第88話 「じゅ、じゅ、十億円!?」
自宅ダンジョンのオークション。ピコン。画面に表示される入札情報は……
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入札金額:10億円
入札者名:アパレルショップ佐迫(株)
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「じゅ、じゅ、十億円!?」
「まさか……一介のアパレルショップに払える金額ではないですわよ?!」
しかもつい先日までアパレルショップ
「
「無理ですわ……いくら与党といえども、これ以上の悪用は……」
さすがに1議員にどうこうできる金額を越えているか……
「決まったああああ! 10億円! これには他の入札者たちも口をあんぐり。白旗を上げるしかありません! アパレルショップ佐迫。見事な入札ゴールを決めましたあああ!」
「ハラショー!」「スパシーバ!」
アナウンサーの絶叫に佐迫さんの元へ関係者だろう者たちが集まり勝利の喜びを分かち合う。いずれもガタイの良い体格に何やら異国の雄たけびをあげるが、彼らが株主なのだろうか?
だが、誰が株主だろうが10億円は10億円。俺たちが負けたことに変わりはなく……
「……ちょっと待ってくれないか?」
落札に湧き上がる佐迫さんに対して声をかける青年が1人。いったい誰かと思えば俺のライバルにしてトップランカー
「はあ? 何よあんた? ってイケメンじゃーん。何よ? あーしとねんごろしたいとか、そーいう感じー?」
「いや。君の会社……もしかしてだけど、海外資本が入ってないかな?」
そう言う来栖くん。その目は佐迫さんの周りに集まる異国の男たちに向けられていた。
「きゃはっ。当然じゃん? だってアパレルショップ佐迫の株主の90パーセントはエンパイア連邦しょ。アパレルショップ佐迫は世界に飛び出すグローバル企業だしー? 海外資本が入るのは当たり前って感じでー?」
21世紀はグローバル社会。それを考えれば佐迫さんの回答に何の不思議もないが……
「うん。そうだね。グローバル化は良いことだと思うけど……ダンジョンは国の保護政策。海外資本の比率が1割を超える企業は、ダンジョンオークションに参加できない決まりなんだけど……君の会社、大丈夫かな?」
マジかよ?! だが、言われてみれば国内産業保護のため、海外資本を制限する産業は複数存在する。
そして現在日本においてダンジョンは国の保護する産業ナンバー1。それがため国内で探索者となれるのは日本国籍を持つ者。もしくは日本とダンジョン同盟を結ぶ米国と檻国の人間だけと厳しく制限されている。
「マジー?! そんな決まりが……って。いやいや何のことじゃん? あーし。海外とか何も知らないしー?」
「いや、君を責めているわけじゃないんだ。僕が疑問なのはオークション参加企業は事前審査があるはずなんだけど……何で参加できたのかなってね?」
来栖くんは日本ダンジョン協会関係者の並ぶ席へと目を向ける。
「ちっ。来栖の野郎。トップランカーだからって調子に乗って余計な真似を……というかあのアマ。何でエ連の人間を連れて来てるのよ! これじゃ私の努力が水の泡じゃない!」
来栖くんの指摘に不機嫌そうに呟く女性が1人。確か受付チーフだったか?
「どうなっているのかね! 事前審査は受付チーフである君の担当ではないか!」
「海外の、それもエ連の息のかかった企業がダンジョンオークションに参加するなど前代未聞の大失態じゃぞ!」
「私は知りません。私が審査した時はまだ個人商店でした。審査後に株式会社となっただけですから、私は悪くありませんよね?」
自身への批判に開き直って見せる受付チーフだが、だからといってこのままでは済まされない。
「アパレルショップ佐迫の入札は取り消しじゃ!」
「違法だと知りながら参加したなら刑事罰もありうるからのう。覚悟しておくのじゃぞ?」
となると次点入札は1億5千万円の加志摩さんだが……
「それならわたくしも入札を取り消しますですわ」
通常、一度行った入札は取り消せない。だが、そもそもが今回の騒動は主催者である協会側の不手際が原因。認めざるを得ないというわけで……
「えー。ということは……落札金額5千万円。入札3番手である城 美代子の落札で……あ! ですが、2人の入札がなければ5千万円まで吊り上がらなかったわけですからその前。1100万円の落札で決定ということですかねえ……ですよね?」
司会の疑問に答えるように場内に点灯する落札確定ランプ。
「あ、はい。それでは……決まったあああ! 落札金額1100万円。危険度Sランク。驚愕の自宅ダンジョンを落札したのは城 美代子38歳に決定だあああ!!!」
「あらまあ! これで母さんたち自宅を出ないで良いのかしら?」
「ああ。計算通り俺たちの落札だ」
「やったー! さすがおにいちゃんだ! ばんざーい!」
実のところ計算外のことばかりであったが、終わり良ければ総て良し。結果的に当初の予定どおり格安1100万円で落札は確定。残金3900万円で借金返済だろうが海外旅行だろうが余裕で可能とあって、危うく失われつつあった俺に対する信頼も余裕で回復したというわけだ。
「なんで!? あーしが落札したのにどういうことじゃん!? 受付チーフ!」
「ハラショー?」
「はあ。仕方ないですね。余計なことを喋るその前に……警備員。連れて行きなさい」
警備員に両腕をつかまれ別室へ連れ出される佐迫さん。こうして驚愕の自宅ダンジョンオークションは終了する。
「加志摩さん。今日はありがとう」
「いえ。あまり助けになりませんでしたわ」
結果的にはそうなるが、それでも助けてくれたのは事実である。
「やあ。
そんな話す俺たちの元。何やら笑顔で近づく青年が1人。ご存じ俺のライバルにしてトップランカーの
(加志摩さんは来栖くんと知り合いなのか?)
(当然ですわ。父の絡みでわたくし何度も顔を合わせていますもの)
ダンジョン推進派の議員とダンジョン探索のトップランカー。確かに知り合いであって当然か。
「そちらの少年は……今回、ダンジョンを落札した城 美代子さんの息子さんかな?」
そんな加志摩さんの隣でごにょごにょ話す俺に目を向ける来栖くん。
「そうか。ただの民間人が危険度Sランクのダンジョンを落札しようなんて普通じゃないから心配だったけど、加志摩議員が絡んでいるなら納得したよ」
納得した様子の来栖くん。再び加志摩さんに向き直る。
「でも静香くん。それならなおさら今回のオークション違反。僕より先に君が気づかないと駄目なんだけどね?」
「うぐ……その、すみませんですわ」
与党においてダンジョン周りの法整備を進めてきたのが加志摩議員を中心とするダンジョン推進派。加志摩さんはその娘なのだから確かにもっともな意見である。
「だけど安心したよ。何でも静香くんのDジョブは奴隷だと。不出来な娘を産み育てた責任をとって加志摩議員は辞職するなんて噂もあったからね。どうやらガセネタだったようだけど」
「え、ええ。まあ、そうですわ。本当、困った噂で……おほほ」
「それで城くん。静香くんの友達ってことは同じ高校性? 大丈夫? 君のお母さんがダンジョンを落札したけど、ちゃんとお母さんを手伝えるかな? 加志摩議員からの手助けがあるんだろうけど、僕の方でも何か手伝おうか?」
加志摩さんに対するのとは一転。俺に対して子供をあやすかのように語りかけるその様子。
「余計な心配は無用である」
俺はにべもなく断った。
「ちょっと貴方?! 心配してくださる来栖さんに失礼ですわよ?」
「だが俺と来栖くんとはライバル関係。それが一方的に哀れみの言葉をかけられては、反発するのもやむを得ないと言えるだろう」
「はあ? ライバル関係? どこがですわ?」
俺の返答に呆れる加志摩さんであるが、それも無理はない。
高校生である俺に対して来栖くんは大学生。しかも学生アルバイトとしてセコス(株)でダンジョンを探索する内にその才能を開花。あっという間にトップランカーへと昇り詰めたその功績で、今やセコス(株)の非常勤役員にまで昇進していた。
つまり現役の一流大学生であり、一流企業の役員であり、探索者のトップランカーという人生の成功者を体現した存在が来栖くん。
そんな来栖くんの経歴を考えれば確かに俺がライバルなどおこがましい話であるが……それでも根っこは同じ探索者。例え今は実力差があろうとも、あきらめてはそこで試合は終了する。
「いずれ追いつき追い越そうという気概のない者が、探索者として大成できようはずがない」
「それを言うなら人生の先輩に敬意を払えない者が大成できるはずありませんわよ? 来栖さんはわたくしたちの先輩なのですから、くん呼びは失礼なのではありませんわ?」
……言われてみればそうかもしれないが……俺の見た雑誌では常に「来栖くん」呼びだったその影響。
「例えるならファンがプロ野球選手や有名アイドルを呼び捨てにするようなもの。メディアによる刷り込みが原因なのだから俺は悪くない」
俺と加志摩さん。ごちゃごちゃ小声で言い合うその姿に。
「あはは。大丈夫だよ。子供たちからもいつも来栖くんって呼ばれているからね。城くんも気にしないで呼んでくれて大丈夫だから」
あくまで笑顔で答える来栖くん。
うむむ。もしかしてだが来栖くん。ひょっとして良い人なのだろうか?
トップランカーとして毎回雑誌でチヤホヤされるような人間。てっきり虚栄心で凝り固まったロクな野郎ではないと思っていたが、それは単に狭量な俺の嫉妬心が織りなす幻影。間近で見る来栖くんは優しく思いやりのある人間に思える……
となれば、いくらライバルとはいえ俺も少しは態度を改めるべきなのか?
そもそもが今回のオークション。来栖くんの横槍がなければ佐迫さんに敗北する所であったのだから、来栖くんは自宅ダンジョンの恩人。感謝するのが筋というわけで……
「あー。その。来栖くん。いや、来栖さん。今日のオークションでは、その大層お世話になり……」
「おにいちゃーん。ダンジョン落札に関する書類手続きがあるって。お母さんじゃ分からないから来てくれて言ってるよー?」
そんな折、俺を呼びに現れるイモの姿。
「!?」
俺や加志摩さんを捨て置き、いきなりイモの目の前に位置どる来栖くん。
早い! いったいいつの間に?!
「なんて美しい……君はいったい……?」
「え? 何ですか貴方。私は兄を呼びに来ただけ。退いてください」
「僕はセコス(株)で探索者をやっている来栖です。気軽にトップランカー来栖くんと呼んでもらえれば……」
「え? キモすぎるんですけど頭大丈夫ですか? お医者さんを呼びましょうか?」
いやいや。一応はトップランカーにして自宅ダンジョンの恩人である来栖さん。俺も大概に失礼な人間だとは思うが、さすがにキモイは言い過ぎ。レッドカードである。
だが、そんな俺の懸念を余所に笑顔の来栖くん。
「不思議と貴方の言葉の全てが心地良い……これを運命と呼ぶべきなのだろう……」
いや。いったいどうしたのか? 疑問を浮かべる俺は加志摩さんを見つめるが。
「え? いえ、わたくしもこんな来栖さん初めて見ますわ。ファンの女性、それもセクシーな美女に言い寄られてもまるで態度が変わらないですから、もしかしてそっちの気があるのではと疑うほどでしたのに……」
うむむ。言い寄るセクシー女性に見向きもしない男が、現役JCであるイモにはホイホイ自分から言い寄るとなれば……つまりは来栖さん。いや、この野郎、単なるロリコンではないか。
いくら年上とはいえ、やはりさん付けなど不要。来栖くんで十分というわけであった。
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