第69話 加志摩さんに連れられ自宅となるタワーマンション最上階へと移動する。

予定より早く品川ダンジョンでの狩りを終えた俺と加志摩かしまさん。その後、加志摩さんに連れられ自宅となるタワーマンション最上階へと移動する。


なるほど。さすがは与党議員にして次期閣僚入りが内定する加志摩先生。大層立派なお宅であり、お金などありあまっているように思える。


「ただいまですわ」

「お邪魔します」


挨拶の後、玄関で靴を脱ぐ俺たちの前。


「お帰りなさいませ。お嬢様」


メイド服を着た女性が出迎えるが、さすがは上級国民たる国会議員。自宅にメイドを備えるのは基本というべきか。


「お嬢様……そちらの殿方は?」


目つき鋭く俺を見つめるメイドの視線。仕えるべき主人の娘が自宅に男を連れ込むのだからそれも当然か。


「初めまして。俺は加志摩さんのクラスメイトでじょうといいます」


「城ですか? 失礼ですがどなたか議員の方のご子息でしょうか? あいにく城という議員の方に私は覚えはないのですが……?」


「いや。我が家は一般的な母子家庭。議員とはまるで縁のないただの庶民である」


「そうですか。ではお引き取りください」


バッサリ。取り付く島もない冷酷な視線が俺の顔に突き刺さる。


「仮にもここは与党議員にして次期閣僚入りの噂される加志摩先生のご自宅。議員でもない下級国民が軽々に足を踏み入れて良い場所ではありません。アポイントメントののち、再度、お越しください。まあ、貴方のような下級国民がアポイントメントを取れるはずもありませんが」


そう俺の前で一礼するメイドさんだが、言われてみれば確かに……

友人の自宅へ遊びにいくような気軽なつもりで来たが、一般家庭とはセキュリティレベルの異なるのが議員の自宅。追い返されるのも当然といえるが……


「ちょ、ちょっと早乙女さおとめさん。追い返しては駄目ですわよ。わたくしの招いたお客様ですもの」


早乙女さんというのがメイドの名前なのだろうが、メイドより上の立場となるのが主人の娘であり俺はその客なのだから、ここは当然に上がり込むことが可能となる。


「それより今日の父の予定はどうなっていますのですわ?」


「予定どおり夕食までには戻ると先ほど連絡がありました」


「そう。それじゃ城さん。応接室へ案内するですわ。早乙女さんはお茶を用意してくださるかしら?」


「ですが、お嬢様。我が加志摩家にあるのは上級国民用の高級茶葉だけ。庶民用のクズ茶の備えはありませんが、いかがいたしましょうか?」


「いえ、普通に高級茶葉で良いのでお願いするのですわ」



加志摩さんに案内された応接室。メイドさんが嫌そうに給するお茶菓子に手を伸ばし時間を潰すそのうち。


「ただいま戻った」


玄関先から帰りを告げる男の声がする。

加志摩さんの父親。衆議院議員である加志摩先生が戻られたのだろう。


応接室に近づく足音に俺が座席を立ち上がり待ち構える中、ガチャリ。ドアの開かれる音と共にスーツに身を包む壮年男性が姿を現した。


「……誰だ貴様?」


開口一番。随分なご挨拶であるが、相手は議員先生にして俺は一庶民。


「お初にお目にかかります。俺は加志摩 静香さんのクラスメイトをさせていただいております城 弾正じょう だんじょうと申します」


へりくだるしかない立場とあって深々と頭を下げる俺に対して。


「オウ! ダンジョーボーイね。ひさしぶりでしょう」


加志摩先生に続いてアメフト装備を身に着けたアメフト親父が。


「なに? アンタ。なんでこんな場所にいるわけ?」


その娘。URジョブを有するというはなさんの2人が応接室に入室する。


「マジかよ!? オリジン国の2人が何故にこのような場所に?」


「ミーたちはダンジョン同盟の件で来日しているでしょう。当然でーす」


そうか。オリ国とのダンジョン同盟。その交渉を担当するのが政府与党にしてダンジョン推進派である加志摩さんの父というわけか。


「失礼だがマグワイア大使と華さんは、この少年とお知り合いか?」


「イエース。ダンジョーボーイとは品川ダンジョンで遭遇したでしょう。ベリーユニークな探索者でしたので名刺交換したでーす」


「ほう? 観測スキルを持つマグワイア大使がそうまで言うとは……」


アメフト親父ことマグワイア大使の言葉に、眼鏡のつるを持ち上げ興味深げに俺を見つめる加志摩先生。


「だが、そのような探索者を連れて来たということは……静香。ダンジョンへ行ったな?」


父親の言葉に罰が悪そうにうつむく加志摩さん。


「二度とダンジョンに近づくなと言っておいたはずだが?」


「ごめんなさいですわ」


申し訳なさ気に小さくなる加志摩さんの姿を仕方ないとばかり見つめる加志摩先生。その目は娘を見守る父親の目つきそのもの。


「それで城といったか。貴様、いったい何の用件で来た?」


一転。あらためて俺に向き直る加志摩先生。その目には俺に対する敵意がありありと見てとれる。


「はい。娘さんのDジョブの件で来ました」


この場には加志摩親子の外にメイドとマグワイア大使親子が。身内でない者が3名いる。ジョブが奴隷であると直接は口にしない方が良いだろう。


「静香。自分のジョブについて言ったのか?」


「……はいですわ」


「それで私を脅迫に来たというわけか」


なるほど。俺を見つめる目つきが敵意に満ちたものとなるのも納得。何やらとんでもない勘違いをされているようだが……


「いや。脅迫しているのは俺ではありません。俺は娘さんを手助けするため来ました」


「佐迫さんですわ。彼女が私のジョブを野党やマスコミに言いつけると……」


「アパレルショップ佐迫の社長令嬢か。前々からあの親子は議員と近すぎると、そのモラルを疑問に思っていたが……」


そこまで言った加志摩先生。全員が応接室に立ったままであることに気づいたようで。


「失礼した。マグワイア大使。華さん。食事を用意しているので食堂へ参りましょう。静香に貴様も来い。早乙女。全員の食事の用意を頼めるか?」


「ですがご主人様。我が家に庶民用の食事の用意はございませんが?」


「私の食事は半分で良い。分けてやれ」


そうして全員が食堂の座席に座り、目の前に豪華な食事が並び会食が始まる。


「それで静香。佐迫の要求は何だ?」


「お父様。オリジン国大使の方との会談。よろしいのですわ?」


食卓に座るアメフト親父と華さん。オリ国との会談は大丈夫なのかと気遣う加志摩さんだが。


「構わん。すでにダンジョン同盟は成立した。今日は親睦を深めるための雑談の席でしかない」


「分かりましたわ。コホン。おい。加志摩。おめーのパパの口利きでよー? 都庁の職員が着る作業服。来年度からあーしのアパレルショップで全部受注させてくんねーかな? だそうですわ」


加志摩さん。なかなかに見事な物真似である。


「オウ。公共事業の入札はルールを守らないと駄目でしょう」

「でもさ? 何でそんな脅迫するような真似を? 何か弱み握られてんの?」


オリ国の2人が疑問を呈するところ。


「娘の。静香のDジョブは奴隷だ」


オリ国の2人をそれだけ信頼しているのか、加志摩さんのDジョブをあっさり口にしていた。


「うっわ。奴隷ジョブって、いくらLVを上げても何のスキルも覚えないっていうあれ?」


少々口の悪くがさつに見える華さんですら、可哀そうな者を見る目となるのだから余程である。


「私の立場は与党におけるダンジョン推進派だが……娘の命を気遣う1人の父親でもある」


奴隷ジョブとなった加志摩さんは父親に見捨てられたと。そのため何の援助もなく包丁1本でダンジョンに放り出されたと佐迫さんは言っていたが……


「娘の静香がこれ以上ダンジョンに近づかないよう、あえて何の援助もしないでいたが……まさか包丁1本でダンジョンへ行くとはな……」


「だってわたくしはダンジョン推進派である父の娘ですもの。わたくしがダンジョンに行かなければ父は落選ですわ」


何の資金援助もなく何の装備も整えられないならダンジョンには潜らないだろうと。あえて援助していなかったというわけだ。


「私が静香を公共ダンジョンへ行かせなかったのは娘の身を案じたのもあるが、それだけではない。ダンジョン協会には鑑定スキルを持つ者もいる。静香のジョブを調べられては困るというのもあったのだが……」


「……ごめんなさいですわ」


だが、それに反してダンジョンへ行ってしまった加志摩さん。残念ながらその予感が的中したというわけで……


現在、加志摩先生の取るべき選択肢は2つ。


ダンジョン推進派の議員として娘をダンジョンへ行かせる。その場合、選挙は当選したとしても奴隷ジョブの娘は死亡する。


娘を守るためダンジョンへ行かせない。その場合、他人には危険なダンジョンを推進しながら自分の娘には危険だから入るなという二枚舌状態。選挙は落選する。


そんな中、加志摩先生の選んだ選択肢はといえば……


「心配はいらん。ダンジョン推進派としての私の役目はオリジン国とのダンジョン同盟締結でやり終えた。後のことは他の議員に任せ、私は引退する」


そうなっては佐迫さんの脅迫に何の意味もない。つまりは俺が出しゃばる必要もないというわけだが……


「駄目ですわよ。お父様。わたくしが原因で議員をやめるなんて。奴隷ジョブでもLVを上げればきっと戦えるはずですわ」


「オウ。ミスター加志摩に議員を引退されては、ミーたちベリー困るでしょう」

「言っては何だけど他の議員って頼りないし、オリジン国のことを本気で考えてるか怪しいものだわ」


加志摩さんもオリ国大使の2人も議員を引退は困るという。


であるなら……


正直、俺のような庶民には与党と野党の違いもよく分からず、議員など誰がなっても一緒に思えなくもないが……


「加志摩先生。静香さんのジョブが奴隷でなくなれば何の問題もない。議員を引退する必要もなくなると。そういうわけですよね?」


俺は座席を立ち上がり加志摩先生に質問する。


「ほう? それは確かにそうだが、それよりまずは……」


まずは?


「貴様。ただのクラスメイトが私の娘を名前で呼ぶとはどういうことだ? よもや静香に手を出してはいないだろうな?」


加志摩先生と加志摩さん。同じ名字のため混乱しないよう、静香さんと呼んだだけなのだが……


「それは失礼しました。すみません。えー。それではあらためまして、加志摩さんのジョブが奴隷でなくなれば何の問題もない。加志摩先生が議員を引退する必要もなくなると。そういうわけですよね?」


「だが、Dジョブを変更することは不可能だ。どうするつもりだ?」


「失礼ながらダンジョン発生からまだ3年。ダンジョンやジョブ、スキルといった未知の概念に関する情報は日々更新されているのが現在の世界でして……」


「貴様。よもやダンジョン推進派として日々ダンジョン勉強会を開く私に対し、偉そうに講釈を垂れるつもりか?」


「失礼しました。では手っ取り早く結論から……Dジョブとは関係なく、食べることでスキルを習得できるアイテムを俺は複数所持しています」


厳密には今は所持していないが、ゲートから黄金モンスターを召喚できるようになった今。入手することは容易いことである。


「ほう? 確かにDジョブとは別にスキルを習得できるアイテムがあるという噂はダンジョン勉強会でも話題に上がるが……ふん。結局は噂は噂のまま。何の証拠もないデマという話で終わっている」


マグワイア大使と華さんに目を向ける加志摩先生だが、2人も知らないとばかり首を横に振る。


「証拠は俺自身。偶然ダンジョンで遭遇した黄金モンスターの肉を食べて判明した。そして、その1つに偽装スキルを習得できる黄金バッタ獣の肉がある」


「黄金モンスターの肉だと!? なるほど。遭遇することそれ事態が奇跡である黄金モンスター。しかもその肉を食べるというなら、世界中を探しても実践した者がいるのかどうか……つまり貴様はありえないホラを吹いて私から金銭をせしめようという腹か」


会ったばかりの俺と加志摩先生。初対面の相手の言葉をいきなり信用しろというのは無茶であり当然の返答であるが。


「オウ! ダンジョーボーイの戦闘力の秘密。これで分かったでしょう」


マグワイア大使は得心がいったとばかり大きく頷いた。


「マグワイア大使。何か心当たりがあるのか?」


「イエース。以前にダンジョーボーイを観測した時、わずか2日間で戦闘力が大きく上昇したことがありました。まるでクエスチョンでしたが、黄金肉を食べてスキルを習得。戦闘力が上昇したと考えると辻褄が合うでしょう」


アメフト親父ことマグワイア大使と俺は初対面ではない。以前にダンジョンで共にパーティを組み戦った仲である。


「あの時パパ、弾正を観測するとノイズが走るって。偽装スキルか何かを習得しているって言ってたわよね?」


「イエース。それが黄金バッタ獣の肉かどうかはアイ ドント ノウですが、ダンジョーボーイが後から偽装スキルを習得したのは間違いないでしょう」


マグワイア大使と華さんの2人は俺の言う話。黄金モンスターの肉を食べてスキルを習得したにも納得する。


「ふん。マグワイア大使がいうなら信じてみるのも一興か……」


となれば眼鏡に手をやり考え込む加志摩先生。初対面である俺の話は信じられなくとも、マグワイア大使の言葉なら信じられるというわけで。何せ娘のジョブが奴隷であると平気で打ち明ける仲なのだ。


「良いだろう。それで貴様、私にいくらで売るつもりだ?」


いきなりズバリと金銭の話に入る加志摩先生。どうせ俺のような庶民が要求するのは金銭に違いないと。そう決めつける加志摩先生の言葉であるが……そのとおり。


「偽装スキルを習得できる黄金バッタ獣の肉。5千万円でいかがでしょうか?」


ネットで調べたところ、現在、オークションにおけるダンジョンの落札価格は5千万円からのスタート。自宅ダンジョンを買い取るためにも、この金額は譲れない。


「論外だ。高すぎる」


確かにいくら議員といえど5千万円は高額。だが。


「支払いは結果を見てからの後払いで結構です。もしもスキルを習得できなければお代は一銭も必要ありません」


加志摩先生がダンジョン推進派として議員を続けられるなら、いずれ大臣となる身分。議員とは別の手当が貰える上、任期を務めあげれば退職金も貰えるのだから5千万円など楽に取り返せる。


「ふん。良いだろう」


これにて交渉は締結。無論、口約束だけの話。いざ偽装スキルを習得したその後、5千万円など何も知らないと言われればそれまでの話だが……


仮に5千万円を惜しんで嘘をつく相手であったなら、俺の見る目がなかったと同時、加志摩先生はその程度の人物であったというだけのことだ。


「ご、ごせん、五千万円……城さん。これでは脅迫する相手が佐迫さんから城さんに取って代わっただけではありませんこと?」


父に対して余計な出費を強いてしまったことに落ち込む加志摩さんであったが。


「いや。佐迫さんの要求は賄賂を渡す代わりに公共事業への口利きをしてくれというもの。これを受けては加志摩先生は収賄罪として刑務所行きとなるのに対して、俺はただモンスター肉を販売するだけの商売。何の法令に違反するものでもない」


永続的に続く脅迫に対して、俺との関係はただの商売。加志摩先生が関係を切りたいといえばそれまでの関係。


無論、せっかくできた議員先生とのつながり。1回きりで切られては困るのだから、ここはサービスも必要。自身のDジョブを誤魔化す偽装は必須として、何か他にも黄金肉をサービスするのが良いだろう。

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