第61話 自宅から持ち出した魔石の売却が終わっていない。
クラスメイトと別れた俺はもう1度、品川ダンジョン地下1階へ戻っていた。
今日の目的。自宅から持ち出した魔石の売却が終わっていない。
地下1階の狩場。大勢の探索者が必死でモンスターを狩る中、俺は余ったモンスターだけを狙い狩る。俺がここにいるのはただの時間潰し。ただ戦ったというアリバイ作りなのだから、他の探索者の邪魔をしても仕方がない。
そうして1時間程度が経過したころ。狩場をうろつく俺の目は、同じく狩場でモンスターを追いかける1人の探索者の姿を捉えていた。
石ころを手にモンスターを追いかける。
見つけたスライム獣に石ころを投げようとするその寸前。
グサリ。スライム獣にボルトが突き刺さる。
「悪い悪い。でも早い者勝ちだからさあ」
クロスボウから警棒に持ち替えた男は、そのままスライム獣を殴り始めていた。
狩場のモンスターは早い者勝ち。
ガックリ。獲物を逃した探索者は再び別の獲物を求めて狩場を歩き回る。
しかし、見るからに危ないその足取り。右手に包丁。左手に石ころだけを手に歩き回る姿は、どう見ても初心者のそれである。
くわえて……それが少女であるなら、なおさら危ないというもの。
「ういーっす。可愛い子ちゃん。俺らとひと狩り行こうぜ」
「いいっすね。その後でホテルも行こうぜ」
「ええやろ。減るもんじゃねーし」
案の定。3人組の探索者が少女に声かけていた。
まったく。狩場はモンスターを狩る場であって少女をひっかける場ではないというのに……
「な、なんですの。貴方たち」
いきなりの声掛けに、おっかなびっくり少女が受け答える。
「あれ? 俺らのこと知らない?」
「俺ら東横界隈じゃ有名なんやで」
「せやから行こうぜー行こうぜー」
東横キッズをダンジョンに放り込むという政府の施策。人間、追い詰められば案外何とかなるようで、たくましくも探索者として新たな人生を送る者も多くあらわれていた。
だが、残念ながらいまだに東横気分が抜けない者もいるようで。
「ホテル♪ ホテル♪」
鼻歌混じりに少女の腕を取り引っ張る3人組。
地下1階。狩場の行為は全て監視カメラで撮影されている。ここは東横ではないのだから無理矢理なパーティ勧誘は禁止。ダンジョン協会に知られようものなら資格剥奪だというのに……
「ホテル♪ ホテル♪」
それはあくまで事後の話。いくら連中が処罰を受けようとも、少女がニャンニャンされた後では意味がない。
俺は少女の腕を引き連れて行こうとする3人組に声をかける。
「すまないが彼女は俺の知り合い。手を放してもらえないだろうか?」
「あっ。城さん」
腕を引かれる少女の姿は、クラスメイトである
パーティ解散とともに自宅に帰ったものだと思っていたが。
「なんや。お前は?」
「俺らが先に声かけたんやぞ?」
「獲物は早い者勝ちが狩場のルールやろがい」
マジレスするのも何だがそれはモンスター相手の話。
「ダンジョン協会規則。強引なパーティ勧誘は禁止事項となる」
女性は獲物ではないのだから、合体するにもお互いの同意が必要。
「なーにが禁止事項じゃい!」
「ようは女の同意があれば、ええっつーことやろ?」
「ヤクをぶち込んで言いなりにすりゃ文句ねえってことよ」
そのような行為はエロビデオの中だけにしていただきたい。フィクションであるから抜けるのであって、事実であれば可愛そうという感情が優先され抜けるものではない。
加志摩さんの手を取り引っ張る男。
俺はその男の腕をつかんだ。
「なんじゃい? 俺は男と手をつなぐ趣味はねーぞ」
もちろん俺にもない。
これは暗黒打撃の応用。俺は握る相手の腕に、暗黒魔法のうち麻痺と恐怖のデバフを流し込む。
デバフ発動:ヤリチン大学生Aの右腕は麻痺した。
デバフ発動:ヤリチン大学生Aは恐怖した。
「あひい!? お、俺の右腕が急に動かへんようになってもうた!」
麻痺で固まる男の腕を加志摩さんから引き離す。
「狩場における強引な勧誘行為。後でダンジョン協会に報告しておこう」
「アホか! そんなん報告されたら俺ら探索者クビやんけ」
「その前におめーを黙らせたる!」
麻痺していない男2人。ナイフを手に飛びかかる。
「監視カメラっつてもよー。誰が24時間ずっと見てるねん!」
「おめーをぶっ殺した所で、モンスターのしわざで終わりや!」
なるほど。確かにもっともな話であるが、GWで賑わう狩場には他の探索者もたくさん存在する。
面倒ごとに巻き込まれたくないと見て見ぬ振りしているだけで、人を殺したとなればスルーにも限界がある。つまりは俺もお前たちを殺すわけにはいかないというわけで……
ドカドカーン
俺の右拳が2発。男2人の身体にめり込んだ。
デバフ発動:ヤリチン大学生Bの右腕は麻痺した。
デバフ発動:ヤリチン大学生Bは恐怖した。
デバフ発動:ヤリチン大学生Cの右腕は麻痺した。
デバフ発動:ヤリチン大学生Cは恐怖した。
「お、俺の右腕があああ!」
「う、動かへんようなってもうたー!」
男2人はナイフを取り落し、右腕を押さえてうずくまる。
「暗黒打撃。その邪な右腕を封じさせてもらった」
ダンジョンにおける俺はSSR+にして総合評価9.5点。LV26の無敵ハンサム暗黒魔導士改。
それに対して、地下1階で戦っている男たち3人。
そのLVはせいぜいが2か3だろう。いくらナイフを持とうが俺の相手になろうはずもない。
そしてこのような低俗な台詞。言いたくはないのだが……
「おらー。カスどもが。次に姿を見せたらぶっ殺すぞー」
ぶっ殺すなどという下品な台詞。本来、俺の語彙にはない言葉であるが、脅すには相手のレベルにあわせた台詞でなければ伝わらないのだから仕方がない。
「あ、あひいいー」
「い、命だけはー」
「ご、ご勘弁をー」
連中のことは後で受付に報告しておくとして、ひとまず俺は加志摩さんを連れて狩場を後にする。
「じょ、城さん。そのありがとうですわ」
「加志摩さん。みんなと別れた後もダンジョンに残ったんだ?」
俺の言葉に加志摩さんは顔を赤くうつむいた。
「その、わ、わたくしと会ったことは内緒にしておいてくださるかしら?」
「それは構わないが、その心やいかに?」
「今日の狩場でのこと。貴方も一緒だったので見ていましたでしょう? わたくし。あまり役にたっていませんでしたもの」
まあ、確かに。
「だからですわ……特訓ですわよ」
なるほど。だとしても。
「女性1人は危険が危ない。
監視カメラもあるのだから今日のように強引な連中、そうそう居ないだろうが。
「それではいつまで経ってもわたくしは足手まといのまま。いずれ城さんのようにパーティを追放されてしまいますわ」
いや。俺は追放されたわけではなくて、自分から抜けたのだが……傍目には追放されたように見えたのだろう。
只野さんの強化魔導士(SR)佐迫さんの剣士(R)に比べ、加志摩さんのジョブは学徒(N)。レアリティが異なるのだから同LVであれば足を引っ張るのは仕方のない事実。
「別に無理にダンジョンに入らなくとも良いように思うのだが……?」
お金を稼ぐだけなら他にいくらでも方法はある。SSRである俺ならともかく、Nである加志摩さんが無理に探索者を続ける意味はない。
実際、受付の人も言っていた。探索者になりはしたが、
「ですが……それでは友達に置いていかれ、私は1人になるのですわ」
不安気な加志摩さんのその表情。友達みんながダンジョンに潜る中、グループから仲間外れとなることを心配しているのだろう。
学生生活においてクラスメイトや友達の存在は重要。それによりバラ色の青春時代となるか地獄の青春時代となるかが大きく変わるのだ。
「……それなら加志摩さん。俺と一緒にダンジョンを探索しないか?」
「……え? 城さんと?」
「1人は危ないうえに今さら内緒も何もないだろう?」
あくまで自宅ダンジョンが優先。加志摩さんと品川ダンジョンに付き合うのは2、3日に1回程度となるが。
「ですが……その、城さん弱いですし……2人になりましても危ないのはあまり変わらないような……」
「いやいや……まあ、確かにそう見えたかもしれないが……」
今日のあれは俺の本気ではないというか何というか、しかしそれを言うのも言い訳のようで格好悪い気がしないでもないが、しかし実のところ言い訳でも何でもなく事実なのだからして……
「ですが分かりました。城さんも自分を鍛え直したいと。それに弱い城さんと一緒なら私も気負わず戦えそうですわ」
とにもかくにも俺と加志摩さんはがっちり握手。お互いの連絡先を交換する。
俺が品川ダンジョンでモンスターと戦うのはただのアリバイ作り。効率は求めていないのだから何の問題もない。
何よりこれまではクラスメイトというだけで特別な接点はなかったものの、俺とて思春期の男子高校生。ダンジョンを契機にクラスの女子と親しくなれるなら親しくなりたいと思うのは仕方のないこと。それが相手の手助けにもなるというのだから手伝わない理由は存在しない。
最後に自宅から持ち出した魔石を売却。4万円を手に俺は帰宅についた。
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2987万3233位 → 1932万4783位:城 弾正
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