第68話 何を言われたのかポカンとする加志摩さん。ついでに俺もポカンとする。

「おい。加志摩かしま。おめーがモンスターを釣って来いや? こんな感じによー!」


飲み終えたペットボトルを加志摩さんへと投げつけぶち当てる佐迫させこさん。


ポカーン。


「……え?」

「……は?」


中身のないペットボトルとあって音のわりには痛みがないのだろう。何を言われたのかポカンとする加志摩さん。ついでに俺もポカンとする。


「あれ? 聞こえなかった感じー? だってLVを上げたいんだよねー? じょうっちはタンクで大変なんだしー? 加志摩。奴隷のおめーがモンスターを釣って来いって言ってるんすけどー?」


「え? あの佐迫さん? それは……」


「それはもクソもねーじゃん? 奴隷のおめーに何ができるって? タンク? アタッカー? 何も出来やしねーっしょ?」


「そ、それはそうかもしれませんが……」


「そうかもしれませんじゃねーんだよ! 出来ねーんだよ! せやから……」


佐迫さんは地面に落ちる石ころを拾い上げると。


「こーやってさあ? モンスター相手に石ころぶつけて釣ってこいっつーじゃんよお!」


加志摩さんを目掛けて石ころを投げつける。


先程の空のペットボトルとは訳が違う。鉱石の塊である石ころが頭に当たりでもすれば命にかかわりかねない大惨事。避けるなり頭を庇うなり何らかの反応を示さねば危険であるというのに、佐迫さんから言われた言葉がよほどショックだったのか加志摩さんに動きはない。


となれば当然。


カーン。


甲高い音とともに弾かれ地面に落ちる石ころ。


「……あれ? 城っち? なんで邪魔すんの……?」


俺は加志摩さんの前に立ちはだかりゴブ王の盾で受け止めた。


「何でも何もクラスメイトを守るのは当然のことだ」


いきなりの豹変に思わず驚いてしまったものだが、いつまでも驚いている俺ではない。


「はあー? ダンジョンで戦う効率を考えたら奴隷が釣り役やるのが一番じゃん?」


まあ、効率だけを考えるなら確かに佐迫さんの言うとおり。タンクもアタッカーも出来ない加志摩さんが釣り役をやるのが一番だろうが……


「釣り役を任せるにも奴隷だからではない。あくまでパーティメンバーとして、仲間として信頼し任せる大事な役割。そのように石を投げて強制するものではない」


「うっわー!? 何それ? 急に綺麗ごと言って……あー……そっか。加志摩のパパが議員って知ったから取り入ろうって? そーいう魂胆じゃん?」


「当然。何せ加志摩さん。ただのクラスメイトではない。与党議員の娘であるというなら、ここで恩を売らずにいったい何処で恩を売るというのか?」


おまけで言うなら俺たちを信じて自身の秘密を打ち明けた加志摩さん。その友情を裏切るような真似をしては、今後、俺を信頼し付いて来る者は誰もいなくなる。いずれはイモにも愛想をつかされ家出され、俺の人生は終了するとあれば、ここは守るのが当然の場面である。


「あのさー? あーしの話を聞いてた? 娘が奴隷なんだから次の選挙は無理だって。議員でなくなるただの一般人。そんなのに媚びへつらって何になるって感じー?」


なるほど。佐迫さんの言うことはいちいち至極もっともな内容。確かに議員でない一般人に媚びへつらう意味などまるでない。だが、逆を言うなら相手が議員であるなら媚びへつらう意味はあるというわけで。


「残念ながら次の選挙の後も加志摩さんの父は議員のままとなるだろう。何せ加志摩さんのジョブが奴隷というのは、佐迫さん。お前を騙くらかしその薄汚い本性をさらけ出すために言った口から出まかせ。加志摩さんの芝居であるからだ」


ドーン。俺は毅然きぜんと佐迫さんを指さし宣言する。


「は?」

「え?」


そんな俺の宣言。驚いた声をあげる佐迫さん。おまけに加志摩さん。


「……いや。嘘じゃんそれ?」


「嘘ではない」


「いや。だってこの奴隷も驚いてるじゃん?」


まあ、図らずも佐迫さんの指摘の通り。たった今、俺がでっちあげた出鱈目なのだから加志摩さんが驚くのも無理はないが……ここで話を合わせて貰わねば困るとばかり、俺は片目を閉じるウインクで合図する。


「え?」


通じたのか通じていないのか。俺の顔を見てキョトンとする加志摩さん。


「キモッ……何? 今のウインク。キモすぎてキモすぎるんだけど……?」


俺がキモかろうがキモくなかろうが関係ない。


「加志摩さんのジョブが奴隷であるというのは、加志摩さんが自分で言っただけの出鱈目。何の証拠もなく、自分で言ったジョブが真実となるなら俺のジョブは傭兵(R)ではない。SSR最強ジョブであると宣言させてもらうが、何か?」


「あー。なる。城っちはこいつのジョブが奴隷かどうか他人からは見えないからって、それで口から出まかせ言って誤魔化そうって感じー?」


にやり。笑みを浮かべる佐迫さん。


「あのさあ? 城っち。鑑定スキルって知ってる?」


「……無論。知っている」


俺自身が使えるわけではないため攻略読本の知識となるが、相手のジョブやスキルを見通す諜報系スキルの1つが鑑定と書かれている。


だが、これまでダンジョンに詳しいそぶりのなかった佐迫さんの口から、鑑定スキルなどという言葉が出るとは思わなかったが……


「あーしのパパ。アパレルショップを束ねる社長って言えば聞こえは良いけどさー? 一昔前まではいつ潰れてもおかしくない零細ショップでしかなかったわけでー?」


いや。いきなり何を自分語りしだすのか?


「それが今のショップにまで大きくなったのも、議員の好みを把握した的確な賄賂と接待の成果なわけ。でー? 今度はダンジョン推進派である加志摩議員に取り入ろうってわけじゃん? 当然……」 


佐迫さんが懐から取り出すのは100パーセント攻略読本。なるほど。ダンジョン推進派である加志摩議員に取り入るにはダンジョンの知識が必要。これまで詳しくないように見せていたのはただの振り。その実、ダンジョンについてしっかり勉強していたというわけだ。


「あとさー? 城っちは知らないだろうけどダンジョン協会の職員には鑑定スキルを使える人間が所属していてさ? 日頃から探索者のジョブを鑑定して記録してるっていうんだけど……知ってたー?」


マジかよ!? だが言われてみれば以前に受付で見つめられた時、俺の内面を覗かれたような、そんな悪寒を感じたことがある。やはりあれが鑑定だったというわけか?


だとするなら……


「……すでにダンジョン協会の職員に接触。加志摩さんの鑑定結果を聞き出しているというわけか?」


「当たり前じゃん? こっちはアパレルショップの経営がかかってるんだからさー? 加志摩が自分のジョブは奴隷でーすって言っただけで信じて動くわけないっしょ?」


「なるほど……今日の狩り。最初から獲物を横取り独占するなど加志摩さんへの無礼が目立つと思えば、すでに奴隷と知っていたというわけだ」


「そ。だから城っちが口から出まかせ言った所で無駄ってわけでー? ご苦労さまって感じじゃん?」


おそらくは賄賂を使ったのだろう。ダンジョン協会における個人情報の取り扱いはどうなっているのか? そう疑問に思わないでもないが……


「でもさー? 城っちの言う内容にも一理あってさ? 加志摩の娘が奴隷ってのは傍から見ても分からない。誰かが奴隷だってバラさなけりゃ議員の座が安泰ってのは確かなわけ。てことはー……? それを題材に脅迫できるってわけじゃん」 


にやり。笑みを浮かべる佐迫さん。


「おい。加志摩。おめーのパパの口利きでよー? 都庁の職員の作業服。来年度からあーしのアパレルショップで全部受注させてくんねーかな?」


加志摩さんに顔を寄せると見下ろす形で口を開く佐迫さん。東京都の職員数は約3万人というが、毎年その作業服を受注できるならアパレルショップは大儲けというわけだ。


「そ、そんな……そんなことが出来るはずがありませんわ……」


「心配しなくてもおめーのパパにも取り分をいくらか譲ってやるよ? それに……もしも出来ねーっつーならよお? おめーのジョブが奴隷だって話。野党やマスコミにバラまいてやってもええんやで? こっちは他の議員に乗り換えてもええんやからな?」


そんな凄んで見せる様子から一転、俺を振り返る佐迫さん。


「城っちは貧乏でお金ないんしょ? 加志摩なんざ見捨てて、あーしに付きなよ? 城っち土台はハンサムなんだしー? あーしが良い思いさせてやるじゃん?」


おそらくは議員に取り入るのに賄賂だけではない。その肉体も駆使した経験があるのだろう。俺の目の前で見事なセクシーポーズを決めるが……


「残念だが断らせてもらう。先ほども言ったとおり、加志摩さんのジョブは奴隷ではないのだから、わざわざ不利となる佐迫さんに味方する理由が存在しない」


俺は佐迫さんの身体を冷たく突き放す。


俺が一般的童貞高校生なら佐迫さんのセクシーポーズに股間を大きくいちころであったろうが、残念ながら自宅を下着姿でうろつくイモを見慣れた俺に佐迫さんのセクシーポーズは通用しない。


それに何より与党にして次期閣僚入りも噂される出世頭の加志摩さんの父と、アパレルショップ社長である佐迫さんの父。どちらを選ぶことが俺の得になるかを考えれば当然の選択。


「……あほじゃん? ま、良いけどさー……? 城っちがそこまで言うなら野党やマスコミを集めたその場で、この奴隷を受付チーフに公開鑑定してもらおうじゃん?」


ということはこの品川ダンジョン。受付チーフなる人物が鑑定を使えるのだろうが、佐迫さんの言葉に加志摩さんの顔が青ざめる。


「さ、佐迫さん。わたくしは何も……城さんが勝手に言っているだけで……」


野党やマスコミの前で自分のジョブが奴隷であると明らかにされては、次の選挙は絶望的。加志摩さんの父親の議員生命は終わりとなる。何とか考え直してもらいたいと佐迫さんに取りすがろうとする加志摩さんだが……


「良いだろう」


俺は加志摩さんの腕をつかみ引き止め佐迫さんの提案を承諾する。


「ええっ!? ちょ、ちょっと。城さん?!」


「だが今日の俺たちの目的は加志摩さんのLVアップにある。まだ狩場に来て1時間。狩りの途中なのだから鑑定はまた後日にしていただきたい」


「ふーん。ま、野党やマスコミを集めるにも時間かかるしー? それじゃ1週間後。来週の土曜日にここ品川ダンジョンで公開鑑定といこうじゃん?」


勝手に大きく頷く俺の姿に佐迫さんはパーティを抜けると。


「加志摩。考え直すならそれまでって感じでー? パパにもしっかり相談するじゃんねー」


鎧をガチャガチャ鳴らし狩場を立ち去って行った。


「……はあ……あの。城さん。当事者の私を差し置いてどうして勝手に話を進めるのですわ!?」


2人きりとなったダンジョン地下1階。加志摩さんが愚痴を述べるが。


「だからと言ってどうする? 脅迫に屈して不正を働くなら加志摩さんの父親は落選どころではない。これまでの功績全てが泥に塗れた上に犯罪者として刑務所行き。2度と議員に戻ることはできなくなるぞ?」


民主主義の現在、勝つ時もあれば負ける時もあるのが選挙なのだから真に恐れるのは落選ではない。不正を働き投票者からの信頼を失うことにある。


「……それはそうですが……」


「まあ、要は来週。加志摩さんの鑑定結果が奴隷でなければ良いのだろう?」


「ですが……いえ。こうなってはもう受付チーフという人に賄賂を渡し偽証してもらう位しか解決方法はないのですわ」


それも確かに効果はあるだろうが……佐迫さんの賄賂に釣られて加志摩さんの個人情報を漏洩するような相手が受付チーフ。


「その場合は脅迫する相手が変わるだけ。今度は受付チーフに脅迫されるのが落ちとなるだろう」


「はあ……それでは八方塞がりですわ」


そもそもが議員に落選したところで今までの議員報酬があるのだから生きていくのに何ら困らない。そこまで加志摩さんが落ち込まなくとも良いように思うのだが……


「そうですわ。わたくしが鑑定の場に現れなければ……お父様。先だつ不孝をお許しくださいですわ……」


だからといって野党やマスコミの前で自身のジョブが奴隷であると晒された上、それが原因で父の落選が決定づけられる。父の足を引っ張る屈辱。娘として加志摩さんのプライドが許さないといったところだろう。


「心配せずとも佐迫さんの前であれだけ大見得を切ったのだ。当然、俺に考えがある。とりあえず今は夕方まで狩りの続きを行おう」


とは言ったものの。


「……はあ……死にたいですわ」


ため息をつくばかりの加志摩さん。まるで戦力とならず何の役にも立たないのだから、このままダンジョンに居ても時間の無駄となるだけ。今日のところは用件だけ済ませて引き上げる方が良さそうだ。


監視カメラの位置は……あれか。

モンスターゲート近く。ため息を吐きつつ項垂れる加志摩さんの陰に隠れる形で俺はモンスターゲートに触れた。


─────────

─暗黒門LV20 :品川ダンジョン地下1階その3

─ローカル管理者 :(ヴィクトロビチ)(城)

─現在のステータス:自動転送モードで運転中

─対象数:ネズミ獣10

─転送完了まで:あと30秒

─────────


登録完了。後は自宅ダンジョンの転送先に品川ダンジョンが追加されていれば成功となるわけだが……


ひとつ気になるのはローカル管理者の欄に俺以外の名前があること。


暗黒魔導士はURジョブではない。俺以外にも同じジョブの人間が存在するのだから、他にモンスターゲートを操作できる者が存在するのも当然だが……


暗黒魔導士がモンスターゲートを登録、操作できるというのは世間に公表されていない秘密の情報。このヴィクトロビチという者も世間に内緒でゲートを登録、利用しているというわけだが……ヴィクトロビチか。


名前だけで日本人ではないと断定することはできないが、公営ダンジョンに入れるのは日本国籍を持つ探索者。もしくは日本とダンジョン同盟を結ぶ米国と檻国おりこくの者だけ。


檻国とはオリジン国。つい先日、ダンジョン同盟を結んだばかりということを考えれば、これは米国の探索者だろうか? だが、どうにも名前の雰囲気がエンパイア連邦共和国といった感じに思えるが……


おっと。用件は終えたのだからこれ以上にゲート付近でウロウロしては怪しまれる。


「はあ……痛いですわ。ですが、このまま嚙み殺されるのも一興ですわ……」


ゲートから現れたネズミ獣と戦う。というより一方的に噛みつかれる加志摩さんの手助けに入る。


「魔弾。発射」


暗黒水球が命中。暗黒の水に塗れ、その毒によりネズミ獣は死亡する。


「……城さんのそれ。魔弾でしたかしら? 随分と便利なスキルですわ」


「まあ、遠距離攻撃だからな」


実際には魔弾ではなく暗黒の霧を凝縮した暗黒水球ではあるが。


「わたくしもスキルを使ってみたい……奴隷以外のジョブが欲しかったですわ……はあ。死にたいですわ」


他者をうらやみ不満に思うその気持ち。分からないでもない。


子供が生まれる家を選べないのと同様、探索者が得られるダンジョンジョブもまた選べない。アル中暴力親父の元に生まれた俺が仲良く暮らす親子の姿を羨ましく思うのと同様、加志摩さんには俺のDジョブが羨ましく見えるのだろう。


「加志摩さんは何かスキルを覚えたいのだろうか?」


「そんなの当たり前ですわ。ですが……はあ。どうしようもありませんわ」


地球にダンジョンが生まれてまだ3年。Dジョブについて不明な点は多いとはいえ、現在までの所、一度取得したジョブを変更する方法は見つかっていない。


そのため、ジョブが奴隷となった者はその生涯を奴隷のまま。何1つスキルを覚えることなく終えると考えられているのだから、夢も希望もない。残酷な話である。


だが……その実。もしも夢も希望もあるとするならば?


「まだ時間は早いが今日はここまでにしよう。加志摩さんのジョブの件について、お父さんと話したいことがある。面会をお願いできるだろうか?」

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