第87話 それではこれより驚愕の自宅ダンジョン、オークションを開始します!

「えー。お待たせしました! それではこれより驚愕の自宅ダンジョン、オークションを開始します! スタート価格は1000万円。みなさんお手元のボタンを押して奮ってのご参加をお願いします!」


1000万。まずは予想通りのスタート価格といった所か。


これが危険度Cといったダンジョンなら落札参加者も多く、スタート価格も高く設定される。だが自宅ダンジョンの危険度はSランク。参加者が現れるかどうかすら分からない不人気ダンジョンなのだから、スタート価格が安く設定されるのも当然となる。


「でも、おにいちゃん。スタート価格が安いなら、ダンジョンに潜らないけど、冷やかしで買っておこうって会社もあるんじゃないかなー?」


「いや。ダンジョン所有企業にはダンジョン管理義務と魔石納税義務が発生する。ダンジョンに潜らず放置するなら国からの指導が入り、最悪、責任者には刑事罰も発生する」


「そうなんだー。それじゃ難易度Sランクの自宅ダンジョンはどこの企業も入札しないってこと?」


「ああ。そのとおり」


例え購入したところで自社の探索者を無駄に死なせるだけ。利益のために動くのが企業なのだから、赤字が確定する自宅ダンジョンを購入するはずがない。


俺が自信満々にイモに告げたその瞬間。ピコーン。入札を示すランプが点灯する。


「おっと! 早くも入札がありました! 入札価格1000万円。日本が誇る探索者企業、セコス(株)の入札です!」


「なにいいい!?」


セコス(株)ということは……トップランカー来栖くるすくんの会社か?!


「来栖くん。良いのかね? 危険度Sランクのダンジョンなんて落札したところで、君以外の誰も潜りたがらないと思うのだがね……?」


「誰も入札しないなら公立ダンジョンになります。ですが公立ダンジョンは管理も杜撰な適当運営。危険度Sランクのダンジョンがそのような有様ではマズイでしょう? ここは市民のためにも僕たちセコス(株)で管理するべきです」


おのれあの野郎……なーにが市民のためにも僕たちセコス(株)で管理するべきです(キリッ)だ。おかげでジロリ俺を見つめるイモの目が若干呆れてみえるではないか……


だが、こうなっては当然、俺も動かねばならないというわけで。


「さあ。他に入札はありませんでしょうか? ないようならこのままセコス(株)が自宅ダンジョンの権利を落札となりますが……」


ピコーン。新たな入札を示すランプが点灯する。


「あーっと! ここで新たな入札者が現れたあ! 危険度Sランクの自宅ダンジョン。はたして入札したのはいったいどこの命知らずだ? 入札価格は1100万円。入札企業は……城 美代子。これは企業ではなく個人なのか? しかも城ということは、これは自宅ダンジョン発見者自身による入札だあああ!」


ザワザワ。司会の言葉に会場の視線は城 美代子へと集中する。


「あらあらまあまあ。どうしてみなさんこちらを見るのかしら? 母さん何かしたかしら……?」


何のことか分からずポカーンとする母だが、決して俺、何かやっちゃいましたムーブを決めているわけではない。17歳にして未成年の俺にオークション参加の権利はなく、勝手に母の名前を使い参加しているからである。


「あらーそうなの弾正だんじょう? でも、それなら一言相談してくれないと。だって母さん、1100万円なんてお金は持ってないもの」


「問題ない。たまたまクラスメイトに与党 加志摩議員の娘がいたその縁で、俺は5千万円を貰い受けている」


来栖くんの台詞から考えるに、あくまで公立ダンジョンとなることを避けたいという理由で入札しただけ。他に入札する者が出て来たのだからこれ以上の応札はない。


「1100万円で落札したなら購入資金のうち3900万が余るというわけで、クソ親父の残した借金を完済してなお、家族で海外旅行を楽しむだけの余裕があるというわけだ」


「やったー! みんなでハワイだー!」


「あらあらまあまあ! 凄いわ弾正! 世間知らずの娘さんを篭絡して5千万円を引き出すなんて……やっぱりあの人の血を引いているのねえ。あの人もホストクラブ1番の売れっ子でね。よく若い子をカモに荒稼ぎしたお金で海外旅行に連れて行ってくれたものよ」


いやいや。若い子をカモにするのは武勇伝として語っては駄目な話であるが、どうやらイモの信用は取り戻せたというわけで。


「さあさあ! 現在の入札額は1100万。他に入札はないのか? お金はうなるほど持ち合わせるセコス(株)はどうした? もう諦めるのかー?!」


やれやれ。司会の方も仕事とあって盛り上げようと必死なのは分かるが、さすがに駄々滑り。他に入札する者など誰もいないのだから、このままオークションは終了となるだろう。


ピコーン。そんな俺の予想とは裏腹に、新たな入札を示すランプが点灯する。


「あーっと。ここで新たな入札がー! って、どうせ1200万とかショボイ金額だよなあ……セコス(株)が撤退なんだから司会として盛り上げるにも無理があるって……ああああーっ!?」


何を驚くのか大声を上げる司会の男に釣られて入札者情報を見るなら。


──────

入札金額:2200万円

入札者名:アパレルショップ佐迫(株)

──────


「なにいい!? 倍額2200万だと?!」


落札したところで儲けがあるとは思えない危険度Sランクの自宅ダンジョン。それをいきなり倍額入札など通常の企業では考えられない動きだが……


「きゃるーん。これであーしの落札で決まりって感じー?」


「まさか佐迫さんか?! なぜこのようなオークションに?」


「そんなの決まってるじゃん? あーしに恥をかかせた城っちへの嫌がらせ。この自宅ダンジョンって元々はあんたの家じゃん? あーしが買い取って住んでやるっしょ? ざまーみろ!」


いや。すでに築50年。ボロ屋を乗っ取り住んだところで何がざまーみろなのか不明だが、佐迫さんのこの動き。費用対効果を考えた企業の動きではない。個人の怨恨。


だとするなら俺も勝負をかけるしかないわけで……


「さあ出ました2200万。他に入札する者はいるのかいないのか?! あーっと! 負けじとここでボタンを押したのは城 美代子。入札額は何と驚きの5千万だあああー!」


「5千万って……あらー」

「……おにいちゃん。予算を使い切ったけど、残金で海外旅行はどうなったのかなー?」


イモだけではない。母とイモ、2人の目がジト目となるが……許せ。


個人と企業。資金力に差のある中、落札金額をちょびちょび上積みして佐迫さんをヒートアップさせては俺に勝ち目はない。


余力を残さず一気に上限まで。怨恨で動く佐迫さんの頭に冷や水をかけ、企業人としての理性を取り戻させるしか俺に勝ち目はない。


「ふーん……5千万かあー。ちょっと驚いた感じだけど……ざーんねん。アパレルショップ佐迫を舐めるなよ!」


ピコーン。と点灯する入札金額は1億円。


「んなんとおおお!? まさかここでとうとう1億円の入札だあああ! 赤字確定、難易度Sランクの自宅ダンジョンにまさかこれだけの入札。いったい誰が予想したのかああ!?」


「どーせ城っちの5千万って加志摩っちから融通してもらった汚いお金じゃん? でもさー? 今国会で成立した政治資金規正法って知ってる? 今後は政策活動費を使うにも領収書の公開が必須。これ以上、城っちに汚いお金を流すのは無理って感じでー……? 終わりじゃん」


マジかよ? 俺たちの政策活動費が使えなくなっただと……? だが、そうなっては確かに佐迫さんの言うとおり俺の負けが確定する。


「いやー驚きです! まさか1億円などという破格の入札が出たからにはこれで決着は間違いないでしょう! 念のため聞きますが、まだ応札しようという方はいるでしょうか? いないようならこれで……」


オークションを締めようと司会が挨拶する最中。ピコーン。新たな入札を示すランプが点灯する。


「なんとおお!? まさか、まだ入札しようという者がいたのかああ?! 入札金額は1億5千万円! 入札者は……加志摩 静香。なんと与党の衆議院議員にしてダンジョン推進派、 加志摩議員の娘さんだあああ!」


「加志摩っちいいいい! てめー。政策活動費が使えないってのにそんな金……いったいどこから持って来たじゃん!?」


「佐迫さん。政治資金規正法が成立したといっても即座に実施されるわけではありませんわ。つまり規制法が始まる前。今ならまだ領収書なしで政策活動費を使い放題ってわけですわよ」


マジかよ! 俺たちの政策活動費はまだ生きていた!


のは良いのだが……これって加志摩さんが落札した場合、結局、俺が自宅を追い出されるのは変わらないのではないか……?


「城さん。わたくしが落札したなら、自宅ダンジョンは貴方に差し上げますわ。その代わり、わたくしと只野さんにはいつでも自宅ダンジョンに入れる永年パスポートを発行してもらいますわよ」


その程度で自宅ダンジョンを譲渡してくれるなら、お安い御用というもの。とにかく、これでお互いの立場は一変。俺は佐迫さんを振り返る。


「残念だが佐迫さん。俺の自宅に佐迫さんの眠るベッドは存在しない。落札はあきらめてもらおうか?」


「……ですが不思議ですわ。わたくしの知るアパレルショップ佐迫はつい先日までただの個人商店。株式会社ではなかった上に、ポンと1億も出せる資金状況ではなかったはずなのですわ……」


確かに。言われてみれば加志摩議員への脅迫に失敗。後は落ちぶれる一方であるはずのアパレルショップ佐迫の何処にこれだけの資金が……?


「あのさー? 加志摩っち。議員の娘だからってあんま民間企業を舐めんなって感じでー?」


ポチリ。手元の入札ボタンを押す佐迫さん。


まさか1億5千万円を超えて、まだ応札するだけの資金があるというのか?


だとしても、俺の資金5千万円と加志摩さんの資金1億5千万円。あわせるなら2億までプッシュできるというわけで、佐迫さんがこの額を超えるには、よほどバックに大きな株主でもいないと無理なはずだが……


ピコン。画面に表示される入札情報は……


──────

入札金額:10億円

入札者名:アパレルショップ佐迫(株)

──────


「じゅ、じゅ、じゅうおくえん!?」

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