますが……ダンジョンの保有企業にはダンジョン管理義務がありましてですね? もしもダンジョンの外にモンスターが出るようなことがあれば、ダンジョン管理者は刑罰に問われます。ですからどの企業も安全対策には万全の力を入れてましてですね?」
大和田(お笑いコメンテーター)
「アホか。そんなんお前、安全対策するのは当たり前。それで事故を防げるなら原発事故は起きてへんがな」
司会
「はい。全くその通りです。これは与党寄りの私ですら野党に鞍替えせざるを得ないといえるでしょう。となりますと、やはり焦点は次の都知事選挙となりまして……」
ご覧のようにニュース番組を通じて野党がダンジョンの危険性を訴える中、もしも母が仕事へ。俺とイモが学校へ行ったなら、その間、自宅ダンジョンは誰も管理する者のない無人となる。
「せっかく落札したダンジョン。万が一にもモンスターが外に出てはダンジョンは一発で没収。管理責任者である俺は刑務所送りとなるだろう」
「でもおにいちゃん。専属探索者ならニャン太郎たちがいるよ? モンスターが外に出るのは無理じゃないかなー?」
などとイモは言うが……ニャン太郎たちは人間ではなく動物。餌となるモンスターを目当てに住みついているだけで、モンスターが外に出るのを防ぐといった知能は持ち合わせていない。
さらに言うなら。
「あら? ニャン太郎って誰かしら?」
母が知らないのも当然。ニャン太郎たちがダンジョンに住みついているのは誰にも内緒の情報。当然、近隣住民が知っているはずもない。
「このままではダンジョンを無人で放置していると苦情の来る恐れがある。そのため無人ではない。母が専属で常駐、管理していると宣伝する必要があるわけだ」
「そうねえ。オークションの残金から借金も返済できたし……分かったわ。母さん。仕事を辞めて専属探索者になるわ」
「ありがとう。母さん。それじゃこれを」
やる気となった母に対して、俺はかつて勉強に使った「必勝! ダンジョン探索者ライセンス100パーセント合格読本」を手渡した。
100パーセントなのだからこれで母の合格は間違いないとして……残る管理責任者は後1人。
「はいはーい。それじゃイモも。イモも探索者ライセンスを取って、ダンジョン管理責任者になるぞー!」
「いや。無理である」
残念ながらここ日本において探索者ライセンスの取得は満16歳から。法律上、現在15歳のイモがどう頑張ろうとも取得できないのは、どうしようもない事実である。
「おにいちゃん。勉強不足だよー。日本では駄目だけど、外国ではそうじゃないもんねー」
マジかよ? だが、確かにダンジョン協会は世界的組織。日本以外の国にも存在する。
だとしても、仮に他国で探索者ライセンスを取得したとして、そのライセンスが日本で使えるのだろうか?
「ふふーん。それも友達に聞いたんだよねー。日本と米国、
なるほど。海外で取得した自動車免許でも、一部、日本で使えるものがあるというが、それと似たようなものか。
だとするなら、イモが海外で探索者ライセンスを取得するなら、ダンジョン管理責任者となれる。今後は誰はばかることなく堂々と自宅ダンジョンにも入れるというわけで……
「よし。イモ。海外へ行こう!」
「おー! 海外旅行だー!」
「あらー。母さんはどうなるのかしら……?」
……残念ながら先ほど言ったように、自宅ダンジョンが無人となるのは好ましくない事実。
「分かってるわ。母さんは昔、あの人と一緒にたくさん海外旅行したから。留守番してるから、2人で楽しんできてね」
問題は米国と檻国。どちらの国へ行くかだが……
「あ。米国はダメだよー? 米国で探索者ライセンスを取得できるのは、日本と同じ満16歳からだから」
いわゆる先進国と呼ばれる国においては子供は保護対象。探索者といった危険な職業に就けるはずがない。だが、発展途上国に区分される国であれば、その事情は異なる。
「ということは檻国か……」
檻国。正式名称オリジンアイランド国は、俺もダンジョン同盟の件で初めて知ったような小国。日本の北東に浮かぶ小島で人口も少ないとあって、子供も即戦力。労働人口としてカウントされているわけだ。
そういえば以前に知り合ったアメフト親父は檻国の大使。その娘の華さんは12歳からダンジョンに潜っていると言っていた。
せっかくだ。以前、アメフト親父から貰った名刺に電話してみるか。上手く行けば何か便宜を図ってもらえるかも知れない。
「お母さん。たくさんお土産買ってくるからねー」
「あらあら。ありがとうイモちゃん。弾正。海外は治安の悪い所も多いから、しっかりイモちゃんを守るのよ?」
「もちろんだ。任せてくれ」
「母さん思い出すわあ。あの人と初めてハワイに行った日のこと。あの時もガラの悪いヤンキーが母さんをレイプしようと絡んできてね。それをあの人が殴り倒して……」
いや。だから親父の話はもう結構だというのに……
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