第46話 俺のジョブは普通の暗黒魔導士ではなくなったのかもしれない。
「ダンジョーボーイ。名残惜しいですが、お別れでしょう」
品川ダンジョンを出た所で、俺の手をつかんで振り回すアメフト親父。
脂ぎった親父と握手をしても嬉しくはないが相手は大使。さらにはドロップを全部譲ってくれた恩もあるのだから黙って握手するしかないというわけで……
「ボーイとミーは既にパーティを組んだ仲でしょう。何かあれば気軽に連絡するでーす」
握手を終えて引き抜いた俺の右手には、1枚の名刺が渡されていた。
「
アメフト親父も最後に良いことを言うもので、金髪美少女探索者であるハンナさんとの握手なら大歓迎。差し出される手をじっくり握りしめる俺に対して。
「
いつの間に好感度が上昇したのか? どうやら俺はニックネームではない。本名で呼ぶ許可が得られたようであった。
迎えの車に乗り立ち去る親子の姿。
あの2人。はたして俺の事情をどこまで見抜いているか分からないが……アメフト親父から俺のジョブがURに匹敵すると言われた時、俺には1つ思い当たる節があった。
EXスキル。
黄金モンスターの肉を食することで得られる新たなスキル。暗黒魔導士が本来は習得できないEXスキルを習得したことで、俺のジョブは普通の暗黒魔導士ではなくなったのかもしれない。
暗黒魔導士(SSR) → 暗黒魔導士【改】(SSR+)
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「華はダンジョーボーイをどう見ました?」
「まず思ったのは……パパの見る目は全く駄目ってこと。何が空手ファイターで忍者ボーイよ? 彼に悪いことしたじゃない」
父から狩場でウシ獣を相手どる少年の話を聞いた時。てっきり前衛ジョブだと思いゴブリン獣の相手を任せたのが、まさか後衛。それも魔法系ジョブだったとは……下手をすれば大怪我しかねない事態であったと反省する。
とはいえ、父が前衛ジョブと判断したのも仕方のない話。
何せ一般に後衛ジョブは接近戦を苦手とするもの。それがわざわざモンスター相手に接近戦をしているのだから。
「SSRの暗黒魔導士って言ってたわよね? それであの近接戦闘力は普通じゃないわ」
いくらレベルを上げようとも、近接戦闘を行うにあたり前衛ジョブと後衛ジョブには超えられない壁が存在する。さらには魔法ジョブとなればなおさらのはずが、彼はゴブリン獣だけではない。ゴブリン獣チーフですら包丁1本で相手取っていた。
諜報系ジョブである父はかつてアメフトのスター選手だった肉体もあって近接戦闘を行えているが、そんな父でもゴブリン獣チーフの相手は無理である。
「パパの見た戦闘力だと3830だっけ?」
「ノー。それは2日前の話。今日のボーイの戦闘力は5130でしょう」
「それこそありえないでしょ?! 何で2日で戦闘力が1300も上がってるのよ? パパの見間違えじゃないの? ちゃんと観測した?」
父の持つジョブ観測者(SSR)は諜報系ジョブにして、相手の戦闘力を数値化して見る能力。
数値にはジョブやスキル、LVや装備といった様々な要素が絡むため、単純に数値が高い者が強いというわけではないが、参考となることに間違いはない。
「ミーの観測に間違いはないでしょう。だからでしょう。食堂でボーイに声をかけたのは」
当初は父と2人。ダンジョンの様子を見るだけであったはずが、いきなり少年に声をかけ予定を変更するのだから華が驚き不機嫌となったのも仕方がない。
「彼の持つ包丁が魔法装備だったとか?」
「ノー。包丁の戦闘力は30。ボーイだけで5100の戦闘力でしょう」
URジョブを有する華が小銃を持たない場合の戦闘力が6000。それには及ばないまでも、わずか2日でそれに迫る戦闘力を得たというのは、にわかには信じがたい話である。
ちなみに武器を持たないLV1の市民(N)ジョブであれば、戦闘力は500となる。
「バット。1つ不思議があります。2日前はボーイの戦闘力がはっきり見えましたのが、今日は霧でかすんで見えづらかったでしょう」
「何らかの偽装スキルってこと? それってパパと同じ諜報系ジョブ。暗黒魔導士は嘘だってこと?」
「デバフ魔法を使うことから魔導士は嘘ではないでしょう。バット。暗黒魔導士ではありません。ダンジョーボーイのジョブは未知のUR。間違いないでしょう」
「……確かにね」
装備なしで戦闘力5100となればLV25のSSR探索者に匹敵する戦闘力。世界ランキングでいえば1万位圏内のトップクラスとなる実力。
それが、今日の彼の動きはとてもLVが20を超えるベテラン探索者の動きではない。それこそ世界ランキング6515万6631位に相応しい、どこかまだ素人くささの残る動き。
そのような素人が何の装備もなく高い戦闘力を有しているなら、URのジョブを取得したと考えるしか他に結論はない。
「それにダンジョーボーイの手。華も最後に触ったでしょう?」
「ええ。不自然なほどに滑らかで柔らかかったわ。マメもタコもない。武器を持って戦う探索者の手じゃないわね」
デバフ魔法を操り、近接戦闘をこなし、偽装スキルをも併せ持つ未知なるUR。おまけに手がプリンのように柔らかいとなれば、父が予定を変更してでもダンジョンに同行するはずである。
「でも……信用できるの?」
「イエース! ミーは地下2階。ハイエナ獣から助けてもらったでしょう!」
すっかり信頼する父の姿だが、諜報系ジョブである父がダンジョンに潜る際は、華が護衛する段取りであったはず。
「それが何で1人でダンジョンに潜ってるのよ……」
「オウ……ソーリー。ママの生まれ故郷。ジャパンのダンジョン。どうしても潜ってみたかったでしょう……」
父のその言葉に華は3年前。亡くなった母の姿を思い出す。
父と母と華と米国で暮らす3人。アメフト選手だった父が引退したその後、3人は父の生まれ故郷オリジンアイランドへ移住した。
小さな島国でしかないオリジンアイランド。アメフトで得た知名度と金銭でもって、故郷の発展に貢献したいという父の夢。母と華もその力になろうと共に移住したのだが……
「ママは勇敢でした。華が責任を感じる必要はないでしょう。責任は移住を決めたミーにあるのです」
2年前。オリジンアイランドのダンジョンから突如モンスターが住宅地に流出。自宅にいた母はまだ探索者となる前、無力だった華を守り逃がした所で命を落としたのだった。
「ママの勇気はミーにも華にも受け継がれ生きているでしょう。そしてママの故郷。ジャパンにもママと同じバンザイ精神が残っていたのです!」
今日。品川ダンジョン地下3階。ゴブリン軍団に包囲されたその時、城 弾正は自分が囮にバンザイすることで、華たち親子2人を逃がそうとしたのだ。
まるで3年前。母が命をかけて華を逃がしてくれた時のように……
「……まだ探索者になりたてって感じの素人の癖に。しかもその日に会ってパーティを組んだばかりだってのにね……」
「だからでしょう。オリジンアイランドの魔力インフラ整備。ジャパンとエンパイア連邦共和国の2国から打診がありましたが、ミーは大統領にジャパンを進言したのでーす」
オリジンアイランド(オリ国)は北方領土の近く。日本の近海であると同時に、エンパイア連邦共和国(エ連)の近海でもある。
そのため、オリ国の求める魔力インフラ整備には日本とエ連、2国から申し出があった。
ただし、建設した魔力施設は全てエ連の所有物。つまり電気、ガス、水道のインフラ全てをエ連に委ねることとなる。
小国で貧しいオリ国にとって魔力インフラ整備は大事業。エ連がその建設費用を全て賄ってくれるなら有難い話であるが……
これを受託しては実質エ連の植民地。
もしもインフラを管理するエ連が料金を値上げしたなら。さらには供給を停止すると脅されてはオリ国はエ連の言いなりとなるしかない。
第二次大戦の終結後、ようやく勝ち取った独立国がオリジンアイランド。いくら建設費用を肩代わりするからといって、ここで独立自由を捨てるわけにはいかない。
「でも、そのせいで今ごろオリ国じゃエ連とつながりのある政治家が色々とキナ臭い動きしてるって。パパ、大丈夫なの?」
「駄目でしょう。でも今は大統領に任せるしかありません。ジャパンでの取り決めが終わりましたら、ミーたちもすぐにオリ国へ戻りましょう」
世界人口第1位にして、GDP第2位の超大国がエンパイア連邦共和国。
植民地にしてやるという有難い申し出を断ったからには、今後、ますますの嫌がらせが予想される。
そんな現在の世界情勢。エ連に睨まれ対抗できるのは米国ただ1国。
そして米国と日本はダンジョン協定を結ぶ仲。オリ国としては当然、米国と日本との仲を進めるべく外交官を派遣する。
そのための元アメフト選手がマグワイア大使。
米国とのパイプ役として。日本とのパイプ役として、これ以上の適任はいないのだから、休む暇はないというわけであった。
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品川ダンジョン。VIP応接室。
「それで? オリ国の大使と一緒にダンジョンにいたあの少年は誰だ?」
葉巻を口に。足を組みソファーに腰かける大男が目の前の女性に問いかける。
「はい。登録データによれば城 弾正。17歳。公立究明高等学校2年。生物学的男性。B型。身長168センチ体重55キロ。携帯電話番号○○ー〇〇〇〇。家族は母と妹の3人。探索者ランキング3527万5312位となっています」
「政府関係者でもない普通の学生だと? なら奴自身に何らかの価値が……奴の
「Rの傭兵です」
「R? 傭兵? 本当か?」
「はい。私が鑑定スキルで直接見ました。間違いありません」
「URやSSRならともかく……たかがRの学生を相手になぜマグワイア大使がパーティを組むのだ?」
「分かりません。ですが1つ気になる点が……データによれば城が初めて品川ダンジョンに入ったのは先週。それからわずか1週間で8万4333ポイントの稼ぎ。探索者ランキングを3527万5312位まで上げています」
「上位ランクの探索者ならもっと多く稼ぐが……ズブのRの初心者の稼ぎと考えると多いな。だが、それは1人で稼いだのか? 今日などいくら稼いだといってもマグワイア大使と娘の稼ぎに便乗しただけだろう?」
「それは……何とも分かりません」
「まあ良い。念のため少し探らせてみるか……」
立ち上がりお互いに握手を交わすと同時。女はUSBメモリを手渡し、男は女性の手に封筒を握らせる。
「ここ1ヶ月で受付が鑑定して判明した探索者のデータです。もちろん各人の
探索者同士の
だが、探索者を管理するダンジョン協会としては知っておきたい情報が
もちろん鑑定スキルを使える職員は少なく、鑑定スキルを使うにはMPが必要。探索者全員を鑑定できるわけはなく、データは完全ではない。
「ふむ。SSRは何人だ?」
「品川では2人」
手元のUSBメモリを眺めた後、男は懐に仕舞い入れる。
「見送りは結構。URが現れるか、マグワイア大使に動きがあれば連絡を頼む」
「今日はわざわざお越しくださり、ありがとうございました」
男の辞去したVIP応接室。
「失礼します……ってあれ? お客さんもう帰ったんすか?」
お盆にお茶を乗せた職員は、女性だけが残る室内を見て言った。
「受付チーフも大変っすね。オリジンアイランドの大使に続いて、今度はエンパイア連邦共和国の大使のお相手なんすから」
「それだけダンジョン協会に興味を持ってくださっている証拠です」
「それならエ連もダンジョン協会に加盟すれば良いっすのにねえ……あれ? チーフ。その封筒はなんすか?」
「これは……ただの書類よ。そう。大使の方にダンジョン協会の説明するのに使った資料です」
「そっすか? ATMとかに置いてある封筒に似てるもんすから、てっきりエ連からワイロでも貰って情報を横流ししたかと思ったっす」
「……馬鹿なことを言っていないで。もうお茶は結構。片付けてちょうだい」
ダンジョン協会は世界的組織。その登録データの全ては個人情報となり、基本、外部には秘匿とされている。
それは相手が政府であっても同様で、例え日本国首相であろうとも自国の探索者の登録データを閲覧するには、世界ダンジョン協会への申請が必要となる。
無論、ダンジョン協会に加入していないエンパイア連邦共和国が閲覧することは、不可能となる。
しかし、情報を取り扱うのが人間である限り抜け道は存在する。特に現場を取り仕切るチーフを篭絡するなら、その抜け道はより確実に。より見つかり難いものとなるだろう。
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